農協おくりびと (58)映画館でレイトショー

 合コンを終えた次の日の朝。

早めに出勤したちひろのもとへ、先輩が飛んできた。


 友引明けの斎場は、とにもかくにも忙しい。

地方によって異なるがこのあたりでは、友引の日の葬儀は敬遠される。

余裕が有れば通夜であっても1日先送りする。

次の日に本葬をおこなう。つまり、3日がかりの葬儀になることも有る。

したがって友引明けは、新規の予定も含めて2重の忙しさになる。


 今日は午前中に1件。午後には2件、葬儀の予定が詰まっている。

それだけではない。6時から通夜の予定が入っている。

斎場のスタッフたちは今日1日で、2日分以上を稼ぐことになる。


 「ねぇちひろ。あれからあんたたち、どこへ消えたのさ。

 解散したのが午後の7時でしょ。

 カップルごとにデートを楽しんだわけだけど、遅い時間までどこへ居たのよ。

 あんたの家の前を通過したのが、深夜の11時40分。

 あんたの車はまだ、駐車場になかったわ。

 不良じゃあるまいし、午前様になるまで何をしていたのさ、あなたたち」


 ちひろの家の前を通り過ぎたのが、深夜の11時40分なら、

隣町に有る先輩のアパートまで帰りつくのは、午前零時を過ぎることになる。

当人も午前様だというのに、自分の不具合は平然と棚にあげる。


 「最近出来た、隣町のショッピングモールです。

 モールの中をぶらぶら歩いたあと、お腹が空いたので8時過ぎに食事しました。

 そのあとは映画館で、レイトショーを楽しみました」

 

 「レイトショーなら、上映終了は11時過ぎになるわよねぇ。

 奇遇ねぇ。同じ映画館に居たんだょ、あたしたちも。

 何見てきたの?。あたしたちも行ったのよ、最後に2人で映画でも見ようかって」


 「3D版のジュラシック・ワールド。上映が終わったのが、11時40分。

 さようならもそこそこに、あわてて自宅へ飛んで帰りました」

 

 「わたしたちが観たのは、アンフェア のthe end。

 終了したのが23時20分。なぁ~んだ、たったそれだけの差か、

 つまらないわね。

 てっきりホテルにでもしけこんで、いちゃいちゃしているのかと思っていたのに。

 心配しただけ損しちゃいました。

 味気ないわねぇ、お互いに、健全過ぎる午前様で」


 健全過ぎたかどうか、自分では判断できない。

誘われるままデートに応じたが、それを楽しんでいるちひろ自身がどこかに居た。

昨夜の午後7時。群馬まで無事に帰ってきた一行が、祐三のいきなりの提案で

突然、解散する羽目になる。


 「1日、ご苦労、諸君。

 突然だが、いまの時間をもって、本日の合コンを解散とする。

 俺は妙子さんを送っていきながら、どこかで軽い食事をする予定だ。

 心配するな。戒律を破るわけにはいかん。

 午後8時までに、妙子さんを臨勝寺へ送り届ける。

 その点は、これから別行動をとる松島と圭子ちゃんも、同じことだ。

 戒律と無関係の残った2組は、好きにするがいい。

 こころいくまでデートを満喫するがいい。

 たまにはゆっくり羽を伸ばせ。さくら会館のお2人さんも!」


 キュウリ農家の山崎に誘われるまま、ちひろがデートに応じる。

断り切れない空気も、何処かに漂っていた。

先輩とナス農家の荒牧も、ひそひそと、さきほどから密談をかわしている。

即席でつくられたカップルだ。「どこか行こうよ、2人だけで」と誘われても、

「ありがとう。でも今日は疲れたから帰りたい」と、断ることもできた。


 拒否しないで、素直に応じたのは、ちひろの気持ちの中に、

あたらしい何かが、生まれ始めてきているからだ。

「昔から好きでした」と正面切って言われると、誰でも心が動く。

信じていた部分が揺れ始めていることに、ちひろ自身も気がつきはじめている。

ちひろと光悦は、産まれたときからの幼なじみだ。

だが、ただそれだけの仲であって、将来を誓いあっている2人ではない。


(いいか、たまには別の男の人と、デートを楽しんでも・・・)


 微妙に揺れはじめているちひろが、実は、その場所に居た。


 



 

(59)へつづく

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