第17話 彼の名前 彼という人
『夢に見る僕は あなたに言いたいこと はっきりと言えて どうやらそれでもあなたは笑っていて なんだ僕の言いたかったことなど あなたにはどうでも良い他愛の無いことだったんだ 決死の覚悟だったと言うのに まあ ケッキョク 夢の話なんだけどね 』
アコースティックギター一本で、やたら楽しそうに歌う彼にもう、見とれていた。
さっきの曲とは違いアップテンポなポップな曲で、つい体が揺れる。
認めざるを得ない。
見とれていた。
のめり込んでいた?
この歌詞は、どうやら親子関係を歌っているようで、恋愛の甘い雰囲気と思わせて、そうではないという後半の意外な感じが良かった。
作詞も作曲も本人なのかな??と思うと、声もギターテクニックも合わせて、何て恵まれた才能だろうかと思った。
こういう人を、音楽の申し子とでも言うのでしょうか。
少しずつ増えてきたお客さんが、フロアーの丸テーブルに座るが、皆彼に背は向けず、椅子を動かして視界に入るように座っていた。
そして今日は皆静かだった。
でも、どんなに皆が耳をすませて聞いていても、山田さん家で演奏するアーティストさん達は、MCを挟まない。曲紹介すらしない。あくまでも生演奏のバックミュージック扱いのようで、山ちゃんがギャラを払っているらしい。
若い人が多い。でも、私は山ちゃんの感性にかなり近い。皆とても素敵だ。上手い、なんて言ったら上から目線で失礼だと思ってしまうほどに。
彼はペコッと頭を下げて、ギターをスタンドに置くと、山ちゃんの方へ向かって歩いて来る。
「ありがとうございます。」
にっこりと笑いながら山ちゃんに話しかける。
私と話したあの時も、営業スマイルではなかったんだな。
いや、山ちゃんも雇主だから、やっぱり営業スマイル?
山ちゃんはお店に有線の音楽を流し、店の中も話し声で賑やかになる。
「いやいや、こちらこそありがとう。そろそろ絢(あや)くんの声が聞きたかったんだよ。頼むとすぐに来てくれるから、本当に感謝してるよ。」
山ちゃんが、ちょっと年配者っぽく、男っぽく、かっこよく話している!気がする。
「絢くん、こちらゆきちゃん、この前いただいたチケットは彼女にあげたんだよ。」
山ちゃんが、私を手のひらで優しく指し示す。
振り向く彼の顔はやっぱり優しげで、あまり緊張しなかった。
「あっ!」
「こんばんは。すみません、そんなこととは全然存じ上げずにお声かけしたんです。しかも今日、こちらにいらっしゃることも知らずに立ち寄ったんです。初めは何も知らなかったので、奇跡が起きたと思いました。」
「そうですよね?この間の方ですよね。その節はどうも、本当にありがとうございました!」
とても嬉しそうに答えてくれるから、私もつられてすごくいい笑顔を返した。
「え?何?何?すでに知っているの?仲良しなの?」
山ちゃんは嬉しそうに、驚いて見せていた。
「そう、この間…」
同時に、全く同じ台詞で話はじめたのに自分でも驚いて、お互い顔を見合わせてしまった。
山ちゃんが楽しそうにゲラゲラと笑いながら、「どうぞ続けて。」と言う。
今度はどちらかが話始めるのを同じ様に待ってしまい、妙な間ができてしまう。
山ちゃんはもう一度ゲラゲラと笑いながら、「だから気が合うって言ったでしょー。」と喜んでいる。
フロアのお客さんから声がかかり、山ちゃんは「どちらが話すか決めておいてね。」と言い残し行ってしまった。
二人でまた顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。
「いや、ごめんなさい。本当に歌、素晴らしく上手ですね。私なんかが上手とか評価したら申し訳ないほどです。今日お会いできて本当に嬉しいです。将来有名になられたら、自慢できます!」
「素直に嬉しいです。ありがとうございます。いやぁ有名にはならないと思いますが、時間があったら是非また聞きに来て下さい。僕のために来てくれたりしたらたまらなく嬉しいです。とは言え山ちゃんに呼ばれたら来るという、不定期なキャラですが。あっ、遅くなりました。僕は小栗絢仁(おぐり あやと)と言います。こっちの顔も、あっちの顔も本業のつもりでやってます。どうぞどちらもよろしくお願いいたします。」
自分もそうだけれど、やっぱり一気ににしゃべるタイプだ。でも素直で、嫌みじゃないし、表情が明るくて、裏の無い感じが私にはとにかく好印象で、可愛いとさえ思ってしまう。
夕さんとは正反対のタイプだなー。と何となく心の中で考えて、しまったと思った。
思った後で、何故しまったと思ったのかわからず、自分の感情に自分が全く追い付けずにいる。
「お話が上手なのも職業柄ですね?私は柳井ゆきと言います。雪の日生まれのゆきですが、名前は平仮名です。」
「すみません!つい話したいことを一気に言ってしまう悪い癖が…お名前だけは山ちゃんから伺ってました。ゆきちゃんと言うかわいいお客さんがいて、偶然通りかかったところをお誘いしたら、よく来てくれるようになって嬉しいって言ってましたよ。あーまた喋りすぎてますよねー。喋りすぎついでにもう一つ、女性に対して大変失礼だとわかった上で、年齢をお伺いしてもいいですか?僕、実はタメとか、年下だったのに、いつまでも丁寧語で喋ってたりするの苦手なんです…。いや、ホント喋りすぎですよね。」
そうか!こんなにずっと話してても嫌な感じがしないのは、声がいいからか。こんな何とかの揺らぎとか出ていそうな波長で、今時な話し方をするギャップがまた良い。面白くて良い。
「いや、明らかに私が上だと思ってました。とても若く見えるので、歳が近い感じに見えますか?先にお伺いしても良いですか?」
「そうですよね!すみません。僕これでも最近26になりました。」
「え!え!?すみません、かなり失礼なことに未成年でもおかしくないと思っていました。私も最近27になったので、1学年違いですね。」
「おしい~僕が1歳下でしたか…。いや、仲良くなれそうな気がしたので、フランクに話したかったんです。自分もですが、相手に丁寧語で話されるとなんか壁を感じてしまって、『私とあなたは違うでしょ?』的な。おしかったなー。」
「その感覚はすごくわかりますけど、年齢はそんなに関係ありますか?」
「中1と中2じゃ全然違うじゃないですか!青っ鼻の中1が2年生様にタメ口はきかないですよね!」
「あはははは!それもわかるけど、中学生じゃないし!わかった。じゃあ私はもう普通に話す。だって山ちゃんにも私、敬語も丁寧語も使ってないもの。小栗さんもどうぞ、らしくして。」
「やった。その言葉を待ってました!ついでに小栗さんはやめて。言われ慣れてないから振り向けない。絢仁で良いよ。」
「うーん。それは近すぎるよ。じゃあ絢くん?」
「それはダメだね。山ちゃんとかぶる。あのオカマおじさんと同じで良いわけ?」
「ちょっと!そんなに堂々とオカマおじさんだなんて言える感じなの!?」
「僕はいつも言ってる。だから僕の前ではなんだかかっこつけた話し方をしてるけど。あれは否定してるのかな?肯定して生きた方が絶体楽なのになー。間違わないでね。僕は大好きだよ山ちゃん。」
すごい。すごすぎる素直さ。悪意の無さ。
言葉の武器をブンブン振り回してるのに、この揺らぎ声のせいですっかり騙されて、なんでも許せてしまう。
これは大変な人だ!
「じゃあ小栗くん。」
「仕方ないな。それで良いですよ。ほら、名字なんて使うから、つい『です』とかいっちゃうでしょ。僕はゆきさんにしときますか?ほら、また『ます』とか言っちゃった。」
「小栗くん、さっきからずーと思ってたんだけど、歌ってる時の表情と外見と、歌ってる歌詞の内容と話してる時と、どれが真実かと思うほどバラバラだね。歌は深くて色々想像しちゃう歌詞なのに、言葉は頭の中からそのまま全部出てきてるみたい。素直な感じで話しやすいけれど。歌手、小栗絢仁とのギャップは半端じゃないね。」
「あははは!ゆきさんだって十分素直だよ。僕はギャップ萌えを目指してるんだよ。アンニュイな歌うたってて、話しててもアンニュイなやつ、めんどくさいよ。ちょっとぐらい上向けよ、お前の人生ずっとグレーかよ!って思うでしよ?それこそ嘘っぽいでしょ?ちょっと辛めの曲が染みるのって、幸せを知ってるやつが歌うからでしょ?明るさの足元の影を見るから、皆納得できるんじゃん。暗闇に影は無いからね。」
「説得力あるよ。納得した。」
「ホントにいい人だねゆきさん。山ちゃんがずっと自慢してた。あんな良い子が僕の話に付き合ってくれるなんてって。」
「そんな風に言ってくれてるの?嬉しくて泣いちゃう。」
「上手いね。」
互いにちょっと顔を近づけて、抑え目の声で笑う。
実はさっきから、もうとっくにオーダーを聞いてドリンクを出し終えた山ちゃんが、ずっとにこにこ、いや、ニヤニヤしながらこちらの様子を伺っていることに、私も小栗くんも気が付いていた。
この話も耳を大きくして聞いている。
「山ちゃん、僕ハイボールちょうだい。」
「絢くん、もうワンステージやらないの?」
「一杯ぐらい良いでしょ。ギャラからは引かないでよ。」
「薄くしてやる。」
「マジで!?ケチだな。」
面白すぎて、もう声が出なかった。お腹がよじれるって表現、わかる気がした。
「絢くんやめて下さい。ゆきちゃん死んじゃうでしょ。」
「笑い死ぬなんて幸せすぎだろ。山ちゃんもそうしなね。ね?」
「まだ早いわよ!」
「出たなオカマ!」
「あんたなんてーー嫌いだ!」
いつの間にかフロアのテーブルに座っていた田中さんが、
「おー、またやってるの?」
って穏やかに笑っていて、私はもう涙を流しながら、
「いつものことなんですか?」
と聞くと、
「仲良しなんだよ。」
と笑っていた。
「山ちゃん、この前のキティ今日もできる?」
空いたスプモーニのグラスを手に山ちゃんに話しかけると、我に返ったように走って来て、
「こんなバカを紹介しちゃってごめんねゆきちゃん!そしてごめんねついでに、今日は苺をつけた赤ワイン切らしてるのよ。試作にキウイつけたのならあるけど試してみる?」
て、いつもの口調で話す。
「うん、試してみる!美味しそう。」
弾んだ声で返すと、
「ゆきちゃん良い子ねー。」
と嬉しそうな山ちゃん。
「おいおい、態度が違いすぎだよ。」
と小栗くん。
「山ちゃん、俺にもハイボールちょうだいよ。絢くんのは俺のおごりで。」
と嬉しそうな田中さん。
「さすが田中さん!やっぱ親父にするなら田中さんだよな~」
と小栗くん。
「あんたみたいな息子はお断りよ。」
と山ちゃん。
この店は魔法にかかっている。
ディズニーランドが、誰もが童心に帰れる魔法の国ならば、山田さん家は誰もがありのままで許される魔法の店だ。
時空や生きている世界が違うんじゃないかとさえ思えてくる。
それぐらい、流れる時間への緊張感がない。
けれども魔法はその場を離れれば少しずつ切れてしまう。
みんな現実という世界で努力して、幸せも苦しさもどちらも存分に体に浴びて、悩みながら走る。
それは当たり前のことで、なんら不幸なことではない。
だけどやっぱり疲れてしまうから、引き寄せられるように集まってしまうのかな。
そうか、ちょっとした現実逃避の場所なのか。
だから、プライベートを話したくないし、夕さんのことを思うと、しまった、と思ってしまう。
ここでの出来事を、現実と突き合わせてはいけないんだ。現実を頑張るための力を蓄えるための場所なんだから。
と、また自分に都合の良い解釈をして、夕さんに話さぬまま、すごく楽しい気持ちを隠せずにいる自分を正当化する。
その夜は、10時頃帰宅しても夕さんはまだ家に居なくて、部屋は暗く、3月とはいえ夜は寒い。
それなのにホッとした。
言い訳をせずに済んだこと。
気持ちの切り替えをせずに済んだことに心から安堵した。
一人で布団に入っても、小さく丸まらず、仰向けで寝ていた。
こんな私で良いのかな。
夕さんが今帰ってきて、抱きしめてくれたら、キスをしてくれたら…
すごく嬉しい。
大丈夫。うれしいもの。
早く帰ってこないかな。
お布団、一人だと寒い。
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