第15話 ある渋谷の事件の終幕

マリアと大倉はヒカリエの屋上に居た。

そこは特別一般的には開放されていない区画。しかし、彼女は強引な手法によりこの場に居ることができた。


マリアは大倉を縄で縛って、2人ともフェンスの外側に居た。

既に陽が落ち、辺りは闇と眼下のネオンに包まれていた。


34階建てのビル。その天辺は何も遮るものがない孤高の地。

ビル風が突風のように吹き荒れていた。


大倉は既に気が付いていた。真下に見える渋谷の街とその高さに絶句していた。


「(これは・・・助からないかな・・・)」


大倉は隣に居るマリアを見て、その憎悪が自分に向けられていることを悟った。そして、マリアがこの場に自分を連れてきたということで、大倉は手も足も出ない状況だと考えた。


マリアが大倉に侮蔑な眼差しで話し掛けてきた。


「どうかしら大倉。今からここから落ちる気分は?」


「・・・まあ、良くはないだろうな。人生で一度っきりの紐なしバンジーだからな」


大倉はそっけなく答えた。マリアは大倉の顔を見るためしゃがみ込み、大倉の頭の毛を手で掴み上げた。


「っぐ・・・」


「痛いか。3年前の苦痛はこんなもんじゃないさ。お前がここから墜落して死んでも、その苦しみが晴れるとは思わんが。まあ、区切りとさせてもらうよ」


「・・・3年前か。まあ、富と名声の為に、犠牲を払ってきた報いだ。こんな状況もいずれはと思っていた」


大倉は自身でも悪行を重ねてきたと認識していた。それが医学の発展でも、自身の富の為にも。マリアのような犠牲者は他にもいるだろう。殺意を持つ者達が。それに怖気づいて動かない訳にはいかなかった。


