エピソード2 お外へ出よう!
2-1 用事はあるの?
「着いたぞ、降りてくれ」
「はーい!」
早速車から降りたミニマムな人影が、人の間をすり抜けて自動ドアを駆け抜ける。胸部の双子山が大きく揺れ、ジーンズに包まれた脚線美が閃光を放つ。
その眩しさたるや、たちまち距離を取られてしまった要からでも、とてもよく見える有様であった。
「要兄、おいてくよー!」
「おい、はしゃぐな。後声が大きい」
人で賑わう郊外のホームセンターで、要は必死に雫をなだめる。しかし内心の不機嫌は、どうしようもなく声色に出てしまっていた。
「えー。あと要兄顔が不機嫌過ぎー」
「そりゃあ惰眠しようと思っていたのに、朝一番で荷物持ち頼まれれば、なあ?」
「じゃあ私とデー……」
「全部は言わせないぞ、恥ずかしい。とにかく、さっさとモノを買って行こうか」
人混みの中をすり抜けて響く二人の会話。中にはそれを、微笑ましい目で見つめる者もいた。
全ての発端は約三十分前。
「飯もすっかり彩りに溢れるようになったなあ……」
卵焼きにソーセージ。味噌汁にホカホカのご飯。彩り満点のサラダもある。それまでの生活には全く無かった、五感に染み渡るような食事の姿に、要は思わず感嘆の声を漏らす。
「要兄だってすっかりさっぱりしたじゃない。部屋も片付いたし」
雫の嬉々とした言葉に、要は笑う。暫く伸び放題にしてしまっていた髪を整えたのは、つい先日のことだった。
「ありがとう。さあ、食べようか」
要が音頭を取って挨拶し、朝食に取り掛かる。その最中であった。
「要兄、今日はなにか用事はあるの?」
「ん? なんにもないな。惰眠を貪りたい」
「じゃあちょっと買い物に付き合ってくれないかな?」
彼女はニコニコと、しかし異議は受け付けないといった体で要に問いかけた。しかし要にも意地があった。折角の日曜日、日々妹分に悶々させられる己の心に少しだけでも休息を与えたい。
「いや、一人で行ってこいよ。俺はゆっくりしたいんだ」
要は欲望に従い、心のままに言葉を放つ。しかし。
「あれー? 要兄は私が不慣れなこの町で迷って、悪い人に捕まっちゃったりしてもいいのかな~?」
小首をかしげ、からかうように。彼女は要の弱点を的確に撃ち抜いた。
「オテツダイ、ヤラサセテイタダキマス」
観念した要は、死んだ瞳で頭を下げたのだった。
そんなこんなで、ホームセンターでの買い物も終盤に近付いていた。要の装いは黒のスラックスに黒のシャツ。雫を隣に従えるには少し高い背を屈め、彼女のスリッパを見繕う。
「なあ。この柄はどうだ……って、あれ?」
後ろを向いて雫に問い掛けるが、そこに彼女はいなかった。
「……っ!」
冷静を装って立ち上がり、早足で各所を見て回る。最悪の事態が頭によぎる。そんな事が起きたら。
(俺は叔母さんになんて謝ればいいんだ!)
口の中が乾く。汗が吹き出す。最早周りの目など気にしていられない。ポケットに入れてある便利な通信機器の存在すら忘れていて。
(雫! しず……。はあ……)
そして彼女は居た。そこはマッサージチェアの試用品置き場。雫はその一つに身を預け、恍惚とした顔で寝こけていた。
「やれやれ……。起こさないと」
呟いて近付き、そして気付く。身体に触れねばならぬ。間近で彼女を覗けば寝息が甘い声を誘発し、豊かな胸は時に機械によって押し上げられている。
(危険だ)
要は確信した。これに触れてはならない。そして思い至る。
(そうか。コイツも疲れていたか)
思えば、要の部屋に来てから彼女は働き詰めである。本人は楽しそうにしていたが、人間である以上疲労は免れないのだ。
(やれやれ。仕方ない)
要は結局起こすのを諦め、暫くの時間を護衛に費やしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます