第2話 出会った頃

名曲は、やっぱり素晴らしい。


出会ったころは

こんな日が

来るとはおもわなかった


本当にその通りだと思う。


痛感する、とはこんな感じだろうか。


おそらく多くの大人が一度はこの歌の歌詞を痛感し、なぜ良い歌は廃れないなか、ということを知るのだと思う。


(持論…)



午後3時の夜空は果てしなく深くて、これが偽物だなんてまるで信じられない。無数の星の下で、ずっと空を見上げていると、自分の大きさがよくわからなくなる。

すごく小さくなったように感じて手のひらを見つめて現実に帰る。


この感覚を行ったり来たりするのが好きだ。


疲れた時に、何も考えずに暗闇の中で小さな自分になる。

考え事も悩みもイライラも、同時に小さくなるように感じる。この世界の中で、今の私のモヤモヤなど肉眼で見えるはずもなくミクロだと思うのだ。

実際はすぐ近くに天井があるのだけれど。



それにしても、今日の解説の声はきれいすぎる。

この声はダメだ。安らぎの周波だと思う。

まどろみの世界に足を踏み入れてしまいそうだ。それは悔しい…。


眠くならないためにはどうしたらいいだろう。と一生懸命考えて、この声の主を勝手に想像していた。


黒縁眼鏡で、少し天然パーマの優しそうなお兄さんを思い描く。


笑うとたれ目になって、かわいらしいイメージ。つなぎとか似合っちゃいそうな30歳ぐらいの…


くだらないことを考えていた次の瞬間、突然耳に飛び込んできたあまりにも透き通った歌声に、普段の半分ぐらいになっていたであろう目を大きく見開く。


聞きなれたキラキラ星


きれい


ただ、


ただきれいという言葉しか思い付かない。


上手なんて誉め言葉では足りないな。


マイクを通して聞こえてくる声なのに、隣で囁かれているような気配さえして、不思議と鼓動が早くなる。


ひとつの音も聞き逃したくない気持ちになってきて、心地よいはずのその声に、緊張さえしてしまう。


平井堅

さだまさし

ミスチル

自分の好きなアーティストをどれだけならべても、今まさに耳に響くこの声が、いったいどんな力で私を引き付けるのか良くわからない。

大好きなアーティストの誰の声にも似てないなと思う。


「ありがとうございました。夜空の星はまばたきしてはみんなを見ている、今日、皆様が頑張ったこと、お空の星は必ず見ています。そして私たちも、よく晴れた日の夜には、空の星を見つめ返してみてはいかがでしょうか?そんな日は、きっと良い夢を送り届けてくれることでしょう。」


客席に座る人はまばらなのに、拍手が鳴り響く。


仕事を投げ捨ててできた、平日午後、アフターファイブ前の優雅な時間。


投げ捨てた仕事も明日からの忙しさも、これで報われるかな。


明るくなった部屋の中に、椅子の背もたれが戻るパタンという音が響く。


声の余韻がまだ抜けずに、うきうきとした気持ちをおさえられず、私は一人で軽く微笑んだまま、ゆっくりと立ち上がる。


そんなお客さんは私だけではなくて、顔がよければスカウトとか来そうだね、なんて会話が小さな声で耳に届く。

同感だな。と思いながら出口に向かう。

薄暗い館内の、緩やかな下り傾斜に集中しながらゆっくりと歩いていた。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」


甘く響くその声に思わず勢いよく顔を上げる。

身長175?体格普通、少し細め。

トップを柔らかく膨らませて左に流した髪。

眉を少し下げて優しげに微笑む顔。

そして今時な外見から想像もつかない穏やかな声。


絶対に彼だ。想像と全く違った。


体の中に響く耳障りな鼓動が止まない。

そのまま通りすぎるべきだ。変な人になりたくない。

でも、気になって仕方ない。


「解説されていた方ですか?」


後に来る人がいなかったから。

良かったという感想を伝えたいだけ。

理由を無理矢理作り出して、自分でも驚くぐらいに諦めが悪い。


「はい。何かお気に召さない点がございましたか?」


「いえ、キラキラ星、素晴らしかったです。あんなに素敵なアレンジは初めて聞きました。それまで正直とても眠かったんです、あ、、仕事が最近忙しくて、でもすごく元気が出ました。本当にありがとうございました!是非また歌ってください。」


自分の声を聞いたとたん、突然恥ずかしさで頭の中が熱くなっていく感じがした。

一気に話し終えると、顔もろくに見ないで深くお辞儀をする。


「ありがとうございます!昨日館長に注意されたんです。君の声は良いんだけど眠くなるって…だから今日、初めて歌ってみたんです。眠気覚ましになるかなと思って、でも勝手にやったから、また怒られるかなあ。よかったら『お客様の声』に、良かったって書いて行ってくださいよ。そうしたら館長も認めてくれるかも知れないな。」


私と同じくらい一気に、でもしっかりと私の目を見て、微笑んでいた。


「わかりました。そうしますね。」

安らぎの声に反してちょっと幼い感じの雰囲気と、少し強かに思える発想に、つい後輩をなだめるように優しく言うと、声を出して笑ってしまった。


「ありがとうございます!もちろん無理にとは言いませんので、お時間が許すようであればのお話です。またご来館下さいね。お待ちしております。」


「わかりました。お忙しいのにお声かけしてしまいすみませんでした。」


「いえ、評価してもらえて、とても嬉しいです。」


初対面の私に、満面の笑顔の彼は、これは営業スマイルか?こういう人なのか。


これが初めて会話をした内容の全て。


私は、彼の声の穏やかさとはかけ離れた、無邪気な雰囲気に何となく安堵し、彼は緊張の解けた私を、良かったね、とでも言いたいように目を細めて見ていた。


その雰囲気に一瞬今の自分の立場を忘れかけ、このまま見つめていたらただの変なひとだなと我に帰る。


人見知りな訳ではないけれど、それほど親しいわけではない人と話す時には、いつもとても気を遣う。

相手に、決して嫌な思いをさせてはいけないと思っているからだ。


彼はそんな事などはお構いなしな様子で、でも丁寧な言葉で話しをするから、頭の回転が早そうな人だなと思ったりしながら、二度と会うこともないのか、私はまたここに来てしまうのか、などとどちらでもよいことを考えて、お互いが笑い終わった丁度良いタイミングで、

「ありがとうございました」

と二人声をハモらせ、軽く微笑んで別れた。



会社に、こんな感じの後輩君がいたら楽しいのに。お酒飲んで気軽に愚痴とか聞いてくれそうなのに、とか、全くもって自分本意なくだらないことを考えながら、この出会いにさほどの強い思い入れもなくプラネタリウムを後にした。

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