大倉の覚悟を聞いたマリアは再び立ち上がった。


「成程。なら話は早い。私の恨みを聞いた所でお前にはどうでも良い話だな」


「ああ、そうだ」


「悪人など、元来そんなもんか・・・」


マリアは復讐を果たす上で、自身もある程度の無茶、言わば悪事を働いてきた。

大倉と違う方向性ながらも同類な事を考えていた。


マリアが大倉を立たせ、ビルの縁まで押しやった。


「さらばだ大倉。一時は世話になったが、お前と出会えたことで復讐が果たせる。礼を言おう」


「ん?そうか。こんな美人の最期のお役に立てるなら、男として本望だ」


大倉は笑顔だった。その笑顔にマリアは刺激された。


「ふざけるな!」


そう言い放ち突き落そうとしたとき、屋上の扉が開き、瑠美がマリアに叫んだ。


「マリアさん!ダメだ!大倉を突き落としては!」


その声にマリアは気が付いた。大倉も瑠美を見た。マリアは少し笑い、大倉をビルより突き落した。


「う・・・うわあ~!」


大倉の断末魔の叫びが聞こえた。そしてすぐ聞こえなくなった。

瑠美、皐、良子、御手洗と飯倉がその光景を目の当たりにした。


マリアはフェンスを再びよじ登って、内側へ帰ってきた。

マリアは服の埃を少し払い、両手を腰に当てて、5人を見た。


「・・・さて、私はこの場から逃げるけど。貴方達は私を取り押さえにきたんだよね?」


マリアの不敵な挑戦を御手洗が噛みついた。


「当然だ!お前は立派な犯罪者だからな。しかも現行犯で殺人未遂をした」


御手洗の言葉にマリアがふとおかしいことに気が付いた。


「・・・殺人未遂?大倉は墜落したぞ」


傍の飯倉が電話を受け取っていてた。その電話がマリアの質問への回答だった。


「御手洗さん。榊さんたちが大倉の保護に成功したようです」


「そうか祥子くん。・・・と言う訳だマリアさん」


マリアは墜落させた大倉を何らかの手段で地上で助けられたことを理解した。それについて怒りの形相を見せた。


「・・・ならば、尚更この場を突破して、大倉を殺さねばならないな」


マリアは尋常じゃないプレッシャーで5人に近付いてきた。

5人ともマリアの攻撃に備えた。良子は瑠美と皐に語り掛けた。


「(い~い?例のアプリを使ってでも彼女を取り押さえるわよ~)」


「(わかったよお良)」


「(無論。私はガラケーだからできないがな)」


マリアは走り込み、5人を突破しようと試みた。

御手洗と飯倉は互いにスマートフォンのレアリスト覚醒アプリを使い、自身の<レアリスト>を呼び起こした。


瑠美は飯倉も<レアリスト>だったことに驚いていた。


「(祥子さんも<レアリスト>だったんだ・・・)」


一方の瑠美は<ウィザード>を無力化出来るほどのレアを持ちながらも、その能力は未だ不安定、というより眠ったままだった。


マリアは人間離れした跳躍で5人を飛び超えようとした。それを飯倉がマリアの足を掴んだ。


「そんな簡単に逃げられなくてよ!」


飯倉はマリアを投げ飛ばし、マリアは何とか着地した。その眼前に御手洗が詰め寄っていた。


「終わりだ」


御手洗は神経伝達の電気信号を指先から、マリアの腹に目がけて掌を当てた。

マリアはその衝撃にのけぞりながらも後方へ飛びのいた。


「ほう。中々しぶといな・・・」


御手洗は自分の攻撃に耐えたマリアに感心していた。マリアは息を切らしながらも、自分の状態を把握し、この2人に関わらず打開できる策を考えて、瑠美たち3人を見た。


「(・・・このコたちを盾にするしかないか・・・)」


マリアは瑠美たちを人質にこの場を脱することを選んだ。マリアは一躍で瑠美たちに迫った。

皐は身構え、瑠美と良子は覚醒アプリを使う用意をした。


マリアは眼前の皐を捕らえようとしたが、皐の後ろ回し蹴りに虚を突かれ、反転して攻撃に変えた。

咄嗟の切り替えが皐の対応に間に合い、皐は絶好の蹴りを叩き落とされ、代わりに手刀で首元を打ち込まれた。


「がっ・・・!」


皐はその場で崩れ落ちそうになるが、前転してその場を離れた。

瑠美と良子の2人がマリアの眼前にあった。マリアは良子に手を伸ばした。すると、瑠美がその手を掴んだ。


「お良には触れさせないよ!」


「ほう。ならお前でも良い」


掴んだマリアの腕とは逆の腕で瑠美は取り押さえられそうになった。そこで瑠美が覚醒アプリを起動した。瑠美の視界の全てがスローモーションになった。


掴みかかろうとするマリアの動きから瑠美が逃れ、皐の下へ走った。その動きにマリアが驚いた。

その大きな隙に良子が自身が持っていたタブレットをマリアの服に差し込み、ある特殊アプリを起動させた。


「(ゴメンね~。タブレット~。後で直すからね~)」


そう願掛けして、タブレットの持つ電力を一瞬にして最大出力でマリアを感電させた。


「!!」


マリアは叫び上げる暇もなく、その場に崩れ落ちた。

御手洗と飯倉がマリアの下へ駆け寄った。


「・・・観念するのだな」


御手洗がそう言い放った。

マリアはその感電にも耐えながらも、立つことがままならず、その場で座り込んでいた。

息切れが尋常でなかった。


「・・・はあ・・・はあ・・・あ・・・私は・・・ここ・・・で・・・終わるの・・・はあ・・・」


