第2話 ある都市伝説のお話
瑠美は次の日頭痛を抱えながら学校へ登校した。
どこかぶつけた様な痛みだった。
また夢を見た。小学生の頃の記憶。
何故その頃の夢最近見るようになったかは謎だった。
舞台はまた伊勢神宮の五十鈴川。
目の前に女の子が倒れていた。
「あっ・・・」
瑠美は駆け寄ると、頭から血が噴き出していた。
その女の子は「大丈夫・・・」と一言・・・。
「頭は出血しやすいから」
「でも・・・」
「ここで待っているから誰か呼んできて・・・」
瑠美は不安そうに頷いた。
昨夜の夢はそこまでだった。
私立桜明学園高等学校。
文京区にある全国区での有名進学校。この女子高の制服は至ってシンプル。
セーラー服が若干カジュアル仕様な感じで清楚な方からギャルまで至って申し分なく何故か似合う造りだった。
昨夜、バイト先のソファーに何故か横たわっており、傍にいた同じ仕事仲間の吉長さんに「なんでソファーに横たわっているの」と質問したら、「ゴミ捨ててから戻りが遅いから見に行ったら、階段を踏み外して倒れていた瑠美ちゃんを見つけたのよ。ホント焦ったんだから」と凄く心配してくれていた。
瑠美は記憶が曖昧だったので昨夜はそんなドジをしたんだということで理解した。しかし、なんだかしっくりこない感じだった。
まああんまり分からないことを考えても仕方ないと思い、今日の授業のことについて考えることにした。
「1限が・・・げっ、数学!」
瑠美は数字が苦手だった。桜明に入るぐらいなので弱くはない。むしろ強いのだが、慣れないものは慣れない。ゴキブリが嫌いな人に好きになれと言われるぐらいの感覚だった。
ズンとテンション低めのまま2-Aの教室に入っていくと先に来ていた財部 皐が元気のない瑠美に声を掛けた。
「どうした瑠美。元気ないが。働きすぎか?」
「そんなんじゃないよ。仕事は好きだよ。だけど数学が~」
皐はクスクスに笑った。
「あのような学問、読めばわかるクイズだ。1年次に先生に言われたことが全てだったよ。四則演算さえわかれば後は国語だとね」
瑠美はふてくされて皐に反論した。
「さっちゃんはいいよ。頭がいいもん。私はそこまで器用じゃない」
そんな瑠美に皐が窘めた。
「いや、瑠美もこの桜明に入学できたのだ。私と一緒だよ。ただ頭の使い方をちょいっと工夫するだけでいいだけだよ」
「簡単に言うよね~。まっ努力してみるよ」
「ええ、そうするといいわ」
財部 皐は黒髪の綺麗な長髪で切れ目の日本美人。そして200年ほど続く古流武術財部流の師範代であり、財部家は東京でも名高い名家であった。
その息女の皐は幼い頃から英才教育を施されたが、皐が「普通の学校に通いたい」と言い出したのがきっかけで瑠美がいた公立へ入学した。
そう話しているときにもう一人の親友の白河 良子が登校し教室へ入って来た。それにも気づいた皐が良子へ声を掛けた。
「おはようお
「ふあ~・・・うん。昨日が納期だったから。高校生やりながらのフリーランスは堪えるわ~」
「まあ、無理だけはしないようにな。学生は勉学が本分だからね」
「へ~い。了解しやした~」
良子は天然パーマヘアーのミュージカルのアニーに出てきそうなうっすら茶髪の眼鏡の子であった。
両親ともにアメリカのmoogle社日本支部で勤務しており、その環境で育った良子は幼い頃からプログラミングにのめり込み日々明け暮れていた。そして、瑠美、皐の2人に「お良」と呼ばれていた。
おっとりしていて動じない物腰から瑠美に「昔の人みたいだね」という理由から瑠美が呼ぶようになりそれを皐も倣った。
そのため13歳で世界プログラミング大会に入賞するぐらいのプログラマーで、その成績が評価され様々な企業から仕事を依頼され請け負っていた。趣味の範囲で、そして学生の本分に障害のない程度でという条件の下だが。
瑠美も良子に挨拶で声を掛けた。良子は「もう眠い~」と言い、席に着いた途端スヤスヤと眠りについた。
この3人の出会いは小学校に遡る。
