結局遺体は上がらなかった。だが、海水浴に来ていた家族ずれからの由梨花らしき子供の目撃情報が浮上した。警察も以上の情報から、事故ではなく誘拐の線で捜査を再開した。


 あの日、由梨花が姿を消した日から時は流れ、なんの手掛かりもないまま時間だけが進んだ。

 父親はあの日を境に、会社を辞め他の職に就かずのままで、家に引きこもるようになった。生活費は父方の親と父親の貯金と母親の保険金でやりくりした。

 温厚だった父親は、豹変し、酒浸りになった挙句、俺に暴力を振るうようになった。

 俺が小学校に入学した時期父方の父の五郎さんが痺れを切らし、家に上がってきた。父親に「働け!」を連呼し、「お前がそんなんでどうする!」などと怒鳴り散らした。もう、性も根も尽きた俺は、目の前の惨状をただ見ることしかできなかった。

家庭内暴力の事を知らなかった五郎さんは俺のあざだらけの顔と体を見て、父親に「出ていけ。」と呟いた。

 

 それからというと、五郎さんと父方の母、美佳さんとの3人暮らしが始まった。

 以前の暮らしとは打って変わって、幸せな毎日だった。だが、そんな毎日も終わりを告げようとしていた。

 

 俺が小学校高学年の夏頃の土曜日に警察から1本の電話が入った。

 内容は"由梨花ちゃんが見つかりました"という電話だった。

 五郎さんはそうとしか言わなかったが、とても暗い趣だった。


 早速五郎さんの車に乗り、警察署まで向かった。道中、車内では誰も口を開くことがなく、俺もずっと由梨花の事を考えていた。



 ものの30分くらいで目的地に到着し、駆け足で窓口まで向かった。

「こんにちはー。どのようなご用件で?」

 窓口のお姉さんはにこやかに挨拶をした。

「都井です」

 五郎さんがそう口にした刹那、お姉さんの表情が険しくなった。

「少々お待ちください。担当の者がお伺いしますので……」

 最初の生き生きとした挨拶とは裏腹に、涼しく落ち着いた案内の説明がお姉さんの口から発された。

 その直後、廊下の向こうから「都井さん!」と中年の刑事さんに呼ばれた。俺達はその刑事さんに言われるがまま別棟の霊安室の前まで連れてこられた。

 五郎さんと美佳さんは固唾を呑み深く俯いていたが、当時の俺はなんの情報も知らず、霊安室とはどんな所かも知らなかった故にこの鉄の扉の向こう側には久々に見る由梨花が待っていると思っていた。



 だが違った。不気味な音を立てて開いた扉の中は外の暑さとは明らかに違い、異様に寒く、淀んだ空気が流れ、なんともいい難い異様な臭いがその部屋に立ち込めていた。

 ベッドに寝転んでいる由梨花には白い布が被せられていて、顔にも同じようにかぶせられていた。

 五郎さんと美佳さんは布をめくって由梨花の顔を見た。

 2人は涙を浮かべ、嗚咽した。美佳さんには嘔吐く姿も見られた。

 俺も見たいと近ずいたら、五郎さんが立ちふさがった。

「新。お前は見ん方がええ」

 と涙ながらに訴えた。だが、俺もうすうす気づいていた。もうそのベッドの上の由梨花に魂は入っていないことを。

 それでも俺は見たかった。成長した由梨花を、妹を……

 俺は抵抗した。どうしても見たいが故に五郎さんを押し潜ろうとした。五郎さんんの脇の間から伸ばした手は由梨花に届き、邪魔な布をスルリと由梨花の体から剥がした。




 ………



 由梨花は、俺の妹は。全身が真っ黒に変貌し、口を開けたまま死んでいた。

 そこから後の事はなんにも覚えていない。

 


 

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