第10話 あるNPOの悲劇

ある日の夕方、渋谷駅前の良く待ち合わせに使われる犬の銅像が有った。

飼い主が死んだことにも気づかずに9年間待ち続けたと言う忠犬と呼ばれていた。

ただ飼い主に会うことは現世ではなかった。


皆、良く待ち合わせに使っているが、違った見方をすれば、<ここでは会えない>。会えなくても特別問題がない、とも言える。


そう言うこともなく、普段から待ち合わせてしっかり会うことができるから、そんな心配はないのだが。


学校からの帰りに、瑠美たち3人は松本をその忠犬前で待ち合わせていたのだが、時間が過ぎてもやって来なかった。


「遅いね~。何かあったのかな~?」


良子は時計を見て、心配していた。瑠美、皐も同様だった。


「うむ。ボランティア活動もしている立派なひとと思っていたのにな」


「そうだね。いくらメール送っても帰ってこないし・・・」


3人は悩んでた。そこで皐が提案した。


「よし、私がNPO拠点の場所が分かるから先に行って聞いてみよう。瑠美とお良はここでしばらく待っていてくれ」


瑠美と良子は頷いた。そして皐は渋谷の人混みの中に消えていった。

瑠美は良子に待つ間、タブレットに何か新たな書き込みがないか尋ねた。


「ねえお良。あれから新しい情報はないかな?」


「う~ん。ちょっと待ってね~」


良子は検索を開始した。目新しい情報としては、先日の怪事件の噂がほとんどでそれ以外は渋谷のあるギャルサークルの話題だった。


「ギャルサークルなんてあるんだ」


瑠美は昔テレビの報道で目にしたことがあった。今も尚残っているとは知らなかった。

良子がその内容を調べた。


「ん~、昔のとは違って違う形になっているものだね~。ゆる~い感じのギャルもどきが~何か外国人を観光案内しているみたい・・・」


「観光案内?」


瑠美は良子のタブレットを覗き込んだ。すると良子はそのサークルのホームページを出していた。


「ふ~ん。<JK渋谷案内しま~す。only foreigner>ね~。なんか良いような、悪いような・・・」


良子も瑠美の言うことに同意した。


「そうだね~。良く言えば、ボランティア活動。悪く言えば、一時の秋葉原のような状況になる可能性あるね~」


瑠美は腕を組んで考えていた。このホームページの紹介にも流石に良いことしか書いておらず、そんな姿勢をメディアも若干前向きに宣伝もしている。渋谷のギャルも時流に感化され、世間から高評価を得るようになったなど持て囃し始めていた。


そして、肝心の掲示板に書かれていたのは否定的な見解だった。


<ただのイケメン目的>


<日本人では飽きた進化した女子高生>


<薬物も蔓延か!黒い女子高生と黒い巨人>


そんな類だった。こういう手のものは話題に上がるほど否定的な意見を書かれやすいのは一般的であった。


瑠美はこのサークル活動と先日の掲示板の噂を重ねてみて、一つの見解を出した。


「ねえ、お良。先日の噂にしろ、この活動にしろ、外国人が関わっているね」


良子もそこが引っかかっていたらしく、


「う~ん、そうだね~。しかし、なんで~その噂を囃し立てたのかな~」


と答えた。その理由も瑠美が一番の謎だった。


事件はまだ何も起きていないように思える。この掲示板の書き込みの謎は、


・メールが渋谷にいてはならないという危険を知らせる。


・危険回避には、自分の持つ他人のメールアドレスを返信する。


・危険については、周囲の男性、人種問わず襲ってくる。


この3点であった。瑠美は良子とその3点を話しながら考えることにした。


「ねえ、お良。質問していい?」


「うん~、どうぞ~」


「何故、<メールは渋谷にいてはならない>という内容なのかな?」


良子は少し考えてから答えた。


「それは~、渋谷に居て欲しくないんだよ~」


瑠美はそれを頭に留めた。そして次の質問に移った。


「じゃあ、<危険回避には、なんで他人のメールアドレスを教えるのかな?>」


「それはメリットとしては、<個人情報>の入手だよ、きっと」


「それを得ることによって何かあるの?」


「うん~、私みたいにハッキングが可能~♪」


瑠美はずっこけた。しかしながら<個人情報>の入手に付いてはメリットを感じた。


「じゃあ最後に、何でこの噂の顛末で周囲の男性が襲ってくる、しかも人種問わずになんだろうか?」


良子は深く考えた。瑠美は答えが出るまで待った。そして良子が面を上げた。


「う~ん。男性が危険、人種問わずは外国人を指している。保守派の抵抗かな~。比喩するところ、あんまりこのJK観光案内を良く思わない人たちからのメッセージにも思えるんだよね~」


「保守派ね~。まあ、文章を形どってまとめてみれば・・・渋谷に居て欲しくない受信者が他人のメールアドレスを送って、外国人は危険だよと拡散している・・・でいいのかな?」


