1-6 ふつつか者だけど、よろしくね?
「え!? ちょっと……雫さん!?」
「ねえ、要兄。どうなるの?」
大きな瞳で覗き込んで来る雫に、要は尻込みした。一歩、二歩、と引き下がる。
「興奮しちゃうの? 襲っちゃうの? きゃっ!」
妄想のような発言を解き放ち、挑発するようなポーズを次々に披露しながら迫ってくる雫。その度に綺麗な脇や艶やかな脚が目に入り、要はそろそろと引き下がる。何時しかその立ち位置は、居間の片隅にまで追い詰められていた。
「ちょっと前の質問だけど、もう一度聞くね? 言われたんでしょ、『手を出したら冗談を真実にする』って」
蠱惑的な微笑みを浮かべ、年齢に対して恐ろしい程不釣り合いな妖艶さを醸し出しながらの雫の質問に、要は背中に当たる壁と、流れる汗の感触を実感しながら思考を回す。
(畜生、どうすればいいんだこれ)
要はもう一歩たりとも下がれなかった。ややもすれば主張を露わにしかねない下腹部の熱も酷い。思考回路はとっくにショートしていて、簡単な返事なのに答えが出ない。下腹部が痛い。頭が、回らない。そして、ブツリと切れる。
「言われた! ああ、言われたよ! 『信頼してる』とも! でもまだ俺にそんな甲斐性もないしお前はまだ十五歳じゃないか! 後、俺にとってお前はまだ妹分だ! 無論、嫌いじゃないけども! 魅力的だし! 可愛いし! 眩しいけど! 妹分以上の感慨がないんだ!」
言葉が列を連ねて飛び出した。なにも考えていなかった。ポーズが解け、ぺたんと座り込んだ雫が視界に入る。隙あり。要は素早く、隣の部屋へ即座に移動できる位置に、陣替えをした。
「……!」
要は、息を整えながら雫を注視する。まだ彼女は動けずにいた。沈黙が流れ、時間が止まったような空気が漂い。そして。
「ひっぐ……ううっぐ……うわああああ……!」
少女の口から、嗚咽が漏れた。
結局、暫くは会話にならなかった。少女はタオル三枚を犠牲にしてようやく泣き止み、別室に引きこもった。要は少し呆然とした後、ようやく膝を落とし、天を仰いだ。
「はぁ……きっつ! 部屋の件は感謝だけど、今後もこうなるのか?」
要は改めて、自分の城を見回した。綺麗に片付いた部屋。調理が出来るまでに整った台所。おそらく自分では、ここまで出来なかった。
「つーかアレだ。大学に行く前に会った時にはまだあんなになってなかったはずなんだけどなあ……」
これでも長年の付き合いの妹分だ。過去の姿も鮮明に覚えている。あの時はまだ各所の膨らみもおぼろげで、今のような女性らしさは影を潜めていたはずだった。
「良くも悪くも人は変わる、か……」
無精で伸びてしまった髪を弄びつつ、彼は呟いた。
「要兄、やり過ぎました。ごめんなさい」
結局、雫が要に頭を下げたのは一時間程経ってからだった。聞けば、そのまま自分の物の後片付けもしていたという。要はそれに対して、特に怒りはしなかった。きっと、気持ちの整理もしていただろうから。
「……まあ、正直興奮はしていた。だが、他所でやるなよ? それで何かあっても、俺は背負えない」
「とーぜん! こんなの、要兄にしかしないもんっ!」
天を仰ぎ、真顔で言葉を放った要に対して、雫はVサインを決めつつ笑顔で返した。そのコロコロと変わる態度に、要は正直戸惑いを隠せなかった。
そして、彼女はやはり優秀であった。要が出した期限に対し、雫は三日で結果を出した。なんでも、高校受験をする学生の家庭教師をするらしい。
「そういう訳で条件クリア。要兄。ふつつか者だけど、よろしくね?」
満面の笑みを崩さず、まるで嫁入りのようなセリフを浴びせる雫。それを受けて要は大きく深呼吸をした。受け入れる覚悟は、とっくに出来ているのだから。
「ああ、一緒に暮らそう。雫」
エピソード1・完
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