第4話カオステラー
村人達を救おうとヴィランの群れへと突っ込んでいった僕らは、苦戦を覚悟で特攻したつもりだった。
が、レイナの存在は思いの外大きく、守りの戦いという少数では不利な状況下でありながら、僕等の士気は高く、前回よりもスムーズにヴィランを殲滅することに成功した。
そして、実際ヴィランを倒していくところを見た村人達は最初の態度が嘘のようにレイナに畏まるようになり、知っていることは何でも話す、とやけに素直になった。
まぁ、やけにレイナに畏まっていたせいで、レイナが調子に乗り、
「最初の態度は能ある鷹はなんたらで、仕方ないかもしれないわ!でも、次からは名探偵と呼んでいいわよ!」
「えっ、そんなに迷うんですか!?」
などと村人の1人が素直になってしまったせいで、少し時間が取られてしまったが、これまでは順調でありこれからも、概ねスムーズにいくはずだった。
しかし、それは楽観的願いでしか無かったと、すぐに僕達は気付くことになった。
「すいません…、何のことを言っているのか分からないです……」
初老の、僕達が村に行った時にいた初老の男のこの台詞はもう既に幾度となく繰り返されているものだった。
つまり僕達と、村人達の間では、明らかな食い違いが起こっていた。
そのことに僕とレイナは、焦り、シェインは頭をひねる。
この状況で、有効な行動を起こせるものはいなかった。ただ、
ーーー苛立ちを隠そうともせず、村人に詰め寄っていたタオを除いて。
「おい!何もかも話すんじゃ無かったのか?」
止める間もなく、そうタオは低い声で凄んだ。
突然の行動に村人だけでなく僕らも驚くが、タオの激怒は決して突然ことでも、理解しがたいものでも無かった。
村人を救うということはタオにとっては僕達の想像以上に鬱憤のたまるものだったのだろう。
そして先程から溜まりに溜まった鬱憤が、村人達の態度、はぐらかしているようにも見える、を見て爆発したに違いない、
「そんなこと言われたって!」
だが、鬱憤が溜まっていたのはタオだけでは無かった。
村人の1人の青年が、タオへと食ってかかった。
「こっちだって、あの化け物に追われて逃げてきただけなのに、何でそんなに責められないといけねえんだよ!」
「はっ?」
青年の言葉、それはレイナの推測では村人は取り得ないはずの行動をしていたということを示していた。
それに、タオとシェインは首をひねる。
青年もその反応は予想外だったのか、気勢を削がれ目を丸くしている。
だが、
ーーー僕とレイナだけは、そのことが意味する可能性に気づいていた。
頭によぎるのは最悪の予感。
急に背中に汗が滲んで来るような感覚に身体を震わせる。
だが、すぐにその可能性を頭の中から消そうとする。
そんなことがあるはず無いのだから。
いや、あってはいけない。絶対に。
だって、マッチ売りの少女は被害者で、あんなに優しい少女なのだから。
「仲間の失礼に関しては謝ります。だけど、込み入っているので、答えてほしいことが、あります」
だから僕は、それを否定するだけの根拠を求めて、タオの態度の急変に怯えている初老の男性に声をかけた。
「この想区からヴィランが来る前に抜け出した人の詳細を教えて下さい!」
初老の男は僕の必死な様子に、驚いて、敬語を忘れつつも、律儀に答えてくれた。
「姿が見えないのは、俺の娘である、
ーーーマッチ売りの少女、と呼ばれる子供だけだが」
「っ!」
そしてその返答こそが、僕の最悪の予想の動かぬ予想となった。
そして、そう気づいた時には、僕はいつの間にか走り出していた。
「エクス!?」
僕と同じようにその言葉にショックを受け、出遅れたレイナの叫び声を後ろに残し、僕は洞窟の奥へと走る。
頭の中にあるのは希望、いや、現実逃避のを成り立たせようとする言葉。
そんなことあり得ない。
レイナの推測はあっている。
ただ、少し不安になっているだけだ。
しかしそんな言葉はなんの意味もない。
だったら、
何故走る?
何故走る?
何故焦る?
何故断言出来ない?