瑠美の総括に良子は再び考え込んだ。外国人が危険。渋谷の外国人が危険。この渋谷で外国人を嫌うものがいる。しかし、NPOにしても、そのサークルにしても、歓迎的な考えだ。


良子は首を振った。


「いや、瑠美。余りにも情報が少なすぎる~。この渋谷は~、外国人歓迎ムードだよ~。その団体の情報を吟味して、そこから否定的なものを探すことをしよ~」


瑠美は良子の意見が正しいと思った。すると、遠くから皐が走ってきた。物凄い形相だ。

瑠美と良子は嫌な予感しかしなかった。


「瑠美!お良!大変だ。松本さんが・・・」


瑠美は息を切らした皐に声を掛けた。


「どうしたの、松本さん」


皐は息を整えて話始めた。


「松本さんが暴漢に襲われ、救急搬送されたらしい」


瑠美と良子は衝撃を受けた。皐は2人をNPO拠点へ急ぎ促した。


「彼女先にNPO拠点へ足を運んでいたらしい。私たちを紹介するために。その来る途中の出来事だったみたいだ」


瑠美と良子は2人顔を合わせて頷いた。


「わかった!さっちゃん案内して!」


瑠美が言うと、3人はNPO拠点へと走っていった。


渋谷センター街でも奥の方にあるNPO拠点「ピースブリッジ」

1階にテナントとして構えていた。中の作りは事務所のような作りで、特別窓口らしきものもなかった。


そこの代表の大倉(おおくら) 大輔(だいすけ)は数々のボランティア活動による功績で各企業へ顔を利かせていた。そのため資金繰りとしては潤沢な経営だった。


彼は海外経験もあって、色黒く焼けた健康的な筋肉質な体と180cm程ある長身でパーマヘアーと言う一見遊び人のような風体だった。


しかし、皐が話ししてみるには「全く外見とは掛け離れたしっかりとしたものの考え方を持っている」という感想だった。


その大倉が大きな体をして、椅子に座り落ち込んでいた。

傍に居た金髪で長い髪を後ろで束ねた若い女史マリア・ゴールドマンが心配そうに話し掛けていた。


「オオクラサン、元気出してクダサイ」


「ああ・・・有難う、マリア」


大倉はマリアの素晴らしくカタコトの言葉に答えていたものの、ショックを隠せない。

その場に3人が息を切らして訪れた。


「大倉さん、すみません・・・」


皐が大倉に呼びかけた。大倉は皐たちを見て、ゆっくり立ち上がった。


「やあ、よく来てくれたね。こんなはずではなかったのだが、まあ座ってください」


大倉はそう言って、3人を部屋の中の椅子へ案内した。大倉は傍に居たマリアにお茶を用意するように伝えた。


「ハイ、ワカリマシタ」


マリアは後ろの給湯室へ下がり、お茶の用意をした。

その間に大倉が松本に事態に付いて話始めた。


「松本くんが君たちを迎えに行くと言う話で出ていったんだ。その途中で見ず知らずの外国人に腕をへし折られたそうだ。すぐ傍に居た若者たちがそれを取り押さえたんだけど。その外国人の目が焦点があっていなかったらしい。一見、ドラッグをやっていそうだったという話だ」


瑠美、皐、良子は互いを見合わせ、瑠美が異常行動する外国人について、大倉に質問した。


「初めまして、私は竜宮司 瑠美と言います。単刀直入ですが、最近ドラッグとか流行していたんですか?」


大倉はその質問に首を振った。


「いや、もうそんな時代じゃないよ。渋谷は至って平和さ。日本人よりも外国人の方がそういう問題が敏感な方さ。日本人なんか合法ドラッグやら、まだ取りつかれたりしているしね」


