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 フリズスキャールヴ内部へ侵入。

 いつものように、レーゲンが先鋒を切り、僕がその後方から支援及び砲弾兵のような役割を担う。

 僕たちにとって、この第一層などというものはもはや壁ですらない。

 最短ルートを取り、途中途中で不可避の戦闘をこなしながら、上へ上へと進んでいく。

 五層ごとに出現する中ボスも、大した敵ではない。

 それぞれの役割を理解し、適確な行動を取っていれば、難なく倒せる相手である。感覚としてはその辺の雑魚敵と戦うのと大差ない。ただ、少しばかりしぶとくて、攻撃力が高いくらいだ。

 第一五層、三度目の中ボス戦もスムーズに終了し、攻略はいよいよ最終フェーズに突入した。

 それまでとは敵の強さが目に見えて違う。

 さすがの僕たちでも、ある程度の苦戦は必至だ。

 それでも、第一六層、第一七層……と順調に進んでいって――。

 ついに辿り着いた、第二〇層。

 例のドラゴンが君臨する、最後の関門である。

『準備はいい? リッカ』

 魔導士ウィザードでも行使できる下級の補助魔法バフを自分とレーゲンに一通り掛けて、その際に消費した魔力MPが回復するまでしばしの間待機する。

『うん、大丈夫』

『それじゃあ、行くわよ』

 言って、レーゲンが移動を開始する。

 仕上げとばかりに、ナギお手製のスイーツを使用して魔法関連のパラメータを上昇させる。ヒーリングロッドを貸してもらう時に餞別として受け取ったものだ。リアルのものとは違い、我が幼馴染がこちらの世界で拵えた料理は一級品だ。

 レーゲンがドラゴンに攻撃を開始して、その注意を引き付けていることを確認すると、僕も彼女の後を追って走り出した。

 僕が取ったポジションは、先日六人で攻略した際に、他の前衛陣が立っていたドラゴンの側面だった。

 今はたったの二人なので、立ち位置に関してあまり細かな配慮は不要だ。

 僕がドラゴンに狙われるようなことがあれば、その時点でパーティは壊滅へと道をまっすぐに進むことになってしまう。

 それに、この位置からならば、ドラゴンの動作を克明に捉えることができる。タイミングが命の厳しい戦いだ。画面に表示される文字化され数値化された情報よりも、その予備動作となるグラフィックに注目していた方が早く反応できる。

 ともかく、前半戦。

 レーゲンがドラゴンに張り付き、あらゆる攻撃から僕を守ってくれる。

 僕の方は、敵の攻撃間隔と僕自身の魔法詠唱時間を計算に入れて、合間合間でレーゲンに向けて回復魔法を唱える。その直前に、ショートカットを起動して装備を変更することも忘れない。

『あれ? これ』

 戦闘中にも関わらず、何かに気付いた様子のレーゲンが言う。

『あ、気付いた?』

 恐らく、回復量がいつもよりも多いことに違和感を覚えたのだろう。

 良く一緒に行動しているから、僕の回復魔法がどれほどの効果を齎すのかくらいは把握していてもおかしくない。

『これ、ナギに借りてきちゃった』

 攻撃魔法の合間を縫った回復魔法の更に合間を縫って、チャットを続ける。

『なるほど。そういうことか。ふふ、面白いじゃない』

 彼女にしたところで、チャットのタイピングに費やす余裕など、殆ど有してはいないだろうに――。それでも、彼女は話すのを止めなかった。

『それじゃあ、ナギのためにも、私たちは負けるわけにはいかないってことね』

『そうだね』

『私たちの戦いは、まだ始まったばかりよ!』

『不吉なこと言わないで!』

 呑気な会話を交わす傍ら、僕たちとドラゴンとの死闘が繰り広げられている。

 ドラゴンが炎のブレス攻撃の予兆を見せれば、僕は既にレーゲンに向けて回復魔法を唱え始める。この辺の手腕は、ナギの動きを参考にしたものだ。

 とはいえ彼女は僧侶プリーストだから、敵の攻撃に対して取れる策は魔導士ウィザードである僕なんかよりも格段に多い。例えば前回の戦いで彼女が見せた各属性に対するバリアも、僕には使えないし、ヒーリングロッドを持っているとはいえ、回復量も彼女には遠く及ばない。それらの問題は、回復魔法を立て続けに二度三度詠唱することでどうにかカバーする。

 幾度となくピンチに陥りながらも、どうにか敵の体力を削っていく。これでも、ヒーリングロッドのお蔭か、いつもより確実に安定している。

 そして、敵の体力もいよいよ残り僅か。

『来るわ』

『うん』

 その直後、ドラゴンを中心に魔力の渦が発生した。

 奴のパラメータは格段に上昇し、行動ルーチンもより苛烈なものへと切り替わる。

 幾度となく僕たち二人を薙ぎ払ってきた、奴の本気モードだ。

 ここまでは順調だったと言っても、油断は禁物。

 相手は防御力に特化したレーゲンの体力を一撃で三割近くも持っていく化け物だ。

 レーゲンはそれまでよりも一層、敵の注意を自身に引き付けることを意識し、僕は回復魔法の比重を大きくして立ち向かう。

 具体的には攻撃魔法が一、回復魔法が三くらいの割合だ。

 僧侶と比べると僕が使える回復魔法は下級のものに限定されるため、消費する魔力MP量も控えめではあるが、他にもやるべきことのある僕の魔力はそれまでにも増して物凄い勢いで枯渇していく。事前に用意した大量の魔法薬によって、どうにか魔力を保ち続けている。

