第14話 ある渋谷での犠牲者の復讐

慌てていた大倉たちの目の前に瑠美たち3人が歩み寄ってきた。

その姿に大倉は気が付いた。瑠美がすぐ去った後の話で、それから2人を伴って来た。


大倉は多くの経験から今の事態の事を踏まえて、すぐ行動を取った。


「(マイク・・・プランBだ・・・)」


大倉から小声でマイクにそう伝えると、マイクは少し後ろに下がり、どこかへ電話を掛けていた。

その姿を皐は見ていたが、取りあえずは大倉に聞くことを優先した。


3人は大倉の前まで来た。大倉はいつも通りの優しい顔で3人に応対した。


「やあ、竜宮司さんに・・・財部さんと白河さんだよね。3人揃ってどうしたのかな?マリアはまだ戻って来ていないけど」


取りあえずそれからだと大倉は考えた。出方で色々取る。仮にあの噂の謎を追っていただけならば、別に問題ない訳だから。


しかし案の定、皐の口から出た言葉は大倉の危機感通りの話だった。よりスマートな回答で。


「大倉さん。貴方が<ドラッグメーカー>で、3年前の渋谷の混乱の張本人。そして後ろの2人から薬を調達し、渋谷を狂わす。その目的は近場での審査すら通していない治験の隠れ蓑。何処よりも先に有利な結果を手に入れたいがための利己的犯罪だ。それも会社ぐるみ。・・・と、ここまで一応告発しておきましょう。後は後詰ですが・・・」


大倉はため息を付いた。傍で聞いていたアンディは顔が引きつっていた。

少し間を置いて、大倉が話始めた。


「・・・そうだね。仮におおよそは合っているとして、まあ証拠は?と聞きたいね」


大倉は両手を腰に当てて、皐を見下ろした。まだ優しい顔だった。瑠美と良子は皐を見ていた。

皐は大倉の問いに答えた。


「貴方達3人が慌ててた理由を私たちの担任である警察の公安が調べに行っています。そこでの証拠物件と<ピースブリッジ>をひっくり返せば十分かと」


「と、言うことはまだ持っていない訳ね。あの部屋にないかもしれない。ならばお話しにならない」


大倉は困った顔をした。皐は少し笑った。その姿に瑠美と良子が動揺した。


「さっちゃん・・・」


「どうしたの~、さっちゃん~」


皐は笑いを何とか抑えた。そして大倉の話を「別にそんなことはどうでよい」と言い切った。

大倉は不思議な顔をした。何故告発しておいて、私たちを追い詰めることにどうでもよいと言ったのか。その答えを皐は語り始めた。


「大倉さん。私たちの目的は知っています?」


大倉は面を喰らったかのように話を逸らされた。大倉は我に返って、皐の問いかけに考えて答えた。


「え・・・ええと・・・あの噂だよね。渋谷で外国人に襲われるというチェーンメール・・・」


「そうです。その謎の原因が、発端が貴方なのです大倉さん」


「私が!・・・何故?」


大倉は予想もしないことを皐に言われて混乱した。皐は話を続けた。


「調べていくと、それが辻褄が合うのです。渋谷の薬物汚染により、渋谷が混乱する。貴方はそれを治験の隠れ蓑にしたいがため、別に派手に混乱する分にはどうでも良かった。さて、どっちを止めたかったかは真実はわかりませんが、多分純粋に混乱する方でしょう。貴方は暴れるターゲットに外国人を選んだ。まあ、日本人は外国人に威圧感を覚えますから」


大倉は皐の話に少し頭を抱えた。自分の仕掛けた「蓑(みの)」の方に警告していたと。誰が?