直ぐに矛盾を幾つもの矛盾が僕を襲う。
「っ!いや、違う。そんなことがある筈が、あって良いはずが、」
それでも僕は必死に否定しながら走る。
だが、そんな現実逃避がこの場に及んでも通用する訳があるはず、無かった。
「マッチ、売り?」
そこ、マッチ売りの少女が寝ていたはずの場所にいたのは、
ーーーこの想区を騒がせるヴィランの親玉、カオステラーだった。
「お兄ちゃん、来ちゃったんだね…」
そして、カオステラーの発した言葉は
マッチ売りの少女、その声だった。
「な、んで、」
あまりにかすれた声。
頭がちゃんと働かない。
現実を見つめることが出来ない。
けれど、僕は、今の状況をはっきりと認識していた。
簡単なことだ。レイナの推測が外れた、それだけだ。
村人達がマッチ売りの少女をいじめたのはストリーテラーに、自身の物語に従ったから。そしてマッチ売りの少女はその扱いに、今となってはなんといったかわからないが、父親の言葉をきっかけとしてカオステラーになった。
村人が入っていた問題とは、ヴィランのことなんかではなく、マッチ売りの少女が失踪したということなんだろう。
だが、そこまで分かっだとしても、感情が、彼女を思う心が、彼女のあの微笑みを思い描く頭が、納得出来るはずが、ない。
「マッチ売り、なのか」
「マッチ売り、さん?」
そしてそれは、あとから来たタオとシェインも同じだった。
自分達が信じていたはずのものが、全て覆される絶望感。
僕はただ理解できずに棒立ちになり、タオは唖然として、シェインはへたり込む。
なのに、
「カオステラーを調律するわよ!」
レイナだけ下を向くことは無かった。
幾ら抑えきれずに顔が歪んでいても、決して諦めようとしない。
それはとても眩しくて、
ーーー僕等が、ついていけるはずが無かった。
もう、無理だと、行けないと、しんどいと、身体は、頭は、心は叫ぶ。
そうだ。
もう無理なんだよ。
なのに、何故、
レイナは、僕らを信頼したように、背中を向けて振り向こうとしない?
れいなだって、いや、レイナの方が苦しんでいるはずなのに。
僕は知っている。
レイナは責任感が強く、その所為で自分を責めてしまうことを。
なのに、何で?
「まだ、私達にはできることがある。マッチ売りの為に、
私達の友達のために!」
「っ!」
レイナは背中を見せたまま、そう一息に言い切った。
その背中には僕達への信頼が、マッチ売りの少女への思いが浮かんでいて、
ーーーそれに気づいた時、僕等は立ち上がっていた。
レイナは、気配でそのことが分かったのか、横顔から覗く口元に笑みを貼り付けていた。
そして彼女は、顔を引き締め、
「マッチ売りを調律して、
ーーー彼女に幸せになってもらうために!」
叫んだ。
それに対する言葉は要らなかった。
僕達は、カオステラーとの距離を詰めていく。
ゆっくりと、それでも確実に。
ただ一つ、
マッチ売りの少女の願いを、彼女の幸せを願いながら。
「私は、お姉ちゃん達と戦いたくない!」
カオステラーが、何かを訴えていることに気づきながら、僕らは足を止めることはなかった。
何故なら、僕らには決意があったから。
マッチ売りの少女を絶対に救うと、そう決めていたから。
だから、
ーーー僕らはそれが現実逃避であることに気付かない。
「なんで、こんなことになるの!?私は、私はただ幸福を、感じてみたい、それだけなのに」
そんなものはなんの意味もないと、あれだけ思い知らされながら、それでも懲りずに僕たちはすがる。
そしてそれを押し付けて、本物の幸福だと笑いながら、進む。
自分に、状況に酔わず、冷静に考えていれば、証拠はあちらこちらに落ちていたのに、僕らはそれに見むきすらしない。
マッチ売りの少女が、あんなに強い子がなぜ逃げなければならなかったか、それに対する答えはもう既に出ていたのに、僕らはそれを見ようともしない。
だから、その歪みが出るときは、
「死んでしまうその前に!!」
致命的になるのは、当たり前だった。
「っ!」
その時僕はやっと気づく。
マッチ売りの少女がカオステラーとなった時点で、もうこれより最悪な事態になるはずがないと、彼女を救うと自分に酔っていた頭がやっと回り始めていく。
状況は、簡単だ。
つまり、レイナの推測、それは全てが外れたわけでは無かった。
つまり、
ーーーマッチ売りの少女が死ぬという最悪の予想だけが、外れずに残っていた。
そのことを理解した時、現実逃避のツケが払われた時、もう、僕らに動く力など残っているはずがなかった。
マッチ売りの少女が、洞窟の上部にあった隙間から洞窟を脱するのが見える。
しかし僕等は、レイナでさえ、それを止めようとすら出来るはずが、無かった。
