これは同棲じゃない! 同居です!

南雲麗

第1部

エピソード1 一緒に暮らそ?

1-1 お風呂、出来たよ?

要兄よーにー? ご飯だよー」

「うん、夕食だな。でもその前に。その格好はナニカナ?」

「え、裸エプロンだけど?」


 そう言って、同居人はくるりと回る。


「ネットで見たの。暇だから作ってみちゃった」


 弾む声。

 フリルのひだまで、スローに見えて。

 素肌がエプロンの横から丸見えだった。特に、おっぱいとお尻が。

 ポニーテールにまとめた黒髪が舞い、背中が垣間見えて。


 要兄と呼ばれた青年、大島要おおしまかなめは。視線を釘付けにされてしまった。

 一時固まった後、深呼吸で平常心を取り戻し。


「……。直ちに着替えて来い。それまで夕食は食べない」


 要は、意識して冷たく。同居人に言い放つ。

 裸エプロンの意味は知っているが、目のやり場に困るし理性が死ぬのだ。


「そんな……。せっかく作ったのに」


 抗議の声を残しながら、同居人は重い足取りで自室へ向かう。要を何回も窺って、撤回を望んでいた。しかし最後にはドアを閉め、引っ込んだ。

 その姿を見送りながら、要はため息を吐いた。


「既にアイツが来てから一ヶ月は経ったと思ったが……。まだ慣れないな」


 食卓の上には、二人分にしては結構な量の食事があった。

 ステーキにサラダ。

 ご飯に味噌汁。

 ついでにそっと山芋の小鉢。

 これだけのものを作れるのに、彼女は。


 家事もそつなくこなすのに。

 非常に助けになっているのに。

 出来るならずっと、側に置きたいのに。


「お待たせ、要兄」


 ようやく着替えた同居人、袖ヶ浦雫そでがうらしずくが部屋から姿を現した。


 長いポニーテール。

 半袖のTシャツ。

 素っ気ないスカート。

 裸エプロンに比すれば、遥かに色気のない服装。

 なのに、要は彼女を直視できずにいた。

 

 プロポーションが抜群過ぎて、結局どこを見れば良いのか分からないのだ。

 大島要、二十歳。

 日を追うごとに、女心がつかめなくなっていた。



「ごちそうさまでした」


 二人で声を揃え、挨拶をする。

 気が付けば、ほとんどの料理は平らげてしまっていた。

 雫は片付けに向かい、要は茶を片手に一息。


「要兄。お風呂はどうするのー?」


 台所から声が飛ぶ。

 雫の声は、どこか弾んでいた。

 食べ切って良かったと、要は目を細める。

 彼女の作る食事は美味しいので、残したくないのだ。


「入るぞ」


 声を返して、床に寝転ぶ。

 絨毯も含めて、掃除が行き届いている。

 居間にはテーブルとソファー、テレビと本棚程度しかモノがない。

 一月前は、もっと乱れていたのだが。


 皿洗いの音を聞きつつ、彼は目を閉じた。

 この一月、色々あった。

 間違いをせずに過ごすのにも苦労した日々だった。

 思い返す内に、敷かれた絨毯に包まれて。意識が遠のき。



「要兄? お風呂できたよ?」


「のわあああああっ!?」


 甘ったるい声が聞こえたと思ったら、跨がられていた。

 要の前には、大きなおっぱいがあった。

 挟み込む腕に、強調されていた。

 最近気になってきた腹回りには、太股が寄り添っている。

 いわばこれは。押し倒された状態だ。


「……コホン。下りなさい」


 まず咳を一つ。続けて、きっぱりと雫に告げる。

 雫の表情が、変わった。

 イタズラじみた微笑みから、口を尖らせた不満顔に。

 そのまま上から、覗き込まれた。


 顔が近い。

 唇が近い。

 視界が、雫の顔で埋め尽くされた。

 心拍数が上がっている。

 背中は見えないのに、汗が流れているのが分かる。

 ダメだ。耐えられる訳がない。


 しかし。

 間違いの寸前。


「……驚いた?」


 雫が、口の右端を吊り上げて笑った。

 素早く顔を離し、要から下りて。

 そのまま自室へ去った。

 要はただ、見送るのみ。


「やれやれ……。一体何だったんだ?」


 見送った姿勢のまま、要は暫く呆然としたが。


「……水、止まってるよな?」


 重要事項を思い出し、慌てて風呂へと向かった。

 その脳裏に、雫が来た日のことが、蘇ってきた。

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