私達の英雄
皐月
第1話 プロローグ
寮生は寝静まる時間。三人の生徒が廊下を歩いていた。香月明美、谷中光、柏木裕。いずれも好成績を収める優等生だ。三人は片手に変わった文様が描かれた本を持ち、歩いている。
「皆は誰を呼ぶの? あ、ちなみに私はミケ!」
光がおさえた声で、それでもどこか弾んだ声で話す。興奮しているのは光だけではなく裕もどこか興奮した様子だ。
「俺はレオン。まあ、なんだかんだ愛着があるしな。明美は?」
「私? 私はレイよ」
「「え?」」
明美の言葉に二人の足は止まる。三人の仲は良い。だからこそお互いが呼ぼうとしているものを名前だけで分かる。それは明美の呼ぼうとしているものについても同様だ。
「えっと、レイって私の知っているレイだよね?」
「色々と危険じゃないか?」
「大丈夫よ」
二人の危惧に対して取り合うつもりもないのか、彼女は歩を緩めることはない。
「いや、だって前例もないし、そもそもレイの力は……」
「光」
それでも食い下がろうとする友人に、ようやく足を止め明美は振り返る。しかし、それは彼女の危惧に取り合うためではなかった。
「前例があることをするのなら、このような方法は取らないわよ」
「いや、まあそうだろうけどよ……」
この時間に廊下を歩いていることは、規則違反なのだ。長い間優等生の振りをして、相手の気が緩むまでずっと機会をうかがっていたのだ。ただ一つの目的のために、明美は長い間努力してきたのだ。
「私達の盟約は?」
「……自らの英雄を」
小さい頃に夢見たものを実現するためのまじない。それを知っているからこそ、何も言えなくなる。この時のために努力してきたのだ。今更何かを言っても止まるようなら努力は続いていない。
「そういうことよ。さあ始めましょう」
明美が指差す先には幾つもの扉。そのどれもが複雑な紋様を描かれており、見る人が見れば恐ろしい扉。
「ここが最終地点で始まりの場所よ」
何か言いたそうにする友人二人を残して明美はその一つにさっさと入ってしまう。
怪しいのは扉だけではなく、部屋の中一面に紋様が描かれている。その部屋の中心に明美は立つ。
「我が想いは集いて形を成す」
ただの言葉。意味のある言葉、ではない。だけど、その部屋の紋様は動き出す。まるで生き物であるかのように蠢き、やがて一つの形を成す。
「……ここは?」
戸惑った様子の少年の声。突然発生した少年に明美は驚くこともなく破顔する。
「はじめまして、私の英雄。今は休んでおきなさい」
少年はその言葉に従うように、意識が途切れる。残ったのは満面の笑みの明美だけ。
その本当の理由を知る人はいなかった、
私達の英雄 皐月 @snowdorp
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