 魔法薬を使用する間に生まれた、僅かな隙。

 その間にレーゲンは強烈な一撃をもろに喰らい、瀕死状態に陥った。

 画面下に表示された彼女の体力ゲージは赤く変わり、危機的状況であることを示している。

 すぐさま僕と、彼女自身の回復魔法が飛び、絶体絶命の危機は何とか脱する。とはいえ、一瞬の気の緩みすらも許されない、非常に厳しい戦いだ。

 彼女の体力に最大限の気を配りながら、どうにか得意魔法『アブソリュート・ゼロ』を放つ。これで敵の体力は残り一割を切ったというところ。

 これなら、行けるかもしれない。

 地道にだが、しかし確実にドラゴンの体力は削り取られていく。

 だが敵も黙って殴られているわけがなく、その強烈な攻撃はレーゲンの命を刈り取ろうと次から次へと襲いくる。彼女が倒れてしまえば、後は一瞬で僕が灰にされて終了だ。

 折角ここまで来たのだ。絶対に勝ってみせる。

 レーゲンへと回復魔法を唱える。

 すると、魔力MPが底をついたので、魔法薬を使おうとして僕は息を吞んだ。

「最後の、一つ……」

 大量に用意したはずの魔法薬は、いつの間にかほぼ消費されつくしていた。

 だが、ここで躊躇っていても仕方がない。

 魔力がなければ、僕など街に住む一般人と同レベルの戦闘力しか持たないのだ。

 魔法薬を使用したことで、僕の魔力MPは少しばかり持ち直す。

 回復魔法だと三回。

 得意魔法の『アブソリュート・ゼロ』だと一回しか使えない。

 対して、敵の体力は僕のPCモニターの解像度だと後二ミリメートルほど。

 恐らく一撃では削り切れない。

 かと言って回復に回したところで、レーゲンの攻撃力では残り三回の回復魔法を使い切るまでの間に敵を倒せるとも思えなかった。

 どうしたものか迷っていると、レーゲンが敵の強烈なブレス攻撃を受けた。体力ゲージが黄色に変わり、僕を更に焦らせる。彼女の魔力は既に底を尽き、回復魔法は僕のものだけが頼りだ。

 迷っている時間はない。

 ここは、彼女を回復して――。

『リッカ、全力よ!』

 回復魔法の詠唱を開始しようとした手を急激に転換、僕は氷属性の極大魔法『アブソリュート・ゼロ』の詠唱に入った。

 一旦詠唱を始めてしまえば、僕はもう動けない。

 詠唱の進行度を示すゲージがゆっくりと溜まっていく。

 その間に、レーゲンの体力ゲージは赤く変わった。

「早く、早く……」

 もう一撃喰らえば、彼女は奮闘虚しく倒れてしまうだろう。

 それに、僕のこの魔法が発動したところで――。

 まるで一秒が一分にも一〇分にも感じられるような圧縮された時間が経過して、僕の最後の魔法が発動した。巨大な氷塊がドラゴンに直撃、辺り一面を凍り付かせる。

 そして、ついに突破不可能かと思われたドラゴンが呻き声を上げながら、その場に倒れ伏していく。

 モニターに映し出されるその光景を目にしても、僕は何が起きているのか一瞬理解できなかった。

『あれ、どうして? 今のじゃ、倒せなかったはずなのに』

 今の一撃では、どう考えても敵の体力を削り切るには届かなかったはずだ。自分の魔法の威力は、自分が一番良く知っている。

 画面下方のログボックス。

 そこに表示されたバトルメッセージから、先ほどのダメージを読み取る。

 しかしその数値は、計算上の数値を遥かに上回っている。それ以外の魔法ダメージは計算通りだ。何が何だか分からない。

『そういえば、リッカ。戦う前に、何か食べてなかったかしら?』

『え? あ、ナギに貰ったやつだね』

 このヒーリングロッドを借りる際、餞別に貰ったスイーツ。

 そういえばこれは、つい先日のアップデートで実装された新アイテムだった。

『ちょっと待って』

 僕は一度ゲーム画面を最小化し、バックで走らせたままだったブラウザを呼び出す。

 いつもの攻略サイトを開いて、アップデート情報を確認。

 そこには、ナギがくれた新作のスイーツの情報も既に記載されている。

 その記述を見て、僕は思わず笑みを零した。

『そっか。ナギに貰ったあれが、そういう効果のものだったんだね』

 そしてゲーム画面に戻って、言った。

 魔力や魔法の威力といったパラメータと異なり、そうした特殊な効果はゲーム画面では確認できないから、全く気が付かなかった。

 彼女がくれたスイーツに、ごく僅かな確率で魔法の威力を飛躍的に向上させる効果が付与されていた――らしい。

 最後の最後で運良く、それが発動したということだが……。まあ、勝ちには違いない。

『あはは。何か、最後までナギの力借りちゃったね』

 本当に頼りになる友人――幼馴染だった。

 しかし、こんな新アイテムまで作れたのか、あいつ。

 その料理への情熱を、もう少しリアルにも反映させればいいのに。

『そうね。さあ、ゴールはすぐそこよ。行きましょう』

 この先には、もう敵はいない。

 魔力はすっからかん、レーゲンに至っては体力すらも風前の灯といった体で、僕たちは頂上への階段を上っていった。

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