第3話少女の願い
苦戦の末に何とかヴィランを倒し終えた後、日は既に西に傾いていた。
そして昼の暖かさが嘘のような冷気の中、僕達は白い息を吐きながら洞窟へと走っていた。
頭によぎるのはマッチ売りの少女の、あの過度にヴィランにおびえた様子。
正直な所、マッチ売りの少女にはレイナが付いているので、レイナ抜きであのヴィランの大軍と戦い大きな怪我を負っていない今、向こうのことを心配するのは少し過保護であるのかもしれない。
だが、だからと言ってあの尋常でないマッチ売りの少女のヴィランへの恐怖を無視できるはずが無かった。
タオも、シェインも、考えは同じようで、僕達は無言で足を速める。
そして、やっと洞窟の入り口が見える所までやって来た。
「レイナ!大丈夫?」
2人を置いて駆け出し、感情のまま乱暴に中に入っていく。
「へっ?」
しかし、驚きの声を上げたのは僕の方だった。
何故なら、レイナの上着を着た小さな影が飛びかかってきたからだ。
「あっ!こらっ!」
思いがけないことに思考が停止し、間抜けな声を出して固まってしまったが、後から出てきたレイナの姿に落ち着きを取り戻す。
それから、よく見てみれば、小さな影はマッチ売りの少女だった。
そう言えば、確かにこれだけ寒ければマッチ売りの少女の服だけでは、洞窟の中で火にあたっていたとしても間違いなく寒い。
それに気付いたレイナが、彼女に上着を貸したのだろう。
「ほら、起きてすぐ暴れない!」
僕がそんなことを考える中、マッチ売りの少女を何処か焦ったようなレイナが引き剝がそうとする。
しかし、そのタイミングでなんとも運が悪いことに、タオとシェインが中へと入ってきた。
2人は状況を見て安堵したように笑う。
そして、ホッとしたような顔の後、次に浮かんだのは悪戯げな、極めて楽しそうなニタリという笑いだった。
「おっ、お嬢修羅場か?」
「マッチ売りさんもやりますね」
直ぐにからかわれたレイナとマッチ売りが顔を真っ赤にする。
しかし、毎度のごとくからかわれているレイナだけは流石に慣れたのか、タオとシェインをキッとにらんだ。
「ば、ば、ば、馬鹿!な、な、な、何言っってるの!」
いや、全く慣れてなかった。
いつになれば、からかわれていると気づくんだろうか……。
レイナは誤魔化そうとしたのか、かおを赤くしたままタオとシェインの方へと歩いていき、
「あっ、」
そして、僕たちの身体に刻まれた切り傷などの怪我を見て止まった。
僕達の傷は軽傷で、彼女が思いつめる程のものではない。
しかし、僕はレイナの悔やむような顔を見て気づく。僕達がマッチ売りの少女とレイナを心配していたように、レイナ達も、僕達のことを心配していたことに。
しかも、幾らマッチ売りの少女をそのままにしておけなかったからとはいえ、最終的にレイナたちの下に危険は無かった。
それも相まって、責任感の強いレイナは、より一層思いつめてしまうだろう。
「レイナ、」
そこまで分かった時、いつの間にか僕の口は開いて言葉を発していた。
そのことにレイナだけでなく、僕も驚く。
何故なら、僕には何か言葉にするつもりなど全く無かったはずだったから。
しかし、もう僕には口を閉じ向きは無かった。
レイナのその思いに救われてきたことを知っている僕が、彼女がそのまま悔やんでほしくなかったから。
「本当に……いつもはポンコツなくせに何でこんな時は余計なものまで背追い込もうとするのかなぁ」
僕の言葉を聞いてレイナはバツの悪そうに顔を下に向ける。
しかし気にせず、僕は言葉を重ねる。
「確かにレイナの慎重なところは美点だけど、別に、落ち込んで欲しいわけじゃない」
レイナは益々顔を下に向ける。
「本当に…」
レイナを見て僕は苦笑する。
「僕達が、どれだけ救われていると思ってるのか少しぐらい悟ってくれたっていのに」
