第13話 剣の師匠は鬼怖い



剣神ガルフェンと言えば、

先の大戦で大活躍した英雄剣士である。

彼は現在、引退してどこかの田舎で平和に暮らしているそうであるが、

たまの気まぐれで魔法協会の新人剣士の指導にあたることがあった。


『第一線は退くが、後に続く後輩の支援をしたい』という奴だった。


全くもって迷惑な話である。




ウツロの剣の師匠はこのひとであった。

背の高いただの髭老人に見えないこともないが、その声は冷たく良く通り、時々浮かべる薄ら笑いは背筋が凍るような怖さがあった。


師匠といっても指導を受けたのは3ヵ月程度だった。ただ、その3ヵ月は濃密であった。人間嫌な記憶は忘れるように出来ているらしく具体的に何がきつかったなどの記憶は薄れてきている・・・



ただし、最後の一日の記憶は鮮烈に残っている。





ガルフェン「本日で最終日になります。みなさん、今日までの厳しい指導によく耐えましたな。最後にあなた達に『教え』を授けましょう」



ガルフェンは自分の持つ宝剣を引き抜く。まばゆい宝剣に黒い火が灯る。

これは『黒刃』というガルフェンの闇属性の魔法であった。触れるモノすべてを消し去る剣神の名に恥じない最強魔法だった。


この魔法は最初の自己紹介の時に見せてもらった。

その威力を目の当たりにした面々は静かに黙るしかなかった。「聞き分けのない新人はこの黒刃でうっかり斬ってしまうかもしれませんな・・・」という冗談を誰も笑うことが出来ず、気まずい雰囲気になってしまったことをよく覚えている・・・



なぜ?今それを発動する必要があるのだろうか。




老人は、静かに息を吐きつつ・・・剣を振る、あまりに流麗過ぎてスローに見えた・・・

一番奥に居た新人の首が飛ぶ。女性の新人が悲鳴をあげた。老人は一瞬で移動して・・・さらに彼に剣を突き立てる・・・



「ガルフェンさん?・・・」



目の前で起こった状況が呑み込めなかった新人の面々だったが

ガルフェン「いやはや・・・驚かせてしまったようで申し訳ない・・・この宝剣ジブラルタルは人間の血が大好物でしてな・・・毎年こうして・・・若い人間の血を吸わせているのですよ・・・今年の獲物もおいしそうだ」



その言葉を聞いた次の瞬間空気が変わった・・・




大きな悲鳴をあげて逃げ出す者、こっそり集団とは違う方向に逃げて自分だけは生き残ろうとする者、恐怖のあまり失神する者。

勇敢に立ち向かう者もいた、ひとりで先走り斬りかかる者、仲間と協力して立ち向かう者、遠距離攻撃に徹して逃げ出す者とそれぞれであった。


ガルフェンがそれぞれを逃さず、斬り捨てていく。




ウツロは・・・

最初に斬られた者に駆け寄っていた・・・彼の名前はヒュームといったか・・・体が弱いらしく・・・よく晩飯のおかずを分けてくれた恩人だった・・・

ヒューム「人間の食べ物は口に合わな・・・じゃなくて、僕は体が弱いから食べられないんだ」


いい奴だった・・・仇は必ずとってやるぞ

という気持ちになるのが普通なんだろうか・・・別にそんな気持ちは湧いてこないな・・・




ガルフェン「・・・あなたで最後ですな・・・」




後ろに・・・恐ろしい形相の髭老人が立っていた・・・

ウツロ「・・・俺の血は・・・多分不味いぞ・・・」



ガルフェン「・・・ふふ・・・いえいえ、私は平等主義者でしてな。あなたのような集団に馴染めない問題児も放っておくことが出来ないのですよ」

ウツロ(・・・うわ・・・優しい・・・)



$$$



その後、多少の抵抗はしたものの

ウツロもバッサリ斬られてしまった。

目が覚めると、そこは天国ではなく元の場所だった・・・


種明かしをすると

最初に斬られたヒュームはアンデットでこの演技のためにサクラとして活動していた。その後、新人たちは次々と斬られていったが、

それは『偽黒刃』という脅し用の魔法で斬られたように感じるだけらしい。


ガルフェン「・・・ここまでが『教え』です。」


真に死に直面した時の自分の行動パターンをよく覚えておいてください・・・そして、どう行動すべきだったかをよく考え、本番に備えておいてほしいのです・・・


ああ、言いたいことはわかるんだが・・・わかるんだが・・・

納得いかない新人たちだった。

だからといって、

この髭老人に立ち向かう勇気のある者などいるはずもない。



$$$



そして現在、

ガルフェンは修行のあとに川辺で行水をしており、

ヒュームは従者として川のほとりで待機していた。

ガルフェンの鍛え上げられた上半身には数々の歴戦の猛者との戦いの歴史が刻まれていた。



あの傷は、あの強敵との戦いでついたもの、

この傷は、あのとき部下をかばってついたもの・・・



ガルフェン「・・・ふふ、体の傷というのは、アルバムのようですな・・・」

ヒューム(・・・何をおっしゃっているんだこの人)

そういえば・・・

この傷は新人研修のときの・・・えーっと彼の名前は・・・


忘れてしまいましたな・・・


研修の教える側というのは生徒をあまり記憶していないものらしい。




だたし、教えられた側は先生のことをよく記憶している。

その日の夜

ウツロは夢見が悪く、嫌な昔の出来事が再生された。


ウツロの風切りで傷を受けたガルフェンが冷たく笑う。

渾身の風切りだったが、ガルフェンの鍛え上げられた筋肉に対して浅い傷しかつけられなかった・・・



ガルフェン「なるほど、これが前に話していた『かゆみ風切り』ですか」

ウツロ(それ・・・普通の風切り・・・なんですけど)



ウツロは目を覚ます。ああ、なんて嫌な出来事を思い出すんだろうと思いながら朝食のメニューを考えて気を紛らせることにした。

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