その思いに皐は読んだかの如く、更に話を続けた。


「そう、<誰が>が問題なんです。ついさっきまでの渋谷の騒動、貴方の仕業でしょうが、それを妨害した者がいる。それは貴方の目論見をだ」


そう<誰か>が私の目論見を邪魔していると大倉は考えた。


「・・・誰か検討が付いているのか?」


大倉の顔には笑顔が無かった。真顔で睨むように皐を見つめていた。皐は首を振った。


「残念ですが、そこまではわかりません。ただ・・・」


「ただ?」


「貴方の傍に居れば、それが分かると思います。目標は貴方なのですから」


大倉は顎に手を当てて、ふと宙を見るように考えながら皐たちに語った。


「・・・とすれば、私に恨みを抱くものだね。若しくは危機感を。しかも最近の話でないね。知っているならば前だ。そこからの因縁か・・・」


瑠美は大倉の発言を聞いて、声を上げた。


「今の話!告白と受け取っていいですか大倉さん!」


瑠美の声に大倉はびっくりして笑った。


「ハハハ・・・竜宮司さん。私がいつ何をやりましたと言いました?」


「へっ?」


瑠美は拍子抜けした。良子も実は録音していたが横に首を振っていた。


「(瑠美・・・だめだよ~。この人~過去の事を言っていても~、それに繋がる発言が何もないよ~)」


瑠美は良子のささやきにガクっと肩を落とした。その時、皐の携帯が鳴った。着信が御手洗からだった。皐は朗報と思い、電話に出た。


「皐です。御手洗さんどうでしたか?」


皐の期待した通りの話を御手洗は話してくれると信じていた。しかし結果は惨めだった。


「・・・何も出なかった。済まない・・・」


皐は愕然とした。その姿に大倉は悲しい顔をしていた。


「ああ、何も出なかったか。そうだろう。この者たちはキチンとした製薬会社の社員だ。ただ、マイクもアンディも仕事場が急な火事で焼失したことに動揺していたんだ。かくも私も彼らの母体から出資を受けていたから故に動揺していたに過ぎない」


皐は「なぜ・・・」と呟いていた。その呟きに大倉は囁いた。


「・・・勘かなぁ。渋谷の先ほどの混乱で何となくね・・・」


良子は渋谷の混乱している時の焼失前の治験場をビデオで見た。すると大倉と他多数の人が出入りしていた。その映像を皐に見せると、苦虫を潰したかのような顔をした。


「(ぐっ・・・。後手に回ったか、また・・・)」


その時、瑠美は周囲の怪しい気配に気が付いた。瑠美たち3人がいつの間にか外国人に遠くから包囲されていた。その周囲に人がいなかった。


マイクは瑠美たちに「すまない」と一言だけ言った。何がすまないなのかは状況ながら3人とも察した。大倉がその状況について話始めた。


「と、言うことでまあ要らぬ醜聞を撒かれても頂けない訳だから大人しくしてもらいましょうか?」


そう大倉が3人に告げると、無数の外国人たちが瑠美たちへの包囲網を狭めていった。

状況は2転した。その場に何とマリアが大倉の下へ駆け込んできた。


その姿に大倉たち、瑠美たちが驚いた。大倉がマリアに語り掛けた。


「マリア!どうやってここに!」


マリアは息を切らして、大倉の問いかけに答えた。


「ハアハア・・・ドウヤッテデスカ?フツウ二キタダケデスヨ。オシゴトオワッタノデ」


大倉はマリアへの問いかけの答えに不満だった。そんな質問をしている自分も変だったが。周囲の包囲網を普通の人が突破できる訳がない。そう伝えてあったのだが・・・。


大倉は再びマリアに尋ねた。


「マリア。お前みたいなか弱い女史が男性相手にして力づくで来たとでもいうのか?」


そんな質問も大倉は可笑しいと思ったが有り得ない状況下で有り得ない事を敢えて自然に聞いた。それが大倉も有り得ないマリアから一瞬凄く嫌な悪寒を感じ取った。

マリアは息を整えて、その問いに粛然と答えた。


「そうだ・・・この下衆が!」


マリアは自身の持つスマートフォンより瑠美たちが見たことのある光を放ち、大倉に向かって掌底を食らわせた。マリアより大きな巨体が<ピースブリッジ>の建物壁に目がけて吹っ飛んでいった。


「がはっ!」


大倉は壁に打ち付けられて気絶した。マリアは残りの2人を睨むと一目散に逃げたしていった。

マリアは再びスマートフォンを操作すると、包囲していた外国人たちが一斉に痺れた様子でその場に全員倒れ込んだ。


「・・・やっと、見つけたぞ。まさか大倉だとはな・・・」


マリアはとても流暢な日本語を話していた。その事に瑠美たちが驚愕していた。皐は全てを悟った。

そしてマリアに話し掛けた。


「マリアさん・・・貴方がチェーンメールの発信元ね」


マリアは皐を一瞥(いちべつ)してから肯定した。


「そうだ。全てはこの下衆を突きとめて復讐するためだ」


「復讐?」


瑠美がマリアの発言に疑問を呈すると、マリアが簡単に説明始めた。


「私の兄、両親が、3年前の渋谷に訪れた時に大倉の仕掛けた薬物中毒者たちに襲われ、私を逃がしす為に3人が犠牲になった・・・。榊さんが助けに来てくれた時、3人共命は助かったが皆植物状態程の怪我を負ってしまった・・・。その時から私の地獄が始まった・・・」


マリアは昔を思い出し、唇を噛んでいた。


「それから、渋谷で薬物等の防止活動をしていく最中、大倉と出会い、付随して榊さんの仕留めそこなったドラッグメーカーの存在を知った。渋谷で2度と悲劇を起こしてはならないと都市伝説を流布した」