僕の優しい声が耳に入った瞬間、レイナは驚いたように顔を跳ね上げた。
「僕は、レイナがいてくれるだけで力が湧いてくるんだから」
それは、僕の、いや僕たちの本心だった。
レイナは、怪我で動けなくなっていたとしても僕達の心の支えで、それを知っている僕らは彼女に落ち込んで欲しいはずがある筈無い。
もう少し彼女に、自身が僕達にどんな影響を及ぼしているか、理解して欲しいと思いながら、僕はくはレイナに笑いかけた。
しかし、その時だった。
彼女の様子がおかしいことに僕がやっと、気づいたのは。
レイナの顔は真っ赤に染まっていた。
それを見て僕は焦る。
「あっ、えっと、レイナ。これは次頑張って欲しいって意味で……」
僕はそう誤解を解こうとするが、それはタオとシェインの言葉に遮られる。
「ヒューヒュー。良かったな、お嬢!」
「新人さんも中々たらしですね」
タオとシェインは面白そうに冷やかしてきたからだ。
しかし、僕の目には彼等の手が武器へと伸びるのがちゃんと見えていた。
これはあれだ。冷やかすだけ、冷やかすけど、レイナがムキになって面倒になったら、武器の整理を理由に僕に全部押し付けて逃げる気だ。
そのことに気づいた僕は、レイナに落ち着いてくれと願いを込める。
「お姉ちゃん、良かったね!」
しかし、それはマッチ売りの少女という思わぬ伏兵により、危機的状態に陥ったかに見えた、が、
「な、な、な、なんの、こ、こ、こと?」
レイナは顔を青くして、何時ものようにムキならず変な誤魔化し方をした所為で、生暖かい空気が流れた。
「え?、あっ、ごめんなさい……」
レイナの顔は真っ赤になり、マッチ売りの少女は申し訳なさそうに、タオとシェインは面白そうにニタリと笑う。
そんな妙な空間は、身の危険を感じたらしいレイナの鶴の一声によって終了した。
「もう、早くご飯を食べるわよ!」
そう言って、レイナは洞窟の奥へと入って行ってしまい、僕以外全員が、何事もなかったかのようについて行ってしまう。
「マッチ売りの少女、何言おうとしたんだろう?」
状況について行けず、ただ1人ポツンと残った僕の問いに答えるものは誰もいなかった。
食事が終わった後、僕達は洞窟の外へと集まっていた。
マッチ売りの少女が思ったより早く寝てしまったせいか、まだ外では日が沈んでいなかった。
しかし、身を切るような冷気が周りを取り巻いている。
そしてその冷気の中、僕達はピリピリとした緊張感の中に包まれていた。
そのき緊張感は、マッチ売りの少女との食事の時では考えられない、いや、その食事があったからこその緊張感だった。
僕は彼女との食事を思い出す。
僕達の持っていた食材をこんな美味しいもの食べたことないと目に涙を滲ませながらお礼を言っていたマッチ売りの少女。
あの一時、彼女との大切な思い出を経て僕達はかつてない緊張感と共にここに立っている。
そう、全てはカオスエラーをマッチ売りの少女の寝ている間に、
彼女の関わらないうちに調律するために。
僕達は静かに戦意を高めた。
しかし、先頭のレイナは先程から、行動を起こそうとしなかった。
10秒、20秒、30秒、と、僕達の疑問を持ち始めた時、やっと彼女は意を決したように此方へと振り返った。
「一つ、カオステラーを調律する前に話とないといけないことがあるの」
そして、おずおずと切り出したレイナはしんけんそのものだった。
それに僕らは疑問を覚える、が、直ぐにそんなものは飛び散った。
何故なら、
「マッチ売りの少女について」
レイナが、そう語り始めた人物は、僕達の最大の大切な人物であり、
そして、最大の謎だったのだから。
何故洞窟に入るのか?いつから居るのか?そして、なぜヴィランにああも過剰に反応するのだろうか?
