第五章 続・ニートとニートの物語

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『リッカちゃん、相談って?』

 荒野での戦いの後、僕はナギを連れて自室へとやってきた。

 レーゲンは今、別の場所でソロ活動に精を出しているようだ。

『私は、レーゲンを助けてあげたい』

 まずはそう切り出した。

『レーゲンちゃんを? 助ける?』

 旋風つむじはレーゲンが葉漆玲音はしちれいんであることを知らない。仮に、社会から外れた生き方をしていることに何となく気付いていたとしても、レーゲンが抱えた問題までは知らないはずだ。

『うん、まあ。いろいろあってね』

『そっか。いろいろあるんだ』

 まあ、そのいろいろについて詳しく語るわけにはいかない。この件には、僕の保身も少なからず関わっているのだ。

『詳しくは聞かないけど。いつも一緒にいるリッカちゃんだからこそ知ってることもあるんだよね、きっと』

 物分かりのいい友人、幼馴染で助かる。

『それで、何かわたしにできることがあるの?』

『うん。とりあえず、そこのベッドに寝転がってみて』

 僕はそう打ち込み、部屋の隅に設置されている天蓋付きのお姫さまベッドを指差してみせる。時価で言うと、ゲーム内通貨で軽く七桁を凌駕する高級品だ。

『こう?』

 僕の願いを聞き入れてくれたナギは、まずそのベッドに座り、そのままの流れで体を横にした。両手を揃えて頭の下に持っていき、枕の代わりとする。両脚は軽く『く』の字に曲げて、非常にリラックスした姿勢を作り出した。

 夢見る少女、といった風のキュートな絵面だった。

 胸がキュンキュンするような光景に、僕はキーボードを高速で叩き、その画面をスクリーンショットとして保存した。

 エルフ族は全体的に可愛らしさに主眼を置いたモーション付けがなされている。だから、同じくエルフ族である自分のキャラクターにやらせればいつでも簡単に再現できるのだけれど、モデルが誰か他のプレイヤーとなれば感動も一入だ。

『これから、どうすればいいの?』

 と、ナギからの疑問。

『そうだね。とりあえず武器外してみてくれる?』

『あ、そうだね。寝るのにこんな杖持ってたらおかしいもんね』

 そう言って彼女は、装備していた『ヒーリングロッド』を外した。

 性能もさることながら、僕たち三人で取りに行ったことで思い入れも深いのだろう。今やすっかり彼女の愛用品となっている。

『あ、いい感じ』

 うん、やっぱり寝る時には丸腰であるべきだ。

 僕は再びコマンドを入力し、今の画面をスクリーンショットに保存する。

 これは次回のスクリーンショットコンテストにでも応募してみるとしよう。

『これでいいの? こんなことでレーゲンちゃんを助けてあげられるの?』

『そうだね、あとは服脱いでみてくれる?』

『分かった。寝るのに服なんか着てたらおかしいもんね』

 相手に何か頼みにくいことをお願いする場合、まずは簡単なことから初めて、徐々にその内容をランクアップさせていくと成功しやすい。以前某オンライン百科事典を適当にサーフしていた時に、心理学についてのそういう記事を読んだことがあった。

 僕の巧みな話術に乗せられて、彼女はあっさりと全ての装備を外した。

『いいよ、すごくいい』

 グラビア撮影のカメラマンみたいなことを言いながら、僕は三度スクリーンショットを撮影。こうして僕のスクリーンショットフォルダは充実していくのだ。

 とはいえ、これは全年齢対象のゲームだ。外せるといってもローブや靴、手袋に帽子くらいなもので、全ての装備を外した状態でも下着は残る。それでも、美少女が下着だけのあられもない姿でベッドに横たわっているその光景は、非常に絵になった。

 これで天賦の才に恵まれた人間が筆でも取れば、市の美術展くらいなら出品できるかもしれない。残念ながら、僕にその才能はないけれど。

『って、これ絶対おかしい!』

 ナギは急にそう言ったかと思えば、ベッドから立ち上がって、元通りにローブなどを装備し直した。

『騙されるところだったよ、リッカちゃん』

 いやあ、騙されるところっていうか、完全に騙されてたけどね。

『あはは。ちょっと調子に乗っちゃった。ごめん』

『まあ、いいんだけどね。これはゲームだし、それに、女の子同士だしね』

「うぐ……」

 ナギから飛び出したその無垢な言葉に、PC画面を見つめていた僕は息が詰まる思いだった。

 旋風はネットの地下世界に明るくない。だから、中の人が女の子ではないかもしれない、などという発想自体が欠如しているのだろう。

『全く、ナギは無防備だなあ』

『やらせた本人がそういうこと言うんだ!』

『いやでも、さっきのすごく可愛かったよ。私の部屋のカレンダーにしたいくらい』

『やめて! いくらゲームのキャラクターでも何か恥ずかしい!』

『代わりに私の画像もカレンダーにしていいから』

『いや、わたしにそんな趣味はないから』

 やはり彼女との会話は楽しい。

 中の人が旋風だと判明してからというもの、僕が彼女に対して発する冗談の数はウナギ上りだ。

『何か、不思議』

 そんなやり取りの最中、ナギが言う。

『リッカちゃんと話してると、あいつと話してるみたい』

 ぎく。

『あいつ?』

 僕は冷静を装いながらそうタイプする。しかし、リアルの僕は心臓が一六ビート以上を刻んでいたように思う。

『うん。こないだ話した、あいつ』

『あはは』

 謎の笑い声を発する。リアルの僕は決して笑っていられなかったけれど。

『リッカちゃんみたいに、いつもしょうもない冗談ばっかり言ってくるの』

『まあ、私みたいな人間ってどこにでもいるからね』

 これからは少し自重しよう。

 こんなことを続けていては、いつボロが出たものか分かったものではない。

『それで、リッカちゃん。レーゲンちゃんのこと』

『うん?』

『まさかレーゲンちゃんを助けたい、っていうのも冗談ってことはないんでしょ?』

『あ、うん。そうだね。クレタ人と私は噓をつかないことで有名だからね』

 そんな決意もどこへやら、さっそくいつもの軽口が飛び出してしまった。

『それが既に噓っぽいんだけど』

 そうやっていちいち小気味よい反応を返してくれるものだから、僕はいつだって下らないことを言いたくなってしまうのだ。つまり、旋風が悪い。

『でも、レーゲンのことで、ナギにお願いがあるのは本当』

『うん、分かってるよ』

 ナギのスクリーンショット撮影会については、まあ一種の保険というか、あくまで予備の策に過ぎない。

 僕がレーゲンを――葉漆を救うために考えている作戦には、もう一つやるべきことがあった。むしろ、そちらが本命であるとさえ言える。

『それじゃ、ナギ。一つお願いしてもいいかな』

『うん、いいよ。わたしに出来ることなら何でも言って。リッカちゃんの力になりたいし、レーゲンちゃんのためでもあるというなら、わたしは協力を惜しまないつもり』

 頼もしく、ありがたい幼馴染の言葉。

 そしてこれは、その幼馴染からの頼みだ。僕としても無下にはしたくない。

『少しの間、ヒーリングロッドを貸してほしい』

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