2
時は流れていく。
やがて春がやってきた。しばらくはしつこくその場に留まり続けていた雪も、今となってはすっかり溶けきり、その辺を縦横無尽に走る下水道に合流している。
僕は久し振りに電車に乗って、市街地へとやってきた。
全国チェーンのアニメショップで心行くままにウインドウショッピングを満喫した後、市立の美術館へと足を向ける。
というのも、前日の夜、
何度も言うように僕たちの間ではあまりメールのやり取りをする習慣がなかったから、これは非常に珍しいことだ。メールがある時は、大抵何らかの用事がある時だ。
何でも、現在開催中の、市内に住む青少年たちの作品を集めた美術展に
彼女は学校があるので、ニートの僕は先に市街地をぶらつき、放課後に合流という話だったのだけれど……。
「これ、本当に僕一人で行くのか?」
アニメショップにいる時に、再び僕の携帯電話がメールの着信を告げたのだった。
差出人は予想通り、旋風。
どうしても外せない学校の用事があるから、葉漆を待たせても悪いので先に一人で美術館に行っておいてくれ、とのことだ。
「まあ、仕方ないか……。あいつを待たせたら、後で何を言われるか分かったもんじゃないしな」
あれ以来――書店の前で旋風と葉漆が話しているところに遭遇して以来、僕は葉漆に会っていない。あちらの世界では毎日のように話しているのだけれど……。
何となく、気まずい。
あの後、旋風に届いたメールの真意についてのこともあったし。
あれこれ考えてもどうしようもないので、重い足を引き摺って美術館への道を歩いていった。
美術館の中に一歩足を踏み入れると、ぽつぽつと来客者の姿が見えた。
どうやら、有料の常設展とは別に、無料の特設コーナーが設けられているらしかった。
その無料のコーナーに、市内の青少年たちによる作品が展示されているということだ。
そちらの方へと足を運び、様々な作品を見て回る。
どれもこれも、僕なんかには真似できないような立派な作品だ。
金賞・銀賞だとか特別賞といったリボンが付けられた作品を適当に眺めながら、奥へ奥へと進んでいく。
その先。
ともすれば見逃してしまいそうな、隅の方から。
見覚えのある構図が僕の視界に飛び込んできた。
場所はどこかの塔のようなところ。
そこに、現代風の二人の少女が並んで立っている。
二人とも、その顔に満面の笑みを張り付けていた。
背景に見えるのは、どこかの街だろうか。
その下に取り付けられたプレートによれば、『親友と私』というタイトルが付されているらしい。
確かに良く見てみれば、二人の内の片方は葉漆に良く似ているような気がした。
もう一人の方は――まあ、見覚えがないと言えば噓になるだろう。
これは恐らく、あちらの世界での僕――リッカがモデルだ。
「ああ、来たわね」
その絵に見入っていると、背後から声がした。
「旋風は遅れるってさ。さっき連絡が来た」
「ええ、私のところにも来たわ。あんただけじゃつまらないけど、まあ良しとしましょう」
「……そりゃありがたいことで」
そして、二人並んでその絵を見つめる。
「いい絵だな、これ」
稚拙な感想を述べる。
僕には美術的素養もなければ、美しいと思ったものを適切に表現するだけの語彙力もない。だから、そんな稚拙な感想しか言えなかった。
「まあ、何の賞にも引っ掛からなかったんだけどね」
「それでも、だ。何というか――生き生きとしてるよ、二人とも」
絵のことはよく分からないけれど、でも、そこに描かれている二人の仲の良さが如実に表現されている――と思った。
「そう? ありがとう」
妙に素直な葉漆の返事。
どうも調子が狂うというか、やはり気まずい。
「そういえばあのこと、まだ直接お礼を言ってなかったわね。……重ね重ね、ありがとう」
「……何のことだ? 僕は何もしてないだろう」
浅はかな僕の韜晦。
果たして彼女は、僕のこんな態度をどう思ったのだろう。
「あら、そうだったかしら?」
彼女も彼女で、そんな惚けたようなことを言う。
しばらく、会話が交わされることなく、二人の間には沈黙が流れる。
「……なあ、葉漆」
そういえば一つこの機会に言っておこうと思っていたことがあったのだった。
しかしそれを言うのはどうしても気恥ずかしくて、右手で髪の毛をいじりながらの発言になってしまった。
「
「そうか。なら、玲音」
「何よ?」
突っ撥ねるような葉漆――いや、玲音の態度。
でも、そこからは、初めて会った頃のような毒気はすっかり抜け落ちていた。
「僕と――友達になろう」
僕は、彼女が好きだ。
でもそれは、ニートと元ニートという、似た境遇を持っている人間に対してのシンパシーのようなものから来る感情で――。
それが、果たして恋愛感情なのかは分からない。
だけれど、僕が彼女と親しくしたいと思っていることは事実だった。
彼女と話していると、心が安らいでいく僕が、確実にどこかにいた。
「何を言ってるのよ」
折角なけなしの勇気を振り絞っての発言だったというのに、彼女はそんな風に一刀の元に切り伏せてみせた。
そして、言う。
「私たちは親友――そうでしょ、リッカ?」
いつから気が付いていたのか、とか。
このことは旋風には絶対に言うなよ、とか。
言いたいことはたくさんあったけれど――。
「そうだな――レーゲン」
僕は彼女の言葉に、ただそれだけを返した。
今、僕たちはちょうどあの日のように。
あの日の、フリズスキャールヴ最上層でのように。
二人並んで、絵の前に立っている。
絵の中の二人のように、満面の笑み――とまでは、さすがにいかなかったけれど。
ニートとニートの物語 @Boku_me_moi
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