農協おくりびと (60)小鳥が、泣いている?


 午後6時。定刻通り通夜がはじまった。

故人は、小鳥が大好きだったという、93歳のおばあちゃん。

センサー付きの小鳥の置物は、会場入り口の思い出コーナーに飾られた。


 祭壇に向かった右側に、喪主、遺族、近親者、親族の順で並ぶ。

左側に、葬儀委員長(もしくは代表世話人)、世話役、友人知人、

職場関係の代表などが顔をそろえる。


 近親者の末席。2列目の隅へ目が行ったとき。

どこか見覚えのある30そこそこの女性が座っていることに、ちひろが気が付いた。

中学生くらいだろうか。子供が2人、女性の隣にかしこまっている。


 (見た目の年齢は、わたしと同じくらいですねぇ。

 中学生くらいの子供が居るという事は、10代で出産したことになります。

 打ち合わせをした初老の喪主といい、2人の子持ちの女性と言い、なんだか、

 正体が思い出せない人たちと良く出会う日です・・・

 それにしてもわたしの頭も、鈍くなったものです。

 すぐに記憶がよみがえらないというのは、不快な気分になりますねぇ・・・)

 

 手順を確認するために、ちひろが下を向く。

その瞬間。伏せたちひろの視線の隅を、剃髪の男が横切っていく。

光悦だ。ちひろがあわてて目をあげる。

遅れてやって来た光悦が、後列の空いた椅子へ腰をおろそうとしている。

(やっぱり来た!。先輩の予言は、みごとに当たった!)


 だが、驚きを覚える光景は、さらに続く。

遅れてやって来た光悦を、ほっとしたような目で出迎える存在に気が付いた。

しっかり光悦を見つめたまま、いつまでたっても離れていかない、特別の目線が有る。

見つめているのは先ほど気にしたばかりの30歳代の女と、中学生らしい

2人の子供だ。


 (あら。あの人たちと、知り合いなのかしら光悦は・・・?)


 そのときだ。遠くから、ぴよぴよと鳴く小鳥の声が聞こえてきた。

(あら、誰かが手のひらに乗せたのかしら。小鳥のセンサーが反応したようですねぇ)

小鳥の鳴き声は、10数秒で鳴き止む。

放っておいても特に支障はないだろう。そう考えたちひろが、司会の仕事に戻る。

だが何時まで経っても、置物の小鳥は、ぴよぴよと鳴いている。


 (変ですねぇ・・・もう鳴きやんでもいいころなのに、いっこうに鳴きやみません。

 悪戯でもしているのかしら。誰かが、思い出コーナーの置物に・・・)


 厳粛な空気がただよう中。僧侶の読経が厳かに響く。

読経の声とは別に、廊下の奥から、ピヨピヨと小鳥の声が響いてくる。

さすがこれだけ続くと会場内も、ぴよぴよと鳴く小鳥の声に気が付いたようだ。

ざわざわとした波紋が、会場内にひろがっていく。

(まずい。このままでは騒ぎがおおきくなる・・・)


 ちひろが目で、スタッフに合図を送る。

「廊下へ出て、小鳥が置いてある展示コーナーの様子を見て来て。

誰かが触っていたら、お式の最中ですから静かにしてくださいとお願いして」

「わかりました」、異変に気付いたスタッフが急ぎ足で廊下へ出ていく。

だがその直後。様子を見に行ったスタッフが、怪訝な顔で戻って来る。


 「見てきましたが、小鳥の置いてある展示コーナには誰もいません」


 「展示コーナーに誰も居ない?。可笑しいですねぇ。

 誰も触っていないのに、小鳥が勝手に鳴くなんて。そんな馬鹿なことが・・・」


 「でも、誰もいないんです。本当に。

 展示コーナーで、例の小鳥がひとりで勝手に鳴いてるみたいです・・・」


 「ええっ~」とちひろがもう一度、小鳥の声に耳を傾ける。

ぴよぴよとあいかわらず、小鳥は鳴き続けている。

会場の奥まった場所に居る遺族たちも、小鳥の声に気がついたようだ。

ざわざわとした声が、やがて会場全体へひろがっていく。


 「小鳥好きだったという故人をしのんで、小鳥たちが見送りにやって来たようです。

 申し訳ありません。当ホールの演出でございます。

 故人をしのぶ小鳥たちを、本日の通夜の席にわたしどもが招待いたしました。

 決して怪奇現象ではございません。よろしくお願いいたします」


 ちひろがとっさに、即興でつくろった。

しかし相変わらず小鳥は、元気な声で鳴き続けている。

いや。鳴くというより、故人をしのんで泣いているようにさえ聞こえてくる。

(有るんだろうか、こんなことが現実に・・・悪い夢でも見ているのかなぁ私は。

いいえ。これはきっと長時間、働き過ぎた幻聴だ・・・)


(61)へつづく

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農協おくりびと 51話から60話 落合順平 @vkd58788

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