次いで良子が質問した。


「初めまして~。白河 良子と申します~。最近掲示板でのチェーンメールの噂が有ったんですけど、これについてどう思います~」


大倉は良子が差し出したタブレットの内容を覗き込んだ。そして複雑そうな顔をした。


「ああ、コレね。実際こんな事件が起きてたらニュースになっているさ。誰かのイタズラだろ」


皐がその噂について、松本との関連性を話した。


「実はですね、この噂に似た話を松本さんが持って来たんです。松本さんはこの団体の中に同じようなメールが届いたそうで・・・」


大倉は腕を組んで考えた。何かを思い出しているようだったが、首を振った。


「だめだ。分からない。ただ、松本くんと同じ時間帯のシフトの子なら分かるよ。そんな大所帯でもないし、うちのチーム編成は3人編成なんだ。ちょっと待ってて」


そう言って大倉が後ろの事務所へ引っ込むと代わりにマリアが3人にお茶を差し出していった。

3人共お礼を言うと、カタコトで、


「イエー、ドウイタマシテ」


と答えた。それに瑠美がクスッと笑った。マリアは首を傾げた。

良子はマリアに興味を持ち、質問した。


「私、良子と言います。貴方の名前は?」


マリアは満面の笑みで良子に自己紹介をした。


「ワタシ、マリア・ゴールドマン、イイマス。イングランドからキマシタ」


良子は「イングランド~」とありがちな反応を見せた。

そこから皐は英語で話し始めた。


「失礼、聞きたいことをしっかり聞きたいと思うから、英語で話すがよろしいかな?」


マリアは流暢な英語に驚いたが、皐の真剣な眼差しにマリアも真顔になって頷いた。


「はい、何でしょうか?」


「貴方はこの渋谷にどれぐらいいるのかな?」


「確か、丸3年ですね。その頃と比べ、渋谷は落ち着いて良い街ですよ」


「その頃とは?」


「ええ、以前は若干無法地帯と呼べたでしょう。法の目を掻い潜り、違法なことが裏ではびこっていましたから。現在の代表が来る前の話ですね。このピースブリッジはそんな状況を危惧した人たちが作ったとも聞いています。非営利ですからね」


皐はお茶に一口付け、再びマリアに質問した、


「代表が来る前とは、代表がこの治安を回復させたわけじゃないわけですか」


「ええ、あるチームが渋谷を取りまとめたお蔭ですね」


「そのチームとは?」


「確か<百花繚乱>と言ったっけ。榊さんが頭の時・・・」


その言葉に瑠美と良子は驚愕した。瑠美がお茶をすすりながら答えた。


「榊さんが渋谷を仕切っていた。でも、今回関係があるのかな?」


その問いかけに良子も「う~ん。どうだろ~」と答えていた。

皐は今は情報が足りない事が弱点と感じていて、必要の良し悪しはそれから考えることにした。


「榊さんたちは何と戦っていたか覚えていますか?」


マリアは上を見上げて思い出していた。そしてゆっくり語り始めた。


「確か・・・ギャルサークルと外国人との間である薬物が蔓延していたんだよ。裏ではびこっていたことだから警察も捕まえることが難しかった。だから榊さんたちが秘密裏にそのチームを壊滅させたんだよ」


3人共その話を聞き、榊に少し情報を教えてもらう必要があると考えた。

皐はその薬物について、マリアに尋ねた。


「して、その薬物の効能はご存知かな?」


「う~ん。巷の噂だけだけど・・・快楽と自制の欠損、自分より弱いものを見ると襲いたくなる衝動かな?催眠療法のような薬物とも言われたよ。知っているのはそれぐらいかな」


マリアは両手を軽く上げて、再び笑みを浮かべた。

皐はとても良い情報を得たと思い、マリアにお礼を言った。


「有難うございました」


「イエー、ドウイタシマシテ」


今度は正しく言えたことに瑠美は再びクスッと笑った。

すると、大倉が事務所から戻ってきた。


「いや~、お待たせしたね。彼女たちだよ」


そう言うと、2人の写真を見せた。

1人目は20代くらいのボーイッシュな女性。


「彼女は真島(まじま) 静香(しずか)さん。結構面倒見が良くて、色々企画しては外国人たちに好評なんだ」


マリアもその意見に「ウン、ウン」と賛同していた。


2人目は茶髪のセミロングで松本と同じ年くらいに見えた。


「彼女は松本くんと同期にあたるかな。美倉(みくら) 咲子(さきこ)くん。彼女はあるサークルと掛け持ちでこの活動に参加しているんだ」


その大倉の話に3人共反応した。皐がそれについて問いかけた。


「大倉さん、そのサークルとは?」


「ああ、JK観光案内だ。一見ちょっと怪し気だが、至って健全だと思うぞ。目立つようにプラカードを掲げては外国人の老若男女問わず、キッチリと渋谷を案内しているんだ」


大倉も席について、マリアが入れたお茶を啜った。


「私たちなんかは治安維持やら困った外国人を助けたりなんかだが、彼女らは街の素晴らしさを伝え、自ら行動を持ってして発信している。私らもその姿勢にあやかりたい」


マリアはその意見にも「ウン、ウン」と賛同した。


3人は事務所の外に出て、大倉とマリアにお礼を言った。その2人に会える日を聞いてからその場を後にした。3人の姿が見えなくなると、大倉はため息を付いた。


「はあ~・・・、嫌な予感がするなあ~」


その科白にマリアがキョトンとし尋ねた。


「オオクラサン?ドウナサイマシタカシラ?」


大倉はハッとし、マリアに手をプラプラと振った。


「いやはや・・・気にしないでくれ。大したことではない」


そう言って大倉は頭を掻きながら事務所へ戻っていった。マリアは振り向いてあの3人が行った方角を見据えた。その顔は若干強張っていた。


陽も落ちて、辺りはネオンが煌々と点いていた。


センター街の人混みを嫌って、3人は109の方の通りから渋谷駅へ戻っていった。

その帰り道、皐は榊の下へ連絡した。3コールぐらい鳴ってから榊は電話に出た。


「・・・なんだ、皐か。珍しいな。何の用だ」


「先輩。渋谷を締めた時の事を聞きたいのですが・・・」


「渋谷の件か・・・あのドラッグを撲滅するのに、渋谷のチーム全てを灰に帰すしかなかった」


榊は電話口で淡々と話し始めた。

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