エピソード4 のぼせる相手、さあ、どっち?
4-1 きっちり果たさせて頂きます
「静かだね、要兄」
「ああ、静かだ」
生憎のそぼ降る雨と、それによってもたらされる肌寒さ。それすらも寄り添う二人の前では、只の舞台演出装置にしか過ぎなかった。
「で、なんで腕まで組んで相合傘で歩いてるんですかね。俺達は」
「いーじゃんいーじゃん。減るものじゃないし、旅先だし」
時はゴールデンウィーク。観光真っ盛りの季節。しかし、神楽坂遙華に渡されたチケットに書かれていた温泉地には人が少なかった。その理由は。
「しかし、だ。ネットで見てても思ったけど、本当に近くになにもないな……。観光地すらない」
温泉地の地図が書かれた看板を見ながら、要は溜息を零した。
「静かな場所って聞いてたけど。これじゃあ仕方ないよね……」
雫もそれに同意した。五月にしては寒い本日の天気に対抗するため、その柔肌と体の線も、全てコートとストッキングの中に納まってしまっていた。無論長い黒髪も。帽子の中にしまわれている。
「と、なると。この温泉街を制覇することになるのか。一泊二日で」
「十分デートだと思うけど?」
雫は要を見上げ、ニコリと笑った。要はポリポリと頭を掻きつつ、苦笑した。
「ま、お姫様のエスコートが俺の使命だからな。良かろう。大島要の名に賭けて、この役目きっちり果たさせて頂きます」
良く言えば閑静な、悪く言えば賑わいに欠ける温泉街を二人はゆったりと歩く。なおもしとしとと降り続ける雨に、要はそっと雫を見やる。だが結局傘をそちらに寄せてしまうだけにとどまった。
「そこの若いお二人さん、外は寒いよ。お茶でもどうかね?」
「あっ、えーと……」
「いいんですか!? いただきます! ほら、要兄、行こう?」
「あ、ああ……」
余程暇だったのだろうか。高齢と思しき女性が、お茶処から二人に声を掛けて来た。その格好からして恐らくは店員、あるいは主人なのだろう。あまりに突然だったものだから、要は一瞬返事にまごついてしまった。結局雫に手を引かれる形で、二人は店に飛び込んだのだった。
「えーと……」
「お茶二つ。それとあんこのお団子下さい! 要兄は?」
「あ……。じゃあ同じのでお願いします」
メニューを睨んで唸る要を尻目に、雫はポンポンと注文を済ませてしまう。その姿に要はわずかに引け目を感じた。
(いつもの飲食店とかならどうにでもなるんだが……)
そう思いながらコートを脱ぎ、椅子に引っ掛ける。暖房を掛けているのだろう、外と比べて遥かに暖かかった。気が付けば雫もコートや帽子を脱いでいた。ニット生地のノースリーブが、胸部の豊かな膨らみを強調させている。自然、そこへと目が行って。
「要兄、目線」
「……すまん」
雫がわざとらしく口を尖らせて言った。要はその声で自分の行為に気付き、顔を背けた。
「ま、いいんだけどね? あったまるー……」
クスリ、と笑って雫は緑茶を飲んだ。そして、虚空に向けて息を吐き出す。要も釣られて緑茶を飲み、そして。
「美味い」
破顔し、二人は笑みを交わした。和やかで、温かい空気が漂う。
「おやおや。なんだか暑くなってきたね。婆は裏で整理をしているから、何かあったら言っておくれ」
その様子を見た先程の女性が、大げさな仕草で頭に手を当てた。そしてそのまま奥へと引っ込んでいく。それを見て要は再びそっぽを向いてしまい、雫は心底楽しそうに団子を頬張るのであった。
「ありゃー。コート、要らなくなっちゃったね?」
「傘も無用だな。まあいい時間になったし、旅館に行こうか」
「うんっ!」
たっぷりと安らいでしまった茶処を出る頃には、雨はすっかり上がっていた。皐月の陽光が照り付ける中で、要に投げかけられた雫の笑顔。それは日光に負けぬ眩しさであった。
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