第6話 ある元総長の災厄

榊は「イルミナリティ」の事務所で従業員の給与計算をしていた。

月も半ばを過ぎ、25日付けで各従業員へ振り込むために必要な作業だった。


その合間も、自身のスマートフォンから瑠美の危険を知らせる緊急アラートがなり、GPSにて瑠美を見つけたが、既に御手洗が始末した後だった。


榊は御手洗が面倒を見てくれると思い、店に戻って仕事の続きにかかっていた。

それからは瑠美からのアラートはなく、安全に家に帰ったのだと思っていた。


御手洗を見ると、榊は2年前を思い出す。

それは現役で走っていた頃の話であった。

そして、それは所属していたチーム「百花繚乱」との別れの時でもあった。


きっかけはF市の災厄にあった。

当時センター試験も終えた榊は2次試験のため、家で勉学に励んでいた。

その時でも現役の最強総長だった。関東一円を牛耳っていたチームのイザコザはよくあった。


解決できるものは現場判断で、難しいものは親衛隊に、そしてそれ以上のものは自分が出ていかざる得ない。そんな時がたまにあった。


大事な時でも仲間を裏切らない榊の姿勢は、チームの中で絶大な信頼感を得ていた。

1月下旬に新潟のチームと事を構えていた群馬のチームとの仲裁に駆り出されることになった。


その仲立ちは上々の結果に終わり、一般道を取って返す道で、埼玉の県境にてF市のチームから救援の要請があった。それはメールでだった。内容はむしろ救援要請だった。


「・・・たすけて」


榊は戦慄した。そのメールの主は榊が信頼する親衛隊の一人である吉長(よしなが) 智子(ともこ)からのものであったからだ。彼女程肝が据わった女性はチームではいないと言うほどの榊の懐刀と言われる特攻隊長であった。


