農協おくりびと (55)海を見下ろす高台で、バーベキュー 

寺泊の海岸線は南北に、16kmあまりつづく。

ほとんどの海岸で、傾斜地がそのまま海へ落ち込んでいく。

そのため海岸線のほとんどが岩礁地帯だが、ところどころに砂浜がある。

海水浴場は、全部で4つ。

最大のものが、魚のアメ横前にひろがっている中央海水浴場だ。

奥行き200m以上の砂浜が有り、夏の間、たくさんの海水浴客が

集まって来る


 バーべキューが可能なのは、南端にある落水海水浴場だけだ。

すぐ近くに、和島のオートキャンプ場が有る。

ふたつの施設は遊歩道でつながっている。

高台から遊歩道を5分も歩けば、小さな砂浜へ降りることが出来る。

「それならぜったい、海を見下ろす高台でバーベキュー!」

女性たちの声に負けて、バーベキューが砂浜からキャンプ場に変更された。


 高台へ到着した瞬間。

車から飛び出した女性たちが、いっせいに黄色い声をあげる。

展望台から、彼方に佐渡ヶ島が一望できる。

足元には、真っ白い砂の海水浴場がひろがっている。

振り返れば、水洗トイレを完備した色とりどりのバンガローが見える。

遠くにテニスコートも見える。

ローラ滑り台や遊具をそろえた、子供広場まで整備されている。


 「バーベキューだけでは、もったいないですねぇ。

 そこに管理棟が見えるもの。

 キャンプ用品をレンタルすれば、このまま1晩ここで泊まれそうです」


 「こらこら。欲を出すな。

 食事を済ませたら、3時間ほど、自由行動を予定している。

 にわかとはいえ、4組のカップルが誕生した。

 キャンプ場を散策するのもいいし、砂浜を歩いてくるのもいいだろう。

 その前に、そこでうかれている男性諸君。バーベキューの準備を手伝ってくれ。

 女性陣は、買い込んできた魚介類の下ごしらえを頼む。

 手分けして雑用を片づけ、めいめいのハネムーンタイムに突入しょうぜ!」


 こういうときの祐三は、たのもしい。

てきぱきと指示を出す。あっというまにバーベキューの準備が整っていく。

小グループの場合。リーダーの機転と指示能力が、ものをいう。

リーダーは動かず、支配下の人間をいかに効果的に動かすかで、すべてが決まる。

普段から農場でアルバイトを使っている祐三は、てきぱきと全員に指示を出す。

到着から30分後。早くもバーベキューの炭が、白い煙をあげはじめる。


 鮮度の良い紅ズワイガニが、網の上に放り出される。

名前の分からない地魚が、網の上に手際よく並べられていく。

どこで買い求めてきたのか、肉の塊がごそりと置かれる。

女たちに水洗いされた野菜が、カニと地魚と肉の間を埋め尽くしていく。


 「こんな合コンなら、毎日でもいいなぁ!」


 程よく焼けた紅ズワイガニを手際よく返しながら、ナス農家の

荒牧が、先輩の耳元でぼそりとつぶやく。


 「仕事はどうすんの、あんた。

 帰ったら3000本のナス苗の植え付けが、待っているんでしょ。

 手伝いにいかないわよ、わたしは。

 ナス苗は小さいくせに、生意気に、チクチクと刺すトゲが持っているんだもの。

 あたし。あのトゲが大嫌いなの。そんなモノを好んで作っている男も嫌いだわ!」


 「それなら心配ないさ。

 いまは、とげをある程度まで無くした、改良型のナス苗がある。

 昔はトゲで痛い思いをしたが、改良型なら、それほど痛い思いをしないでも済む。

 これから実る秋ナスはうまい。

 食いすぎて身体を冷やすから、嫁には食わすなと言う格言があるくらいだからな」


 「嫁じゃないけど、美味しい秋ナスが実ったら、ナスだけ食べに行きたいわ」


 網の上で焼きあがったナスを、先輩が指先でチョンと押し出す。

ナス農家の荒牧の前へ、コロコロとナスが転がっていく。


 「とりあえず、私からあなたへプレゼント。

 嫌いじゃないでしょ。わたしがあなたのために焼いてあげた、愛のこもった焼きナスは?」


 

(56)へつづく

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