小学5年次に瑠美と皐が一緒のクラスになった。
瑠美は落ちこぼれていた。名前が「竜宮司」という特徴的なことからからかわれ、クラスの皆に「そんな大層な名前なのにそんな頭しかもっていないのかよ」や「自分の名前が全部漢字で書けないのお前だけだよ」といじめられていた。
確かに「竜宮司」ならともかく「瑠美」はちょっと難しい。家で何度も練習をしたが、いまいち上手くいかなかった。
当時の瑠美は自信を失っていた。当時より神童と呼ばれていた皐がそれを見かねて、からかっていた取り巻きに声を掛けた。
「お前ら、寄って集って何をほざいている。お前らでもできないことが多いだろう。現に私よりお前らの方ができないだろうが。目障りだ。目の前から早く散れ!」
その威圧感が瑠美をいじめていた取り巻きを一蹴させた。それ以来瑠美は虐められなくなり、瑠美はそのお礼を後日皐に伝えた。
「あの、財部さん・・・ありがとう」
瑠美が皐にそう話すと、皐は一目見て瑠美に言った。
「瑠美さんって呼んでいいかしら。もう少し自分を鍛えることが必要ね。良ければうちの道場に来なさい。貴方みたいひと見ているだけで耐えられない」
凄い侮蔑だった。瑠美はショックを受けた。と同時に自分の不甲斐なさを恥じた。
元々瑠美は素直な性格だった。自分に正直に生きることをモットーに生きてきたはずなのにいつの間にかいじめられている環境に嫌ながらも脱せない自分がいた。
自分は弱い・・・ならば自分を鍛えないと。
瑠美はそう思い、皐の誘いに乗った。
それからの瑠美は心身ともに鍛えられ小学6年のときには現在の性格と変わらない程まで成長を遂げた。
その6年次に転校生で良子が入学してきた。
良子は変わった子ということでクラスで浮いた状態になった。
その当時の良子はずーっと趣味のプログラミングの話しかしない。
そんな話が小学6年に通用するわけがなく、いじめのターゲットになりつつあった。
それを見た瑠美が今度は自分の出番だと思い、良子に話しかけた。
「ねえ、謎の転校生?私、瑠美っていうんだ。なんかよく分からない話するらしいじゃない。私聞いてみたいな」
良子はあまり話しかけて来ないクラスメートの中で唯一話しかけてきた瑠美を見て、不思議なひとだと思った。
「貴方が私の話を聞いてくれるの?」
「うん。聞く聞く!」
良子は会話のないクラス、学校が退屈過ぎてノイローゼ寸前だった。瑠美の誘いに乗り、堰を切ったかの如くプログラミングの話を始めた。
瑠美は全く分からなかったが、ただひたすら頷いて聞いていた。そして一つずつ質問していった。
それに対して良子も一つずつ丁寧に答えていった。
その姿を見たクラスメートたちはまた面白いいじめ対象が見つかったのに余計なことをしてと思い2人を睨んでいた。しかしそれを遥かに凌ぐ睨みを皐がそのクラスメートたちに浴びせた。
そのことでクラスメートらは萎縮した。その後自然の流れで3人は仲良くなり、そのまま同じ中学に入学し現在に至る。
1限目の数学にて数学担当で担任の大分(おおいた) 史郎(しろう)が当然の指摘から授業の口火を切った。
「・・・おい白河。寝るなら単位やらんぞ・・・」
厳かでそしてはっきりとした殺気のような視線が良子の神経をゾッとさせた。良子は勢いよく目覚めた。
「す・・・すみませ~ん」
すると大分はニコっとして「分かればよい」と言って授業を始めた。
担任の大分は30代半ば過ぎで教員生活が5年というちょっと浅い経歴だった。その理由は噂によるとアメリカ空軍の特殊部隊に在籍していたため、本学の教員採用試験に中途採用という形であった。
大分はアメリカ国籍である。なぜ桜明に教員としてやってきたかは桜明の生徒でも専らな話題であり謎であった。
軍隊仕込みのせいか、相当の修羅場を潜って来た経験なのか、普段優しいが怒るときは相手の心を折らすような威圧感を出す。このプレッシャーは普段鍛えている皐に言わせると「あれはちょっと化け物じみているな」と苦笑していた。