その吉長が救援を求めている。


チームの進路を急遽F市へ向けた。日が傾き始めた頃、榊たちはF市に到着した。

そこは既に街が機能していなかった。


市街地にいる人という人が横たわり、気絶していた。

榊が倒れている青年に近付き声を掛けた。


「おい!生きているのか!返事をしろ!」


しかし、その青年は虚ろな目をしたままで何も返す反応がなかった。

チームのメンバーもそれぞれ倒れているひとに声を掛けたが反応がなかった。


「一体・・・この街で何があったのでしょうか総長!」


親衛隊の田中(たなか) 千里(ちさと)が榊に不安な面持ちで聞いていた。

榊は唸っていた。この街全体が眠っているようだと感じた。


チームは再びバイクに跨り、市内を走った。するとふら付きながら歩く人を見つけた。


「あっ!人ですよ総長。あの人に聞いてみましょう」


そう言って、メンバーの一人がそのふらついた女性に近付いて聞いてみた。


「すみません。この街でなにが・・・!!」


その女性は鬼の形相として、そのメンバーに襲い掛かってきた。


「なっ・・・何を・・・ぐあっ・・・が・・・」


その女性はそのメンバーの首元を噛み切っていた。

噛み切られたメンバーは首から鮮血を吹き出しながら倒れた。


「なん・・・だと・・・」


榊はその女性の異常性に困惑した。田中は負傷したメンバーの下へ駆け寄った。

そしてその様子を見て、首を振った。


「ダメです。息をしておりません」


その言葉に榊は怒りを感じ、女性を取り押さえるようにメンバーに命じた。


「奴を捕まえろ!決して逃がすな。裁きを与える為に!」


メンバーはその命に従い、女性に飛びかかった。

女性は逃げることなく、逆にその攻撃に反撃してきていた。


すると、道の角からぞろぞろと同じような形相をした老若男女が湧いて出てきた。

そしてその者たちは榊たちに襲い掛かっていた。


ある者はメンバーを塀へ叩きつけ、ある者はメンバーを3メートル先へ投げ飛ばし、

榊の引き連れていた隊は壊滅寸前だった。


「このままでは・・・」


榊は倒れているメンバーを全て回収し撤退するよう田中に命じ、自分は殿と務めるといった。

田中はそれに反対した。


「無理です。あの戦闘力は只者じゃありません。総長一人では死んでしまいます!」


榊は田中に怒鳴った。


「バカを申せ!私がここで逃げては誰も付いて来ない。お前は全員を連れてこの場から逃げるんだ」


そう言っている矢先、1人の高校生が榊と田中の前に来ていた。

その目付き、顔付きは鬼のようであった。


榊は田中を後ろへ追いやりその高校生を撃退しようとした。

ほぼ動物のような直線的動きで榊は一歩で相手の懐に飛び込んだ。


「せいや!」


榊の両手による打撃でその高校生は後ろへ吹っ飛び気絶した。

再び榊がチームへ命じた。


「いいか!ここから逃げろ!殿は私が務める!」


その闘気は側近である田中は黙って頷き、牽制しながらF市から続々と撤収させていった。

榊は武人の境地に立ち、向かってくる狂人者たちを一人ずつ当て身をしては撃退していった。


100人ほどは相手にしただろうか、気絶し倒れているひとで通りが埋め尽くされていた。その中で榊だけは不動明王の如く立ち憚っていた。尚、無限に湧く狂人者らを相手にしていた。


「(流石にきついな・・・)」


その後幾人か撃退していた時、榊に隙が生まれた。意識ない故にふらっと横に現れた女子高校生に気が付かなかった。


「(やられる!)」


榊がそう思ったとき、ある白衣を着た男性がその女子高校生を片手で吹き飛ばした。


「ふう、やれやれ・・・なんでこんな所に族などいるんだ」


それは御手洗であった。傍に飯倉と他多数の大人が居た。

榊は御手洗を見て、そしてその科白を聞いて、この男がこの街での何かを知っていると確信した。


「おいお前。この街で何が起きているんだ」


御手洗は榊の凄む迫力に興味を持たなかった。内ポケットに入っていたタバコを取り出しては一服をした。その行為に榊が再び強く問い詰めた。


「おい!この街で・・・」


その時、榊を周囲とした空間に重い何かが降りかかった。

物理的なものでない。榊が見渡すと周りのひとたち、あの襲ってきたものや族のメンバー、そして御手洗以外の面々全てが頭を抱えていた。


「やはり、ここに居るのか・・・」


御手洗がそう呟くと、平然としている榊を見た。それに御手洗は少し驚いた。


「まさか、ここに来て<レアリスト>が居たとはな」


榊は御手洗の言葉を聞いて、不審に感じた。その言葉について御手洗に質問を投げかけていた。


「なんだその<レアリスト>とは?」


御手洗は榊の質問にざっくりと答えた。


「希少感応者だ。周囲がすべて原因不明の頭痛を訴えているにも関わらず、君はそれを感じない。つまり適応しているということだ」


榊は意味不明だった。すべて一から全部説明が欲しかったが、その余裕をある男が与えてくれなかった。

榊と御手洗と若干名を残し、全てが気絶し、しなかった者は目が虚ろとなっていた。襲ってきた者たちはぐったりながらもその場で動かずにいた。そして道の遠くの方から一人の男が歩いてきていた。


