4-4 お前が、好きだ
要がその声の意味を理解するのには、少しだけ時間が必要だった。
(まさかの混浴露天風呂!?)
まず要を襲ったのは焦りだった。身体の何処かで別種の汗が流れるような感覚だ。そして身体に目線を落とす。タオル禁止のため、ありのままがさらけ出されている要の身体。雫と再会した時よりも、少し腹回りがふくよかになっていた。そして何より、その更に下が。
(無理だ、無理! 色んな意味で無理! よし、理由をつけて断ろう!)
結論を出し、その声を上げるべく。座ったまま振り向こうとしたその時。
「要兄~?」
「~~~~~っ!?」
既に湯浴み着に身を包んだ雫が目の前に居たのであった。
「ふふっ。もしかして、裸だと思った?」
弾んだ声で、雫は一回転を行った。
タオルに包まれた頭部。
常と変わらぬ、花のような笑顔。
メリハリの効いた肉体は、緑色の、扇情感の薄い湯浴み着に包まれている。
そして尻から下には、生まれたままの。綺麗な足の線。
「……思ってないし」
要が言葉と裏腹に、背けてしまった顔。それが真実を物語っていた。
結局二人は、どちらからともなく背中合わせで座った。要は胸を撫で下ろしていた。万が一にも、下腹部が自己主張する様を見せる訳にはいかなかった。とはいえ、動悸は治まらなかった。
「要兄、いい景色だね」
雫の声が耳に通る。鈴の鳴るような声だった。しかし要は気が気でなかった。
「あ、ああ……」
顔が火照る。先程から妙に湯船が熱く感じる。頭の回転が阻害され、言葉を返そうにも、生返事になってしまう。
「私、ここに来れてよかったと思う。要兄とお泊りだし」
「うん……」
「……。ねえ、要兄」
そんな会話を繰り返す要に業を煮やしたのか、要の後ろで水音が聞こえた。
そして、背中に。柔らかい感触。首に回される腕。細く、しなやか。トドメに、顔の横に、雫の顔が。
「のぼせる相手。私と温泉……さあ、ど・っ・ち?」
コロコロとした、囁くような声。それを耳にした後、要の意識は暗転したのだった。
大島要は、夢を見た。
まだ少年の面影が濃い、夢の中の要。森へ分け入り、帰って来ないままの雫を探していた。
(もう十年は前の話だな)
記憶の隅に覚えがあった。夏休みに彼女の家へ遊びに行った時の事だ。連れ立って野山へ出かけたまでは良かったが、要が目を離した一瞬。その隙に雫が居なくなってしまったのだ。
「雫―! 雫―!」
夢の中の少年は必死に叫び、彼女を探していた。その形相は、まるで鬼のようであった。
(こんなに必死だったのか)
心の何処かで、そんなことを思う。しかし、それでも。
「雫―! し・ず・くー!」
声を枯らし、必死に探し回る少年。やがて、その耳にかすかな声が。
「ようにー! よおおおにいいい!」
泣きべそ混じりの声は緑の闇を裂き、要に位置を伝える。それに導かれる形で、二人はようやく。
「雫……。よかった」
「よーにー……。こわかったよう……」
「もう大丈夫。離さないから」
「うん……。よーにー、すき……」
「うん……」
少年の手が、少女の頭を撫でている。要は、思い出す。
(そうだ、これが。確か最初の……)
「告白だ……」
口から、言葉が漏れていた。意識が覚醒していく。目の前には今にも泣きそうな雫の顔があった。要は、寝そべったままに、思うまま、言葉を綴った。
「大事なことを思い出したよ。あんなに前から好かれてたのに……。一度も応えてなかった。俺、お前が。雫が、好きだ」
更衣室に、ポツリとした声が、広がった。
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