3-5 御奉仕しますね?

「ご主人様、お味はいかがでしょうか?」

「……。いや、美味い。美味いんだけどさ? 一緒に食べないか?」

「それは無理な相談でございます。今の私は要様のメイド、ですから」

「……どうしてこうなった?」

 要の夜の食卓は、実に奇妙な事になっていた。



「……ひとまず、整理をしようか。雫ちゃんは遙華に家庭教師をクビにされて、生計を立てる手段を欠いたからウチを出ていこうとした。それで勇気を出して、キスまでせがんだ」

「はい……」

 先刻の電話から三十分以上。二人が精神の平衡を取り戻し、『答え合わせ』を行うに要した時間がそれだった。

「で。そこからが疑問なんだけど。あの言葉はつまり、『出て行く必要がなくなった』ってことでいい?」

「うん」


 それでも会話の繋がりは良くなかった。要はあぐら、雫は正座で相対しているのだが、どうにも詰問のような感覚が拭えなかった。

 要は頬を掻きつつ、質問を重ねる。努めて柔らかい口調を意識した。

「具体的にはどういうことなのかな? ちょっと教えて欲しいんだ」

 すると目の前の女性もそれに応えてくれた。たどたどしいながらも、長文でラリーを返して来たのだ。

「私が昨日教えた子、大介君が……。『姉ちゃんにクビにされたなら、俺が自分で雇ってやる!』って。『口喧嘩が原因でクビなんて成績とか関係ないじゃないか!』って……。あはは、勇気出したのにね」

「なるほど……。金持ちって良いなあ」

 要は思わず変な反応で言葉を返してしまう。かの人物に対して、要はあまり強い印象を得てはいなかった。突如現れた遙華に気を取られたことと、雫のサポートに徹していたことがその原因に当たる。

「で、明後日に詳しい話をしてくれるんだって。お給料は減るかもしれないけど、私も中途半端で終わりたくないの。いえ、やりたいんです!」

 要の目の前で、雫は土下座を始めた。長い三つ編みは横に垂れ、表情は手で隠されて見えない。だが、その真摯さは痛いばかりに伝わって来た。それ故に、要は。

「分かった。頑張って」

 雫の頭を撫でつつ、快諾を下した。

「やった! 要兄、大好き! 愛してる!」

 雫が顔を上げ、満面の笑みで飛び付いて来る。要はそれを受け止め、更に頭を撫でてやる。力いっぱい抱き締めようと思ったが、背を撫でるに止めた。それはとても、チカラの要る行為であった。


 暫くして雫は着替えに自室へ篭り、一人のメイドとなって再び現れた。

 ツインテールにヘッドドレス。

 フリルの付いた、脚線美のよく見えるミニスカート。

 上着は露出こそは少ないが、白のエプロンでウエストが締まり、胸が強調されて見えてしまう。

「迷惑かけたし……。今日は、御奉仕しますね?」



 掃除に夕食。主人として様々な奉仕を受けてなお、要は未だにこそばゆかった。

「お背中、流しますか?」

 雫の問いをやんわりと断り、要は一人で湯船の中に身を沈めた。いくら奉仕してくれると言っても、色々と限界はあった。

 ぽつり、ぽつり。

 天井から落ちてくる滴のように、考えは巡り、そして消える。それを数十回繰り返して、風呂を出る。きちんと整えられた寝間着が、脱衣所に置かれていた。そして、居間では雫が布団を整えていてくれた。一瞬、臀部の布地が見えた気がして、要は目をそらした。彼女が、言う。

「ご主人様、後はお好きなようにどうぞ」

「じゃあ、一緒に寝るか?」

 要はあくまでイタズラっぽく返した。だが、相手は。

「では、諸々終わりましたらば。添い寝をさせて頂きます」

 満面の笑みでスマッシュを打ち返したのだった。


 その夜、要が眠りに落ちたのは丑三つ時も過ぎた頃であった。

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