しかしながら、長身で均整の取れた体つきと甘いマスクはやはり女子高生の人気の的だった。
毎度バレンタインやクリスマスになるとプレゼントの嵐になる。
「では、今日はここから始めるぞ・・・ん、相澤は休みか?」
そう言って1限目が開始した。
・・・昼休み・・・
3人はいつも学校の食堂でランチを食べていた。
瑠美は食べることが大好きでランチの時間が学校で一番好きだった。
他の2人をよそにしていつも2人前を平らげる。
本日もミートソースを大盛りにしてペロッと平らげていた。
その姿に他の2人はいつも微笑ましく見ていた。
「瑠美は毎度のことながら良く食べるな」
皐が感心して言うと、「そりゃ体が資本だからね~」と言って返した。
ある程度落ち着くと良子がある話を持ち出した。
「う~ん、そう言えば、ここ最近変な噂を耳にするんだけどね」
瑠美はお茶を啜り、良子の話に反応した。
「どんな話なの、お良」
「うん、スマートフォン持ってるでしょう、みんな。そのスマートフォンのあるアプリが何か悪さするみたいなんだよね~」
「悪さをする?」
「そう。その症状が様々で、茫然と魂の抜け殻みたいになっちゃうひとも居れば、凶暴になるひと、挙句の果てには超常現象を起こす。まあ真偽はわからないけどね~」
皐は「フン」と鼻を鳴らした。
「お良よ。そのような眉唾話、ただの噂だろう。しかしながら貴方が持ち掛けてくるならば、それなりの裏付けがあってのことなんだろう」
良子は皐の問いかけに「ピンポ~ン」と人差し指立てて答えた。
「That's light.この記事を見て」
そう言うと、良子は傍に置いてあった自分のカバンからタブレットを取り出して、2人にあるニュースを見せた。
「埼玉県F市のある集落が全滅。この事件は有名でしょう」
2人ともコクリと頷いた。その事件は2年前に未知の集団感染により集落の住民が半数死亡した。国内の感染症疾病センターの調べでは、かのSARS並の威力ある病原体によるパンデミックだということだった。
幸い、その集落の隔離と病原体の治療と殲滅に成功したためそれ以上拡大することがなかった。
その症状が初期が心神喪失状態に陥って、重篤な場合高熱を発しもがき苦しむそうだった。
その罹患している間の栄養の採取が自身でできなく、点滴による治療だったが、暴れる場合はそれすら叶わず、栄養失調で衰弱死してしまう人が多くいた。
その後、良子は次のサイトを見せた。そのサイトは3人がよく暇つぶしのネタで使う情報サイトであった。
投稿数が半端なくあるため、真実やデマなど見分けがつかない。ただ、火のない所に煙は立たぬということで事件的なことで書き込みの多いものを拾い上げては「野外活動」という名目の一環で、露骨に言うと趣味で3人は普段より色々調査していた。
最近では近場の東京ドームで変なうめき声がするという多数の投稿があり、それについて3人が調べたところ、実は清掃のおじさんが内緒で野良猫を沢山飼っていたというオチだった。
3人はそれでも達成感があった。どう閉館した建物に侵入するか、スパイ染みた体験が非日常的で刺激的だった。以前は良識派だった皐さえその魅力に嵌っていた。
そのサイトの最近の書き込みで多いのが、様々な女子高生が都内であちらこちらと抜け殻になったという書き込みだった。そしてその傍にスマホが落ちていて、全てのスマホの画面があるアプリを起動したままだった。
2人がそのサイトに目を通すと、皐がそのアプリの名前らしきものの書き込みを見て口にしていた。
「・・・スマートリラックス?・・・どういうアプリなんだ?」
良子はその問いに答えた。
「う~ん。今は配信されていないらしいが、私の腕を持ってで調べた結果、総務省と携帯メイン3社の共同研究によって作り出された、スマートフォン対応のリラックスできる波長を出すアプリらしい~。インストールされれば~どんな~アクションでもスマホを使うことで~リラックス~(笑)」