そこでやっと僕は今まで、自分が何をしていたか悟って、自嘲の笑みを漏らす。
僕達がやっていたのは、唯足を前に踏み出そうと振り上げて、そして全く同じ場所に踏み落としているだけ。
そう、その行為は永久に前に進むことのない、唯の足踏だ。
ようやく僕らが我を取り戻したのは、マッチ売りの少女が洞窟から出て行った直後、マッチ売りの少女の父親と、数人の村人達が洞窟へと入ってきた時、マッチ売りの父親の言葉を聞いた時だった。
「ああ、あの子があの怪物だったのか」
なんの感情も感じられない一言に、タオはその初老の男性の胸倉を掴み上げた。
「テメェ!」
その男は、あれだけヴィランに怯え、怒鳴ったタオに怯えていたのに、何故が今は全く表情を変えていなかった。
そして、
「仕方ないさ。あの子はこのクソみたいな想区の主人公で、死ぬ運命にある、悲劇のヒロインなのだから」
何のことでもないようにそう、告げた。
ぱんっと乾いた音がして、男は崩れ落ちた。
そこで僕らはやっとタオが殴ったとこに気づくが、それを攻めようとは思わなかった。
何故なら、僕らも同じ気持ちだったから。
そして、殴られた男でさえ、文句を言おうとしなかった。
それを意外に思って、男のかおを見つめた僕は、マッチ売りの少女の父親が、実は見かけほど老けてはおらず、顔に深く刻まれた皺のせいでそう見えるだけだと気づいた。
「殴られたか…、確かにここで殴るということは正しいことなんだろう」
男の目には深い哀切の色が、浮かんでいた。
「だけども、この想区、隣の人が、次の日死んでいることが当たり前のここでは、そんなものはなんの意味も成さないんだよ…」
「っ!」
その瞬間、僕達は周りの村人たちも目の前の男も決してマッチ売りの少女の死を望んでいなかったことに
ようやく、気づいた。
「マッチ売りの少女は、あの娘は、どうしようもないこの想区の心の毛布となるために生まれてきた。
ーーー人は、自分より不幸何者かを知らないと進むことができない時があるのだから」
そこでようやくこの場所のストリーを僕は悟った。
つまり彼女は、村人に虐められて殺され、
そして、
彼女よりはマシだからと人々が生きる上での絶望を知らしめるために生まれてきたのだと。
「なっ!」
言葉にならない僕の声は、決して目の前の男には届かなかった。
男は悲しげに笑った。
「だが、これはただの言い訳だ。最初あの娘が主人公だと知った時俺はそのストリーに抗うと決めていたのに、そんなことできるはずがなくただの夢物語で終わった。それでもと、あの娘がせめて幸せでいて欲しいと願い、あの娘だけにはどれだけ村の者が飢えても食事をおもちゃを服を買い与えていた。
ーーー唯、一緒に笑ってくれるだけでいいと言ったあの娘の言葉を気を遣ったと決めつけて。
そして、かみさんが亡くなる夜、俺はあの娘に謝った。そしたら、あの娘はなんて言ったと思う?」
男の目から涙が、溢れた。
「今までと変わらないから、大丈夫と、俺は言われた」
沈黙が、その場を支配した。
今なら、僕達と一緒にいる事をあんなに楽しそうにしていたマッチ売りの少女を知っているから僕達には、彼女が求めていたのは、村人との、家族との笑いあえる時間を本当に求めていたと知っていた。
そして、マッチ売りの少女の父親も、もう遅くても気づいていた
「俺は唯、あの娘を幸せにとぬかしながら、後悔をなすりつけていただけだ。笑ってくれ。こんな喜劇は、馬鹿は、俺、だけだ」
そう言って男は泣きながら、虚ろな笑い声をあげる。
しかし、それは直ぐに嗚咽に変わって、慟哭へと変わった。
「…………」
僕らに出来ることがある筈が無かった。
「行きましょう」
それでもレイナは前を向き、覚悟を決めて立ち上がる。
「マッチ売りの少女をを殺すことなんて、出来るはずがない……」
だけど、僕にはもう無理だった。
思い浮かぶのは彼女の笑顔。
彼女を殺すことは僕には決断できなかった。
「それでも、この想区、村人達を救う為には彼女を調律しないといけない」
「殺すことになるとしても!?」
レイナは、それに顔を歪める。
レイナは涙を流していた。
それを見て、僕の胸に鋭い痛みが走る。
分かっている。僕が間違っていることぐらい。
しかし、時間が、覚悟をきめる時間が僕には必要だった。
「お、おい!大丈夫か!」
「グゥギャァァァッ!」
しかし、
村人がヴィランへと変化していく。
マッチ売りの少女の笑顔を頭が頭に浮かび、その光景が目に入って
「うああぁぁぁぁ!」
どうしようもないこの感情を雄叫びにして叫びながら、足を踏み出した。
マッチ売りの少女を殺す為の一歩を。
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