1-2 掃除、しよ?

(俺、どうしてこんなにゴロゴロしてるんだっけ……?)

 今となっては思い出せないその理由を投げ捨てながら、大島要は布団の中で五十一回目の寝返りを打った。


 最初は理由があったはずだった。休息を取っただけのはずだった。しかし、休めば休むほど身体は動かなくなり、全てが面倒になってしまった。外出も暫くしていない。布団から起き上がった記憶も僅かだった。


「あー……。掃除も嫌だ……」

 ゴミや様々な物で埋め尽くされた部屋を見ながら、唸り声を上げる。布団の上げ下げすら億劫になっていたことを思い出す。しかしそれすら行動を起こすきっかけにはならない。

「そういえば食器も積み上がって……。いいか。どうせ寝てるだけだ」

 怠惰の感覚に身を委ね、惰眠をむさぼる要。その耳に突如、古典的なドアベルの音が響く。


「どうせ新聞の勧誘とかだろ……」

 要は、瞬時に『出て行く』という選択肢を思考から切り捨てた。しつこい勧誘に晒されるくらいなら、寝ている方が時間の有効活用である。しかしベルは鳴り止まなかった。十回を越えた辺りからは間隔が短くなっていく始末。


「まずい、近所迷惑で追い出される」

 ここで要は決意した。必ずやこの迷惑千万の輩を叩き出し、もう一度寝直すと。

 手近なズボンをトランクスの上に履き、ボサボサになった髪を手櫛で整え、ドアスコープを覗き見る。だがそこには、想定すらしていなかった人物がいた。


 長く豊かな黒髪。白いワンピース。端正な顔立ち。アパートの一室、要の部屋の前に居るその女性には、確かに心当たりがあった。が、予想外に過ぎた。


(ちょっと待て!? 雫ちゃん? 袖ヶ浦の、雫!?)

 内心で声を上げ、慌ててドアに背を付けて隠れる。そして必死に頭を回す。鳴り続けるベル。汚さの極みの部屋。待ち構える少女。だが、結論は出ない。


「――。ええい、どうにでもなってくれ!」

 鍵を開け、少女と対面する。たちまち抱き付かれ、押し倒された。そして、目が合う。

「……久し振り」

 力なく微笑みを見せた要。それに対し、端正な顔を歪ませて、少女は言った。

「……要兄、臭い」

 呼び名が変わっていないことだけが、要にとっての救いだった



 既に日は暮れ、部屋には電気がついていた。あれだけ雑然としていたはずの部屋は跡形もなく片付けられ、積み上げられた食器類も消え失せていた。


「うん。今日は取り敢えずこんなところね。エプロン持って来て良かった」

「も、もうやらないぞ……」

 満足気に頷く少女と、ようやく姿を見せた床に突っ伏す要。だが、彼は体勢もそのままに問答を開始する。

「と言いますか。とっくに高校も始まったはずの雫ちゃんが、なぜにこんな所へ来てるんですかね?」

「三日で飽きた」

「へ?」

「だから、三日で飽きたの。つまらない」

「オーウ……」

 要は呆れ果てて身を起こし、大げさに肩をすくめた。だが、こればかりはふざけていられない。ポーズを解き、改めて問答を開始する。


「……叔母さんは? こっちへ来ていいって言ったのか?」

「知ってて言うの? あの家は十五で自己責任だって。ついでに要兄が物凄く信頼されてるのも。要兄の所へ行ってみる、って言ったらあっさりだった」

「……ソウデスカ」

 結局要は改めて頭を抱える羽目になった。


 要にとって雫は従姉妹にあたる。そして幼少の頃から妹分のような付き合いをして来た。

「雫の嫁ぎ先は要君の所で良いかもしれないねえ」

 等と、雫の家族に冗談混じりで言われたことも数知れず。でも、まさか。


「……で、今後はどうするんだ」

 決意して要はパンドラの箱を開きに行った。答えはもう、殆ど見えていた。身を起こし、少女の眼を覗き込む。その顔全体が、満面のそれを描いて。彼女は言った。

「一緒に暮らそ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る