「そんなアプリがあったの?」
瑠美も配信されていないアプリについて良子に訊ねた。
「でも~余り効果がなかったみたいでやめちゃったらしい~。こんなスマホが普及した現代の~忙しい人たちへ少しでも癒せることをと思って企画したらしいけどね~。そして~その書き込みの多くが抜け殻になった女子高生たちにそのアプリがインストールされていたの~。配信されていないはずのアプリが~。なんかきな臭くな~い?」
皐は乗り出して見ていた体を席に戻し、一息ついた。
「確かにな・・・きな臭い。私たちで解決できるものならば調べてみる価値はありそうだな」
瑠美も皐の意見に同意した。
「うん!これは臭う。まさに事件だー」
瑠美は好奇心が最高潮に達し身震いしていた。瑠美は食べ物と謎めいたことが大好物だった。
その2人の反応を見た良子はおっとりと微笑んだ。
「う~ん良かった~。それじゃあ今日から始めましょう~。とりあえずは~・・・最近、放課後に皇居周辺でランニングしていたうちの陸上部の女子生徒がいるらしい~。その中で1人その抜け殻になったという報告があったからそこから調査しましょ~」
「オッケー」
「了解だ」
2人は了承して席を立ちあがるとき、瑠美と良子の携帯にツブヤキが入った。
「ツブヤキ」はウェブ上で誰もが閲覧できるリアルタイム投稿ツールだった。
そのツブヤキの主はこの学園の校長だった。
「おっ、校長からだ」
瑠美が反応した。良子も届いていたので校長からのツブヤキを読んだ。
「え~なになに。夜は色々な誘惑があるとは思いますが、節度と常識を持ってこの学園生に相応しい行動をしましょう・・・ねえ~」
この桜明の学園長は黒林さんという。従来の校長とは変わって、全体の集会をなるべく排除した。その代りスマートフォンを持っている生徒にはこのようにツブヤキにて学園長の一言という形でその分語り掛けていた。
黒林校長曰く、
「うちの生徒は優秀なので、私のようなものがそんな長い話をしても無駄でしょう。ならば必要なことを定期的に伝えるという形でせっかく普及している文明の利器を使わない理由はない。彼女らを集める時間について、彼女らは青春なり勉学なり睡眠なり、もっと大事な時間に利用すべきだ」
ということだった。その意見は多くの学園生に受け入れられた。
良子は早起きが苦手な分、朝礼がないことを歓迎した。
「う~ん。物わかりの良い校長って素晴らしいねえ~」
そんな温い良子を皐は窘めた。
「お良はそんなんだから、毎度大分先生に注意されるんだぞ」
「へ~い。わかってやす」
その2人のやり取りに瑠美は笑い、3人仲良く午後の授業に戻っていった。
* 夕方 職員室
瑠美たちの担当の大分がパソコンを前に仕事をしていた。その傍に化学教師の篠原(しのはら) 早苗(さなえ)が近づいてきた。白衣に溢れんばかりの胸を強調したワンピース姿だった。
「あ~ら大分先生。まだお仕事なの?」
大分は横目で見ては再びパソコンに戻った。そこに教頭の小石川(こいしかわ)が近づいてきた。
眼鏡で痩せたカツラバレバレなおじさんだった。それは学園全てが知る所で知らないのは本人だけだった。
「篠原先生、大分先生の邪魔しちゃならないよ」
そう言われた篠原は少しムッとした。
「あ~ら教頭センセ。今日なんか髪が乱れておりませんか?」
すると教頭は慌てて頭をいじっていた。それを見た篠原は気が晴れたか鼻歌交じりで職員室を出ていった。職員室には大分と教頭の2人きりとなった。
教頭は平静を取り戻し、眼鏡に手をやって大分へ声を掛けた。
「では、私も帰りますよ。大分先生余り根詰めない様に」
大分は教頭に目をやっては篠原と同じ様にパソコンへ視線を戻した。
教頭も職員室から出ていった。
大分はスマホを取り出し、あるアプリを起動させた。
「この街に・・・いる」
そう独り言をつぶやいていた。
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