僕達は、その疑問を氷解させるため、レイナへと視線を集める。
彼女は意を決した様に、頷くと、重々しく唇を開いた。
マッチ売りの少女、彼女は僕達の通ったあの村の住民だった。
そこで、彼女は貧しくとも優しい父、母との3人で暮らしていた。
彼女たち家族が住んでいた村は貧しい村であったが、それでもその村の住民は優しく、マッチ売りの少女が不満に思うことなど、何一つ有りは何もない、はず、だった。
その生活は突然、終わった。
きっかけは彼女の母親が病死し、父親がその現実を受け止められず、娘であるまっ売りの少女に当たったことからだった。
もちろん最初は村人達は父親を責め、マッチ売りの少女を救おうとしていた。
しかし、村人たちの優しさは、その年訪れたさいだいの飢饉に消し去られた。
簡単なことだ。村人達は、不満を押し付ける、言わば心の拠り所にマッチ売りの少女を選択したのだ。
そしてその時から彼女の地獄が始まった。
今まで仲が良かった子供が餓死すると、その母親に、息子を殺した疫病神と殴られた。
彼女が親友の死に涙を流して悲しむとと、張本人が白々しいと殴られ、必死に笑顔を作ると人が死んで喜ぶ悪魔と石を投げられた。
それから彼女は、朝から晩まで誰1人買ってもらえないマッチを売り続けけるようになった。
誰にも殴られないようにと、隅で顔の表情を決して人に見られないように隠しながら。
彼女に、村人は構わないようになっていった。
それから数週間と立って、彼女はマッチ売り、とだけ呼ばれるようになり、
名前を忘れられた。
それでも、マッチ売りの少女は必死にその村でマッチを売ろうとし続けた。
しかし、等々、僕達が村に訪れる前の早朝に聞いた、父親のある言葉に耐えきれずに飛び出した。
彼女は、父親の貸した条件である、隣村でマッチを売り切るまで家に入れない、という言葉に従うふりをして門番の目を欺き、早朝村を出て逃げ出した。
そしてその幼い足で必死に走り、僕等が着く、少し前にこの洞窟に辿りついた。
それが、レイナの語ったまだ売りの少女の今までだった。
そしてそのマッチ売りの少女のあまりに壮絶な過去に僕達は愕然としていた。
シェインさえもいつものポーカーフェイスを保つ事が出来ていなかった。
「最後に一つ。マッチ売りの父親が言った、ある言葉の内容に関して私は、マッチ売りが眠ってしまっていたから彼女から聞いたわけではないけれども、」
しかし彼女は僕たちの様子に気付きつつも口を閉じることは無く、
「その内容はマッチ売りを殺す算段よ」
取って置きの爆弾を落とした。
「お嬢、本当にそれは確証が有るのか?」
レイナの発言に唯一反応出来たのは、タオだけだった。
そしてそのタオの声も何時もの明るさがなり潜めた真剣なものだった。
「ええ」
しかし、そんなタオの質問に対するレイナの返答は簡潔だった。
その様子に僕らは、その言葉をレイナが確信していることをいやでも悟る。
「普通に考えて、村人に虐待を受けても逃げようとしなかったマッチ売りが、逃げないといけない、なんて思うのは殺されそうな時ぐらいでしょう?」
確かにレイナの言うとおりだった
そう考えれば、マッチ売りの少女を殺そうとした動きがあった可能性も否定できない。
だが、それだけでは推測の域を出ないと、僕は小さな希望に頼ろうとする。
レイナが確証と言ったのならば、それなりの理由があると悟りながら。
「それともう一つ、私が断言できるとそう思えた理由は、私たちと会っていなければ、マッチ売りは死んでいたからよ」
だが覚悟をしていたはずなのに、その言葉は、やけに冷たく聞こえた。
レイナの言葉の意味がわからない、そんな感覚に僕は陥る。
しかし、それでもレイナの声は耳へと途切れることなく入ってくる。
「例え、マッチ売りがこの洞窟の中で火を起こして暖をとったとしても、あの薄着で、しかも食事もないのだから体力は持たず、一晩越さえこせない」