その男は全面黒ずくめでフルフェイスのヘルメットをしていた。

その男と御手洗、榊が互いに3メートりぐらいの距離で対峙していた。


その男はヘルメットを外すことなく話始めた。


「・・・良い収穫が得られた。偶然ながら感謝している」


御手洗はその反応に激怒していた。


「収穫だと!この惨劇を起こしておいて何を言うか!」


榊は御手洗の言葉を聞いて、そのヘルメットが元凶だと理解した。


「この状態をもたらしたのは私ではない。君たちが巻いた種のせいだ」


「私らだと・・・」


「そうだ。私がココを苗床にしていたのに、君らの実験がその開花を早めたのだ」


「S級テロリストが、何を言う!」


「フフフ・・・私のバグアプリを完成させたのは君らのアプリだ。私の技術は元より君たちのがベースだからな」


「何!」


「もうじき世界の終焉をもたらすことができる。この争いの絶えない世の中など、再生こそが最善」


「貴様ー!」


御手洗はスマートフォンを起動させて、自分に何かを付与し、電光石火の速さでその男へ走り込んでいた。その男の懐に入り込み、一撃を加えようとした。


「(仕留めた)」


そう御手洗が思ったとき、御手洗の全身から血飛沫が上がった。


「なん・・・だ・・・と・・・」


その場で御手洗が崩れ去るようにゆっくり倒れた。

男が不敵に笑った。


「・・・っ、お前如きのレアでは私は駆逐できんよ」


そう言って、榊の下へ歩み寄ってきた。

榊は臨戦態勢を整えようとしたが体が金縛りにあったようで動かない。


その様子に男が答えた。


「無理だ。私がこの場にいる限り動けるわけがない。しかし意識があるだけでも誉めてやろう美央」


そう言って、榊の傍を通り過ぎていった。榊は最初からその男の声に聞き覚えがあった。自分に話し掛けてきた時、その声の人物を思い出していた。


「なんで・・・貴方が・・・こんなことを・・・」


すると男は手を挙げて、指を1回鳴らした。

そこからは榊は何も覚えていない。次に気が付いたときは病院のベットの上だった。


目覚めると傍には田中がいた。


「良かった~。おい!総長が目を覚ましたぞ~」


その一声で榊のいる病室がレディースたちで埋め尽くされた。


田中が話すには、F市の街で倒れていた総長を他のメンバーが発見し、ここへ搬送されたということだった。


そして榊は田中やメンバーにF市で起きた事件のことを聞いた。しかし、皆口を揃えて、榊が予想だにしないことを話していた。


「あー、あの集落の一部での流行り病ってやつですね。いや~、あんまり広範囲に被害なくて良かったですよ。総長もそれに罹っていたらしくて初期での早期処置が功を奏したらしいですよ」


全然違う。アレは悲劇と呼べるぐらいの大事件だ。しかし、誰一人それを話すものがいなかった。

そして極めつけはメンバーで被害に遭い、殺害した子のことだった。


「誰ですか、そいつ?」


榊は愕然とした。わなわなと震えながらも、冷静さを取り戻す努力をした。そして自分が今成すべきことを考えていた。


「・・・これは・・・なんなんだ。・・・夢とは言わせない・・・私の記憶は鮮明だ。すると・・・」


すると、レディースの取り巻きを掻き分けて看護師が「すみません、榊さんを問診しますから皆さん一旦部屋の外にお願いします」と言って、皆大人しくぞろぞろと病室から出ていった。


それと入れ違いで白衣を着た先生が入ってきた。御手洗であった。御手洗の皮膚の至る所が裂傷のような跡があった。


御手洗は榊の傍に腰を下ろし、榊へ具合を確認した。


「どうだ。どこもおかしい所はないかい?」


その質問に大いに反論した。


「あるぞ。山ほどな!アレは現実だろ」


御手洗は一つため息を付いて、榊に話し掛けた。


「ああ、現実だ。しかし世間はただのパンデミックと言っている。F市の住人も皆そうだ。全ての記憶が操作されているのさ。私たちレア以外はな」


「そうか・・・あのジジイが全てやったのだな」


「そうだ。君はあの男をよく知っているようだな。我々としても君に協力を要請したいのだが・・・」


「無論。奴は私が止める」


榊は御手洗に真っすぐな眼差しで強い決意を示した。それを感じ取った御手洗は榊にこう伝えた。


「わかった。君が退院したら君に全てを教えよう。この事件がパンデミックという現象で明るみに出ただけでも奴は下手を打ったのだ。どこかに隙が生じてくると考えている。どうか我々に協力してくれ。事は国家機密だけどな」


御手洗は榊に握手を求めて、榊はそれに応じた。それから榊はチームから引退を表明した。


幼い頃、面倒を見てもらっていた優しいそのひとは、年を経るにつれ交流が無くなり、いつの間にかテロリストとなっていた。


昔のことは既に過去だ。今は自分のチームのメンバーを殺害した殺人鬼に過ぎない。

そんな親類を自分は止めなければならないと、そう榊は考えていた。


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