マリアの話を聞いて、良子が不思議と思った。


「でも~、それだと~大倉さんが~何故今そいつだと~気が付けたの~?」


マリアは良子の質問に答えた。


「カメラで貴方達が囲まれていたのを見たから。疑惑はあったが、大倉たちと噂を調べていた貴方達、そしてそれを取り囲むようにいた薬物中毒外国人たち、十分だわ」


皐は腕を組んで、感想を述べた。


「成程。したらば、貴方が対抗者だな。そして、私たちにも警告してきた」


瑠美と良子は驚いたが、納得した。後は疑問を聞くだけだった。


「なんで私たちを襲うように仕向けたの?」


瑠美が少し怒り気味でマリアに話し掛けた。マリアはフッと笑い、答えた。


「貴方達にしても、あのサコにしても、渋谷が危険だから遠ざけたかった。痛い思いすれば、死なずに済むからな」


最早3人が知っているマリアの姿は微塵もなかった。物凄く強引な理不尽で利己的な理由に、3人共憤慨した。


「マリアさん!未然に防ぎたいからとは言え、一般人を巻き込んだ貴方も犯罪者だ!」


マリアは皐の指摘も一笑して退けた。


「フン、私の操るバグアプリはその辺の薬物中毒者になんか怪我もせず制圧できるわ」


「やはり・・・ここにもスマートコンプレックスか・・・」


皐が恨めしく呟いた。ウィザードのスマートコンプレックスが渋谷でも姿を現していた。元々、ウィザードの件にしても、東京の中でその手の噂が沢山存在していた。恐らくはウィザードが勤勉に様々な箇所へ種撒きしたためだろう。前回はたまたま学園だった。


すると、マリアは瑠美、皐、良子の鳩尾部に指でそっと触れた。すると、3人はその場に倒れ込んだ。

鳩尾に思いっきり打撃喰らった様な感覚に陥り、呼吸困難に陥った。


「すまないな。この男は始末しないといけないのでね」


マリアはそう言うと、大きな大倉は肩に抱えてその場を去っていった。

マリアの力が大倉を担ぎ上げられる程の理由は<レアリスト>に他ならなかった。


一番早く立ち上がれたのは皐だった。鳩尾部を片手で押さえて、息を切らしながら残りの2人を介抱した。


「・・・ハア・・・ハア・・・、不覚・・・」


瑠美も10分程経ってから、ようやく立ち会がることができた。良子は座ったままだったが、持ち直していた。


皐の視線が良子に走った。良子は息を切らしながらも軽く手を挙げた。震える手つきでタブレットを触り、1台を再び動作不良に陥っていた。


「・・・ハア・・・これで~・・・ハアハア・・・」


良子は最後の予備の1台を起動させて、自宅のサーバーと繋げた。すると、ある1つのIPアドレスを入手できた。


「・・・ハア・・・さっちゃ・・ん・・・マリアさん・・・ヒカリエだ・・・それも・・・エレベーター・・・使ってる・・・」


良子はタブレット1台を犠牲にして、マリアの制御していた監視カメラネットワークからマリアの足跡を辿り、マリアの張ったであろうセキュリティを相手に、ワザと返り打ちに合う形で相手方のネットワークにウィルスを侵入させ、マリアの持つネットワーク機器に関して所在等を明らかにしていた。


皐は良子ならばできるであろうと思い、良子もその期待に応えた。丁度その時、御手洗と飯倉が瑠美たちのいる場所へ駆けつけていた。


「どうしたんだ・・・一体・・・」


地面にへたばっていた3人を見て、驚いていた。御手洗が瑠美に肩をかした。飯倉も良子を抱え起こした。皐は自力で何とか立ち上がっていた。


皐が一部始終を話すと御手洗は顔を顰(しか)めた。


「追っていた相手がバグテロリストとはな。しかもスマートコンプレックスらしきものを所持か・・・。放ってはおけないな。瑠美、皐、良子、よくぞ探し当ててくれた。後は警察の仕事だ」


御手洗が応援を呼び、ヒカリエに部隊を派遣するから3人は休むようにと促すと3人とも断った。


「御手洗さん、私たちの案件です」


「そうだよ。さっちゃんもお良もここまで調査したんだよ」


「担任として~、桜明の~校風を~、尊重してくださ~い」


御手洗は3人の訴えに頭を掻いて、困った顔をした。飯倉はそんな3人と御手洗を見て少し笑った。


「いいじゃないですか先生?彼女らは功労者です。最後まで見届けたいと思うのは私も同じ立場ならね」


「・・・そうだな。よし!行くぞ、ヒカリエへ」


御手洗はそう告げると3人は頷き、呼吸を整えて、しっかりとした足取りでヒカリエに向かって行った。



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