5

 ある日の夜。

 厳しい寒さの続くリアルとは打って変わって、灼熱の太陽が照り付ける荒野。

 そこに僕、レーゲン、ナギの三人が揃っていた。

 僕たちは三人で、迫りくる魔物たちと相対していた。

『ナギ、毒をお願いできるかしら』

『うん。すぐに治すよ』

 レーゲンが言うと、ナギはすぐに対応し、毒治療の魔法を唱える。

『ありがとう』

『いえいえ。これがわたしの役目だからね』

『ナギは本当に頼りになるわ』

『ふふ。ありがとう』

 レーゲンとナギ。

 葉漆はしち旋風つむじ

 リアルでは複雑な事情が絡み合って離れてしまったこの二人も、この世界では何のしがらみも持たない友人同士だ。

 彼女たちはお互いの正体を知らないのだろう。

 中の人が、疎遠になってしまった昔の友達だとは思ってもいないだろう。

 ただ僕だけが、ひょんなことからその奇妙な関係性を知ってしまった。

「本当、リアルって奴はろくでもないな」

 実感の籠った独り言を零しながら、魔物たちとの戦いが繰り広げられているPC画面に見入っている。

『流石はナギ。私が見込んだ、次世代廃人のホープなだけあるわ』

『何かやだなあ、そのホープ』

 僕は言う。キーボードを高速で叩き、そんな呑気な会話を続けながら、しっかり魔導士ウィザードとしての職務もこなしていく。

 やがて、僕の得意魔法『アブソリュート・ゼロ』が発動し、ターゲットとした魔物を中心に強力な氷属性のダメージが炸裂する。

『わたしは廃人にはなれないよー』

 敵の集中攻撃によって体力が低下したレーゲンに、ナギの回復魔法が飛ぶ。

 彼女もまた、チャットを途切れさせることなく、自身に課せられたタスクを難なくこなしている。このネット回線を挟んだ向こうで、旋風は一体どんな顔をしてキーボードを叩いているのだろうか。

『そうは言うけど、結構いいものよ? 廃人生活っていうのも』

 レーゲンが新たに出現した魔物へと牽制の魔法を放つ。

 彼女がそこにいる限り、並の魔物ではその防衛ラインを突破することはできない。

『いや、ちょっとレーゲン。あまりナギを悪の道に引きずり込むようなことは言わない方がいいんじゃないかな』

『あら、そう?』

 このネット回線の向こうには、葉漆もいる訳だ。

 本当に妙な関係性である。

 この可愛らしいエルフ族の女魔導士ウィザードの正体が僕だと知ったら、あの二人は一体どんな顔をするのだろうか。

 旋風はきっと、内心軽蔑しながらも、いつものように接してくれるのだろう。その腫れ物に触れるような態度が、逆に僕の心を締め付けるのだ。

 葉漆はもっと直截的に、僕のことを散々罵ってみせることだろう。その歯に衣着せぬ物言いに、僕の心はズタズタに切り裂かれるのだ。

 僕は別に、被虐趣味など持ち合わせていないから、そんなことになって喜ぶことはできない。だから、何が何でも隠し通さねばならない。これは墓場どころかあの世まで持っていくべき最高機密だ。

『こんな関係がいつまでも続くといいんだけどね』

 と、レーゲンが言った。

 リアルでの旋風とのことを念頭に置いた発言であるように、僕には思えてならなかった。

『そうだね。でも、この世界もいつか終わって、なくなっちゃうのかな』

 レーゲンの憂いを帯びた言葉に、ナギが返す。

 これが一企業によるサービスである以上、いずれ終焉は訪れる。

 実際に、既にサービスが終了したオンラインゲームも存在する。現在このゲームは国内最大の同時接続数を誇り、世界的にも人気を博しているけれど、世の中に永遠などという生ぬるい言葉は通用しない。このゲームにも、やがてその時は来るのだろう。

 僕たちプレイヤーは、できる限りそのことを考えないように冒険者生活を楽しんでいる。

 このゲームが終了した場合、僕やレーゲン――葉漆のような廃人はどうするのだろう。

 僕にとってこのゲームは生き甲斐と同義だ。

 でも、少なくともナギ――旋風にとってはそうではないだろう。

『そうね。そうなった時、私は何をしているのかしら』

『あはは。想像も付かないや。大学生、いや、もう就職してるのかな』

『どうかしらね。このところ不況続きだから、就職難に嫌気が差して案外ニートになってるかもね』

『レーゲンちゃん、事あるごとにわたしをニートにしようとするよね』

『そんなことはないわ』

 僕は何も言わず、二人の会話を眺めている。

「将来、か」

 画面に向かって呟き、手元のペットボトルを一口。

 まだまだ先のことだが、いずれは考えねばならないことである。

 何も旋風に言われるまでもなく、僕だってそれなりの危機感を持って日々を送っているのだ。

「でも、先に進まなくちゃあな……」

 レーゲンなら――葉漆なら。

 かつて夢を持っていた、彼女なら。

 未だに夢を諦められずにいる、彼女なら。

 ここから先へ、踏み出せるはずだ。

 でもそれは、僕だって同じことで。

 やりたいことが見付からなくたって、やらなければならないことは見付けなければならないのだ。

 やがて来る終焉の時に備えて。

 やがて来る旅立ちの時に向けて。

『ニートなんて、なるもんじゃないよ』

 僕は、いつになるか分からないけれど……。

 少なくとも葉漆は、今、動き出せるはずだ。

『リッカちゃん?』

『リッカの言う通りね。前途多望な若者が見据える将来ではないわね』

 自分のことを棚に上げて――いや、念頭に置いてだろうか、レーゲンはそんなことを言った。

 でも、お前はここから歩き出すんだ。

 そのための手助けくらいなら、僕がやってやる。

『何だか急に真面目な話になっちゃったね』

 ニートとニートと女子高生。

 ここから、ニートが一人、何者かに生まれ変わる。

 そのために、いろいろと考えてみたけれど、たった一つだけ考えがあった。

 そう簡単にうまく行くかどうかは分からない。

 でも、ただのニートたる僕にできることなんか、このくらいしか思い付かなかった。

 僕だからできること。

 リッカだからできること。

 レーゲンの親友である、リッカだからできること。

『ナギ』

 そして、僕は彼女に――葉漆の友人である旋風に、一対一メッセージを送信した。

『後で相談があるんだけど、いいかな』

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