マリアは悔しさに涙汲んでいた。復讐を果たす為に悪事に手を染めた。その甲斐もなく逮捕されてしまうことに。


御手洗はそんな状況にマリアに無情にも終幕であることを告げた。


「そうだ。お前は、お前の利己的な手段で、復讐を果たそうと周囲に迷惑を掛けた。やり過ぎたんだ。これで終いだ」


飯倉は憐れむ目でマリアを見つめていた。瑠美たちも同様だった。


「これで・・・落着なのかな?」


瑠美が皐にそう言うと、皐もマリアからの打撃の痛みに耐えながらも答えた。


「・・・はあ・・・そうだな。一件落着だな・・・」


良子はマリアがこの事件の張本人だとして、興味本位でマリアに質問した。


「マリアさん~。ちょっと聞きたいんだけど、貴方が<オラクル>なんですか~?」


マリアは息切れしながらも、その質問に答えた。


「・・・はあ・・・なんだ・・・その・・・<オラクル>・・・とは?」


良子はマリアの否定に首を傾げた。マリアは<オラクル>を知らない。しかし、あの治験場で見た姿は確かにマリアの様な人影だった。瑠美も皐も首を傾げていた。


「あれ~?マリアさんが~あの治験場を~壊したんじゃないの~?」


その話にマリアが不敵に笑い始めた。


「・・・っくっくっく・・・はあ・・・お前たちは・・・彼女を・・・探していたのか・・・」


御手洗も良子の問いかけに疑問を投げかけた。


「どういうことだ白河?お前たちは誰をこのマリアだと思ったのだ?」


良子は腕を組んで、御手洗に話した。


「う~ん。私の~プログラムを~バレずに~悠々と~突破できる実力のある持ち主が~この事件の首謀者だと~思っていたんですよ~」


瑠美と皐も頷いていた。


「そう。この事件はお良を手玉に取るようなクラッカーの仕業」


「ああ。そう私たちは推理しておりました」


「・・・成程な。で、このマリアさんは肝心なプログラムセンスは?」


良子は身動きがまだ取れないマリアの服を探り、スマートフォンを取り出し、自身のアプリで攻撃してみた。するとあっさり自身の支配下に置くことができた。


「ふえ?何のファイアウォールすら働きが無い・・・。何で~?」


マリアはそれについて良子に教えてあげた。


「・・・はあ・・・私は・・・彼女から・・・受け取っただけ・・・その・・・やり方や・・・守る術・・・彼女が・・・全て・・・守ってくれた・・・」


そう話し終えると同時に5人とも周囲がキーンという音と共に、絶対的な嫌な悪寒が辺りを支配した。

御手洗、飯倉共に警戒し、瑠美たちは3人とも1つに身を寄せ固まっていた。


屋上の出入り口から1人の女性がタロットカードを手にして、捲りながら瑠美たちの目の前に歩み寄ってきた。瑠美たちが知るNPOのボランティア真島 静香だった。


「・・・タワーの絵。・・・どうやら上手くいかなかったみたいねマリアさん」


1人佇む真島をマリアは恐れる目で見つめていた。


「あ・・・あ・・・まだ・・・まだ・・・復讐が・・・」


その反応に真島が一笑し、冷たく言い放った。


「もう出来ないでしょう。全てが明るみに出た。貴方は失敗したのです。人の可能性を見出し、試練や苦難の末に絶対な善を見つける。貴方はそれに答えられない。私の課題を落第したのです」


真島はそのタロットをマリアに向けた。するとマリアはもがき苦しみ、その場で息絶えた。

その状況に5人とも愕然とした。


「な・・・何で・・・マリアが・・・急に死んだの!」


瑠美が当たり前の様に叫んだ。良子が真島から出る圧倒的な攻撃的ファイアウォールに対する警戒を自身のスマートフォンで掴んでいた。それは明確な知らせだった。


「瑠美~、さっちゃん~。彼女が~<オラクル>だよ。きっと・・・」


「へ?なんで!」


「・・・そう言うことなのか・・・」


皐はマリアの協力者の人間がいるとして、これもまた身近な存在ではと、すぐ考えていた。

真島は良子の話を耳にしていた。


「・・・良子さん。貴方が最近の若手有望株なクラッカーね。よく耳にするわ」


真島の語り掛けに良子は緊張した。国際的な犯罪者と目されるひとが良子を知っていたことに身震いをした。


「あわ~・・・あまり目立ったことはしないほうが~いいね~・・・」


良子の反応に真島はクスクスと笑っていた。


「そうですね。まあ、私を攻撃しようとはまだ若いとしか言いようがありませんが・・・」


瑠美は真島に核心的な問いかけをした。


「詰まる所・・・真島さん!貴方が<オラクル>ね」


真島は瑠美の問いかけに物思いにふけるように語った。


「う~ん・・・そうね~。昔はそう呼ばれていたわ」


当たったかのようでそうでないそんな思わせぶりをする真島に御手洗がより明確な答えを突き付けた。


「・・・お前は、<ジャッジ>だな」


瑠美たちは更なる新単語に御手洗に回答を求めた。


「御手洗さん、何ですか<ジャッジ>とは?」


皐が御手洗に聞くと、御手洗は答えてくれた。


「<ジャッジ>。絶対的な性善説を求める狂人だ。人は性悪説の下、立証される世界を覆すような絶対善を求める・・・まあ、その辺は私にも理解不能だが。彼女の能力は取引みたいなもので、それを実行不可能としたとき、マリアのようになる。マリアは元々、彼女から与えられていた力なんだろう」