僕は、レイナの上着を着たマッチ売りの少女を思い出す。
そして、上着を羽織る前のボロボロの服を着ていた彼女も。
確かにあの服装でこの寒さの中、幾ら火があるとはいえ、あの衰弱した様子で、食事抜きだとしたならば、決して一晩さえ過ごせるような状態では無かった。
しかし、でもそれは彼女が勝手にこの洞窟へとやってきていたからだ。
言いつけ通りに隣村へと言っていたならば、そんなことは起こりえない。
「そして、彼女が言いつけ通り隣村に行って、そして仮にマッチを売り切ることができても帰ることは出来ない」
しかし、そんな希望はあっさり消えた。
「っ!な、なんで!」
そして、そのことに対して叫んだ憤慨は、
「この洞窟よりも数段遠い隣村へと、この洞窟へとくるだけで衰弱していたマッチ売りでは往復できない」
レイナの、その冷酷な声の前に霧散した。
「いえ、まず、マッチが売りきれることさえもありえない。マッチ売りの噂は隣村まで響いているのだから」
「姉御、だとしても、隣村に行けば誰かに保護してもらうことが、」
シェインがそう口を開くが、レイナは首を振って否定した。
「隣村も飢饉の影響で、人を養おうとすることなんて出来ない。その上、マッチ売りの風評は隣村にも伝わっているから絶対に」
助けてもらえる、そんな奇跡は起こらないだろう、そう最後までレイナは口にしなかった。
しかし、それは口にしなかっただけで全て僕達に伝わっていた。
隣村まで根も蓋もない噂話が伝わるなんてあり得ない、そう僕はレイナの言葉を否定しようとして、その言葉を飲み込んだ。
突然情報が溢れ出てきすぎて、まだ今までのことを整理できていない。
けれど、慎重に滅多に断言などしないレイナが、顔を辛そうに歪めながらも、断言したってことの意味ぐらいはわかった。
レイナが今話したこと以外にも、色々なことを考え、そしてこの結論に至ったということを。
「なん、でっ、」
頭に浮かぶのは、夕食の時年相応に無邪気に笑っていたマッチ売りの少女。
そして僕達を心配して、無事に戻った時、抱きついてきた彼女の優しさ。
その時の子供特有の熱さと、柔らかい感触を僕はまだ覚えている。
しかし、そのまだ子供であるはずの彼女が殺されそうになっているのだという。
なのに、なのに僕は彼女を救えない。
空白の書を持ち、この想区から出た瞬間、無かったものとして人々の記憶に残らない僕に彼女を救うことなどできない。
今だけ、彼女を守ってやることしかできない。
「なにも、出来ないのか?」
僕は唇を強く噛みしめた。
タオは苛立ちを隠そうともせず、いつもは冷静なシェインさえ、前髪で顔を隠すように俯いて顔を見せようとはしない。
そう、僕達はもう諦めていた。
ただ1人、レイナを除いて。
レイナの顔は、辛そうに歪んでいた。
当たり前だ。レイナが僕らの中で一番力不足を嘆いているに違いないのだから。
しかし、それでもレイナは毅然と顔を上げる。
一番責任を、苦しみを感じているはずなのに、彼女は僕ら導くために全てを耐え切って顔を上げる。
「マッチ売りは幸福を感じたいって言ってた」
その言葉の意味が分から無いが、僕らはレイナへと視線を上げる
それにレイナは悲しそうに口元を吊り上げて続けた。
「幸福になりたい、じゃなくて、一時幸福を感じたい。そう彼女は言っていた。だけど、私はそんなの認めない。確かに確証はなくとも、手がすべてなくなったわけじゃない」
そこでようやく僕らは気付く。
マッチ売りの少女は決して自分が幸せになれないと、諦めていることに。
けれども、レイナはまだ諦めず、まだ何かしようと完璧な手で無くとも、打とうと、マッチ売りの少女を救おうと、しているのだから
だったら、レイナが立っているなら、僕らのリーダーが何とかしようと踏ん張っているなら、
「レイナ、何か案があるなら詳しく聞かせて」
僕達もへたり込むことなんて、出来る、筈があるわけ無い!
