第弐絵巻

「要らねぇ、って…言って……」

「まァまァ其処までいきりたつなィ…手当てしなきゃあ話すモンも話せねェだろう?」

「………………ッ…痛って……」

「ホラホラ言わんこっちゃねェ…傷に障るから動くなヨ?」

ハスキーヴォイスこと枯鴉響鬼かれがらすひびきが紫呉の手当てをしながら呆れたように言う。

「信用、出来る、か……ッ……」

「なァにを其処まで怖がるかねェ……まァアレ・・を見たなら当たり前の反応だけどナ」

「……ッ…………俺なんかを、拾って…どうする、つもりだ……ッ?」

「ン? 別にどうもしやしねェよ面倒臭ェ…………ホイ、終わり」

あれから少し時間が経った。本当ならばこんな所に居たくなかったのだが、ハスキーヴォイスの元から逃げようとして、家の柵を飛び越えたら其処は切り立った崖で少しでも脚を踏み出せば真っ逆さまに、落ちるのは目に見えていた。

ー…………嗚呼此処は『そういう所▪▪▪▪▪』なんだ……

と、自分でも驚く程あっさりとその事実は紫呉の中に収まった。

「解ったろ、此処は『そういう所』なんだヨ」

俺の後ろで▪▪▪枯鴉響鬼ハスキーヴォイスは言った。

そして……

「ま、此処に落ちてきたのもなんかの縁だ。少しだけ楽しんでみたらどうだィ?」

とクリッとイタズラっぽく口角を上げて俺を見た。

「…………楽しむ……?」

「そうそう。ま、帰るならそう長い間居られねぇけどナ……」

「…………時の、流れが違うのか? やっぱり……」

「ご名答〜……コッチで過ごした一日が向こうじゃあ、半年は進んでる」

「…………」

「だからこれ以上傷付く必要はねぇんだヨ?」

ニッと悪戯っぽく笑って俺の頭をグシャグシャッと撫でた。

それはまるで、道端に捨てられていた子猫を愛でるのにも似た仕草だった。

「アンタは何で……」

「ン?」

「アンタはなんで、こんな事をするんだ?」

「…………愉しいンだよ、ヒトの成長する瞬間に立ち会えるのは。何奴どいつ此奴こいつも成長する瞬間は輝いてる。ソレを見るのが俺ァ好きなのヨ」

「……………………人の、成長……」

「そうさな〜……お前も好きに過ごしてみたらどうだい? 折角『枷』が無いんだからヨ」

──好きにする……?

「此処は時間軸も人も何もかもがお前の居た場所とは違う……」

「あ……やっぱり?」

ハスキーヴォイスは煙管を吹かせながらチラリと俺を横目で見て言った。

「好きで落ちてきた訳じゃあ無いだろうが、今は自由なんだ。お前が苦労して相手してきたヤツはもう変わってるんだ」


『だから自分をそう責めるなィ?』と響鬼は煙管の煙をふぅ〜っと吐き出しながら、目で言った。

紫呉には理解し難い事だった。何時も何時も管理される生活の中育った故か、あまりこういう……自分の意思を尊重して良いと言われた事が無かった。

以前まえは……そう言われていたら、むしゃくしゃしてその場にあったモノを、無意味に破壊したりしていた。

けれど……けれど、響鬼に言われるのは何故か腹が立たない。何故、だろう……?


「意味が何処かで理解出来てんじゃねぇの? それか若しくは──……」

「………………俺の、意思なんて……」

「…………って?」

「あぁ……」

「そりゃあなぁ? お前も少なからずんだろうな、その状態に」

「あまんじる……」

「……ま、ここに居る間好きなだけ思考するサ、知識の詰まった本も、思考まとめる紙も筆も、揃ってる」

「……それもそうだな」


熾呉の言葉を聞いてニッと響鬼が笑う。


「そいじゃあまァ……飯でも食いねェ?」

「飯? ……ッ!」


響鬼が『飯』と言った途端、腹がグゥッと鳴り、真っ赤になる。

いわゆる『身体は正直』ってヤツだ。その言葉を実際に体験した熾呉である。


「身体は正直だなァ?」

「う、う、うっさい!」

「ははは、ほらほら早く食いねェ? 冷めちまうぜ?」


辺りに美味しそうに焼けた秋刀魚の匂いと、味噌汁の匂い、他にも美味しそうな匂いが立ち込める。


「な、美味そうだろ」

「……実際美味いだろ」

「お、そこは素直なんだな」

「…………いただきます」


響鬼の言葉を軽く無視して、料理を口に運ぶ。

藍色の蒼空には龍なのか、天女なのか分からないモノが泳いでいった。





──此処は、俺が住んでいた世界じゃない、魔戸大江戸──

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或る日俺が落ちたのは妖だらけの魔戸でしたァァァァッ!?何コレ俺はどうなるの!? 幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕 @Kokurei

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