力を与える能力と聞き、瑠美が驚いた。


「<レアリスト>能力を人に供与することができるの?」


御手洗は頷いた。


「ごく少数ながらね。彼女はそう言う特異能力者だ。詳しくは解明中だが、このように実証されている。マリアの弱みに付け込み、このようにした。利己的なバグテロリストだ。しかもS級のな!」


瑠美たちはテロリストランクを聞き、<ウィザード>と同等の敵を目の前にしていることに戦慄を覚えた。果たして生き残れるのかを・・・


しかし、その疑問を御手洗は解いてくれた。


「安心しろ。奴は目的以外の殺生はしない。但し、歯向かうなら容赦しないようだがな」


それを真島が聞くと、御手洗の話を肯定した。


「その通り。飛んでくる火の粉は払う主義でね。今回も選別に失敗した。まあ気長に待つつもりだがら。では皆さん御機嫌よう」


真島は振り向き、出入り口よりその場を去っていった。

するとその場を支配していた雰囲気が解けていた。


5人とも一息ついていた。御手洗が凄く申し訳なさそうに3人に謝っていた。


「済まない・・・警察たるものが犯罪者をみすみす逃がしてしまった訳だからな」


瑠美は御手洗の話に首を振っていた。


「全然!私らのようなお荷物が居て、S級は無理です!」


その回答に御手洗が否定した。


「私の討伐レートはAがギリギリだ。Sは未だないのでな。要は自分が怖気付いただけだ」


御手洗は悔しさを滲ませていた。飯倉が背中からポンと叩いた。


「先生。私より十分お強いですよ。これから勝てるようになればいいじゃないですか?」


皐も頷いた。良子も御手洗を励ましていた。


「御手洗さん。私らも力になります。私らがこうも非力だから満足に戦えなかったのだと思います」


「そうですよ~。きっと~どうにかなります~」


御手洗は周囲の応援に「フン」と鼻を鳴らし、そそくさと出入り口に向かって行った。


後日、瑠美たち3人は榊のイルミナティの事務所に訪れていた。


大倉を落下から救助したのが、榊らたちだった。大倉はその場で公安に引き渡され、ピースブリッジの強制家宅捜索がなされた。名目はマリアの犯行の裏付けだった。マリアの件は超法規的措置だったが、裁判所が許可を出した。


マリアの突然の襲撃により、大倉たちは証拠隠滅に後れを取っていた。ピースブリッジから大倉達の非合法的な証拠物件が出てきて、大倉は立件されることとなった。それが芋づる式に関係する大手製薬会社まで捜査の手が伸びて、社長を始めとする、多くの役員の交代劇となった。


こうして3年前からの続く因縁に終止符が打たれたことに榊は満足していた。


「マリアという方の執念だな。彼女はやり方がマズかったが、それなりに本懐を遂げることが出来た訳だ」


結果はそうだが、人が死んでいたことにやりきれない気持ちの瑠美が居た。


「榊さん。本懐だなんて、そう言う言い方は良くないと思います!」


瑠美の抵抗に榊はジロリと瑠美を見た。瑠美は余計な事を言ったかと思い緊張と後悔をした。

傍に居た皐と良子も瑠美を横目に緊張した。


榊は少し笑い、瑠美にこう話した。


「・・・そう言えるのも、お前らの日常がまだまだ平和だということだ。そこそこの経験や死線を潜り抜けると本望だの、本懐だの、未練なく事を為すことの大切さを感じるようになってくるさ」


「未練なく、事を成し遂げることの大切さですか?」


皐がそう榊に返すと、榊は頷いた。


「ああ。些細な事でもよく人は振り返るものだ。あの時こうしておけば良かっただの。マリアは不幸にも自身はそれを知ることなくこの世を去ったが、結果報われた。人の死に一つとして無駄なことなどないと立証されたのだ。因果応報。本懐を遂げる。人の想いが後々の何かに繋がっていく。それには過程をいつも大切にすることさ」


榊は傍にあるコーヒーを一口付けた。皐が榊の話に同意した。


「そうですね。人の生き死に意味はあります。そこまででなくとも、私たちの行動でも何等か結果が出ます。過程を、未練余すことなく追求し、努めてこそ最善の結果が出せると考えます。それで何も得ることなくとも本望ですね」


「まあ、そう言うことだな」


榊がそう言って、渋谷についての話を終えた。

その後。瑠美たちは榊を交え、世間話に花を咲かせていた。


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