ようやく元気を取り戻した僕等にレイナは笑いかける。
そして少し悩んだ後、顔を上げて、作戦の概要を口にする。
「カオステラーを倒すことさえできれば」
「「「へっ?」」」
しかし、まずレイナの口から出てきた言葉を、僕らが理解することは出来なかった。
レイナは僕らの前で詳しい説明を行っていた。
「マッチ売りは、まず、父親に母親が亡くなった責任を押し付けられて、虐待を受けるようになり、そして次に、飢饉の時に村人達に虐められるようになった。つまり、何かきっかけがあって立場が悪くなっていっている」
「確かに」
僕はレイナの言葉を聞き頷く。
それを確認してからレイナはまた口を開いた。
「だとしたら、マッチ売りはどういうきっかけによって殺されることになったのか?」
「口減しに、という訳ではないんですか?」
ジェインがそう尋ねるが、レイナは首を横に振って否定する。
「あの村にはまだ結構な人数がいたわ。子供1人減らしたぐらいでは、食糧問題なんて解決しないぐらい」
そう言われて思い出すと、確かにその通りだ。
つまり、何かきっかけがあってマッチ売りの少女が殺されそうになったのは確定だろう。
だとすれば、
「ヴィランが現れた責任を被せられた?」
それぐらいしか、要因が思い付かないと僕が口にすると、レイナは頷いた。
「ええ。数週間、何も無かったのにいきなり殺そうとしたことも、これで納得できるしね」
「だとしたら、なんでカオステラーが関わってくるんです?」
シェインが尋ねると、レイナは歯切れ悪く口を開く。
「だって、ヴィランをただの少女に責任転嫁する人なんている?」
「確かに……」
僕はそう言わざるをえなかった。
あんなものを他人のせいにしただけで安心することなんてできない。
それぞれ頷く僕達を見てレイナは話をまとめにかかった。
「つまり私はマッチ売りは主人公で、それに嫉妬し、カオステラーとなったものが、マッチ売りを貶めたと思う。そうするとヴィランも村に現れ、それに気づいたカオステラーはまたそのヴィランをマッチ売りの責任にして、殺そうとしたってところ?」
レイナの話を聞いたあと、僕は思わず唸ってしまった。
確かに、レイナの推測は確かに筋は通っている、が、確証はない。
確かにヴィランを他人の責任にするなんてことはまずあり得ないが、絶対ではない。
レイナもそれも気づいているのだろう、始終自信なさげだった。
だから僕はもう一度どうするか話し合おうとした、その時だった。
何か複数人が駆け寄ってくる様な大きな音がしだと思うと、
まるでレイナの推測を証明するかのように、このマッチ売りの少女のいる洞窟から離れたところにいる筈のマッチ売りの少女の村の村人達がこちらへと近づいてきたのは。
「なっ!」
あまりのタイミングに思わず、動揺するが、直ぐに村人達がヴィランに追われているのに気づきそれどころではないと正気に戻る。
その時、頭に疑問が浮かぶ。
ただ一つ、今までの推測を壊しかねない違和感を説明できる。
しかしそれはあり得ない、と僕は頭の隅に押しやり、シェインとレイナが口を開いた時には既に頭から抜け落ちていた。
「ありゃぁ、これは明らかに村人さん、カオステラーに操られてますね」
「シェイン!それだけじゃないわよ!ヴィランに追われているってことは、もう既に何か行動を起こして村人達が用済みになったってこと。つまり、カオステラーはもう行動を起こしている!」
「ってことは、姉御、あの村人さんを救うんですか?」
「?ええ、カオステラーの情報を持っているだろうし……」
そう話す、2人にタオが苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「お嬢、俺は反対だ」
それにレイナは目を見開くが、タオの気持ちは僕にもわかった。
ヴィランに追われながら必死に逃げている、先頭の初老の男。その見覚えのある顔を見ながら僕はレイナから聞いたマッチ売りの話を思い出す。
そして、その中で彼女を虐待していたらしい村人に苛立ちを覚えないはずが無かった。
タオならば、より一層彼らに嫌悪感を抱いているのだろう。
だが、それがどうした?
僕は思い出す。
マッチ売りの少女を救えない、そう思った時の無力感を。
それ比べたら、ここで感情を殺すことなんて訳もない。
だから、
「違うよタオ。マッチ売りの少女を救うためにカオステラーを調律する。そのために彼等から情報を得るだけだよ」
タオへと言外に、堪えろと、笑いかけた。
「っ!、おい!」
タオはそう叫んで僕に掴みかかろうする。
が、僕の目を見た時、やっと状況が分かったように唇を噛み締めた。
それからタオは、両手で頬を強く叩いた。
「悪い」
タオはそう、言葉少なに謝り、ヴィランの元へと目線を向けた。
僕たちの白い息が周りを包む中、村人達とヴィランが丁度僕らを見つけ、動揺し始めた時、僕らは合図なく、頷いた。
後はもう、言葉はいらなかった。
1人、また1人と、それぞれに英雄の栞を握りしめて村人達を追いかけるヴィランの元へと走って行く。
ただ、名前を亡くした少女へと、それぞれの思いを馳せながら。
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