第11話 オオカミ森の通行証
風切りの有効活用 応用編
首都リムガントと西の穀倉地帯ノールケルンの間には通称『オオカミ森』と呼ばれる大きな森があった。
この2都市を直線コースで抜けることが出来れば、1日程度の道のりであるが、普通は迂回して5日かかる道のりを行く。
その理由は、森に大型魔獣が住んでいること、と森を治めるオオカミ達が非常に狡猾で厄介であるためだった。実は森を抜けるための裏ルートがあるのではとささやかれてはいるが、都市伝説の類であるとしか認識されていない。
夕刻、
ウツロは、緊急の仕事で呼び戻され、今、リムガント側の森の外で待機していた。
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エレノール:急な依頼で申し訳ありません。
ウツロ:いえいえ
エレノール:今回は『あるモノ』を
穀倉地帯ノールケルンまで届けて欲しいのです。
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魔法協会の馬車が到着する。
中からフードを被った人物が下りてくる。
馬車が人物の合図を受けてもと来た道へ帰って行った。
ウツロ(・・・あれ?このひと置いて行っていいのか?)
その人物はゆっくりとフードを取ってウツロの方を向く。
「・・・初めまして、ウツロ=ハイイロさん・・・」
キレイで落ち着いた声、長い髪に超絶美人な人・・・この方は・・・
ウツロ「あ・・・アクアローナ様!」
アクア「ええ、いかにも・・・」
【アクアローナ=アウディーネ】
魔法協会を代表する水魔法の達人であり、魔法協会七賢人のひとり
武勇を挙げればきりがない、この国ではスター扱いであり、新聞、広告でよく見る誰もが知っている有名人である。
ウツロは思いもよらない出来事に困惑していた。
アクアローナはそんなことは歯牙にもかけず、歩き出す。
アクア「事情は歩きながら話します。さあ、行きましょう。」
ウツロ「・・・どこへ?」
アクア「ノールケルンまで・・・あなたの自慢の『抜け道』を使って・・・ね」
ウツロ「え」
$$$
森の中を進む。
隠す気は・・・なかったんです・・・
ただ、この抜け道を知ってしまった。5日かかる移動が1日で済んで残り4日休みにできることになって・・・それはとっても素晴らしいなって・・・
アクア「それは悪意を持って隠していると思うのです。」
どこで感づかれたんだろう?
アクア「紹介してくれたのはエレナ(エレノール)ですよ・・・彼女はとてもカンの鋭い優秀な人物ですからね・・・」
流石、女神エレノールさん、なんでもお見通しか・・・顔も声も知らないけど
アクアはウツロをじーっと観察する。
それにしても・・・魔法協会本部の中堅魔法使いでも突破困難であった この森でどうやって抜け道を見つけたのか気になるな・・・
ウツロ「あの・・・このルートは俺がいるとき以外通らないことをお勧めします。」
アクア「・・・?」
ウツロ「気づいていると思いますが、今現在も森のオオカミに見張られています。俺以外が通ると遠慮なしに襲って来るでしょう。」
アクア「・・・つまり、あなたはこの森のオオカミ達を屈服させて、このルートを確保した ということですか?」
おお、信じられない。
見たところ一般人レベルの魔力しか感じないこの人がこの森のオオカミを支配しているというのか・・・ひとは見かけによらないのか、もしくは力を隠しているのか・・・
ウツロ「え、まさか、そんなわけないじゃないですか。」
アクア「・・・」
ここのオオカミを攻撃したら、すぐに上位個体やら巨大魔獣やらをたくさん呼ばれますからね。勝てません。
それはもうどこかのマフィアか任侠物語のようにオトシマエつけるだのなんだのと終わらぬ闘争になってしまうらしい。
アクア「・・・ならば、ならば、袖の下もしくは餌付けでしょうか。」
(あら、この説は若干この人に対して失礼かしら・・・)
ウツロ「無論、最初にそれを試みました・・・」
アクア(最初に試みたのか・・・)
首都リムガントで買った自分も食べたこともないような高級な食べ物を森の外に置いて、オオカミに献上してみたんですが・・・
オオカミは思い切り見下したような目でその食べ物を足で踏みつけて去っていきました。おそらく、人間のほどこす食べ物を食べるなんてプライドが許さないのでしょう。
ウツロ「その食べ物は、流石にもったいないので、泥をかぶっていない部分は食べましたが・・・」
アクア(あなたにプライドはないのですか?とツッコみたい)
別の方法を試すことにしました。
これもあまり知られていないことなんですが、初歩魔法『風切り』は打ち方の手加減次第で、かなり『かゆみ』効果を与えることが出来るんです。
アクア「・・・かゆみ ですか・・・」
ウツロ「これはもう本当にかゆくて、半日ぐらいウズウズする感じなんです。」
アクア「はぁ・・・」
襲って来た下っ端オオカミにこの『かゆみ風切り』を撃って撃退した結果、この道を通っても大丈夫になったのです。
ウツロの説明によると
・とてもかゆいのでウツロと戦うこともできない
・オオカミの上層部に奴の危険度をうまく説明できない
「外傷もないのに、見張りをサボっているのではないだろうな」と責められる。
「奴はとてもかゆい攻撃をしてくるんだ」と説明すると自分の格が下がって立場が危うい。
よって、下っ端オオカミのとる方法は『ウツロを見て見ぬふりをする』ことであった。
ただし、上層部にこの事実が感づかれてしまっては大事になるので、内心ビクビクしながらウツロ達を監視しているようだ。「何も起こしてくれるなよ、人間」と冷や冷やしている彼らの心の声が聞こえてくるようだった。
アクアは目をひらいたままポカンとした顔になった。
そんなことが起こり得ると思い辛い、しかし、結果としてこの道を通れている事実がある。
思えば・・・
俺が魔法協会の下っ端で、彼らの気持ちを理解できるから
この抜け道を見つけることが出来たのかもしれないな・・・
$$$
黙々と8時間歩いて森を抜けた。
馬車の待つ地点までもう一息だそうだ。
アクア「・・・ノールケルンの片隅の小さな村で大洪水があったそうです。私はその村人を助けるために至急にノールケルンへ行く必要があったのです。」
ウツロ「そんな小さな村のために七賢人であるあなたが行く必要なんて・・・」
おそらく、魔法協会ならばもみ消す方向に動きそうな案件だな。
アクア「ええ、魔法協会は私が現地へ行くことを止めようとしました。私は制止を振り切ってこの森を実力行使で抜けるつもりでした。そんなときエレナが気を利かせてくれまして・・・」
へぇ、七賢人のあなたが無理やり森を通ったら
大型魔獣との大戦争になってたな・・・ああ、良かった。
アクアはウツロにしっかりと向き直ってお礼を言う。背中から朝日を浴びたアクアローナ様は輝くように美しかった。
アクア「ありがとうございます、ウツロさん、あなたに稼いでもらった魔力と時間はきっと無駄にしませんわ」
アクアの強いセリフと目に圧倒されるばかりだった。
数日後、
大洪水に見舞われたノールケルンの片隅の小さな村をアクアローナ=アウディーネ様が救ったことが記事になっていた。彼女の魔法で村の水のほとんどは取り除かれたらしい。
下宿部屋で牛乳を飲みながら記事に目を通す。
去り際の彼女の言葉を思い出す。
アクア「魔力をつける方法ですか?・・・そうですね・・・『牛乳を飲む』ですかね」
俄然有力になる牛乳説だった。
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