2
とある休日。
この日もマンガの新刊を買いに、僕は外へと出た。
暦の上では春がやってきてしばらく経つけれど、北国の冬は長い。
雪が何層にも積もり重なって天然のスケートリンクと化した路上を、北国の人間が漏れなく所有する特殊スキルによって器用に歩いて書店へと向かう。
もう少しすると雪解けが始まり、路面は溶け出した雪によって次のフェーズへと移行するのだが、現地の人間からしてみればむしろ今のこの状態の方が歩きやすい。
歩き始めて十五分ほどすると、馴染みの書店が見えてくる。
その書店の入り口付近、夏ならば駐輪場として利用されているスペースに、何やら見覚えのある人影が見えた。
その数は二人分。
一人は、僕が今更見紛うはずもない幼馴染だ。
そして、もう一人――。
「それでね……その、
「……はあ」
不機嫌そうな表情を隠そうともしないその少女こそ、
あの二人、一体何をやっているんだろう。
そういえば
僕は脳裏に、二週間ほど前の出来事を思い浮かべて、一瞬戦慄する。同じく元同級生だという三人組と葉漆が揉めていた、あの日だ。
「最近、どうしてるの?」
「どうもこうもないわ」
「今、何してるの?」
「見て分からない? 私はこの店に買い物に来たのよ」
「あ、そ、そうだね。ごめん……」
そちらへと近付いていく間にも、彼女たちの会話は続く。
会話、というには――いや、一応会話として成り立ってはいるのだけれど――それはあまりにも、旋風からの一方的なものであるように見受けられる。葉漆の方はさっさと打ち切って自分の用を済ませたい、といった風だ。
何が旋風をそこまで駆り立てるのだろうか。
「……よう、旋風。それに、葉漆」
何となく気掛かりだったので、接近して声を掛ける。
葉漆とも知らない間ではないし、やはり無視するわけにもいかなかった。
「あ、往人……」
「
二人が僕に気付き、こちらを向いた。
「ああ、なるほど」
葉漆が僕の方を見ながら、言う。
「あんたの言ってた友達っていうのは――この娘のことだったのね」
「ああ、まあ、そういうことだ」
「ふうん。本当に実在する人間だったのね。いや、全然全くこれっぽっちも疑ってはいなかったのだけど」
「そうかい……」
もう、こいつのこういう物言いにも慣れつつあった。
「それで、お前らこんなところで何してんの?」
「あ、それはね――」
「私はただ買い物に来ただけよ。なのに、その娘が急に声を掛けてくるものだから」
何かを言いかけた旋風を、葉漆の不機嫌そうな言葉が抑え込む。
「葉漆さん。わたしは――」
「ごめんなさい。あなたのことは嫌いではないけど――あなたを見てると、どうしても思い出すのよ」
そう言った葉漆の表情は、それまでのものとは異なった、柔らかいものだったけれど……。どこかに憂いのようなものが込められていて、触れただけで簡単に壊れてしまいそうだった。
「思い出す……?」
「ええ、そうよ。あの頃の自分を――消し去りたい、過去の自分を」
「……」
その言葉に、旋風は何も言わずに黙り込んだ。
「時間は決して巻き戻らない。私たちも、あの頃には戻れないのよ」
「葉漆さん……」
この間みたいに面倒事になることはなさそうだけれど……。
今、旋風も葉漆も、酷く辛そうな顔をしている。
僕はこの件に関してまるで部外者だ。二人の間に過去、何があったのかは知らないけれど、そこに僕の入り込む余地などない気がした。
「それじゃ、ごめんなさい」
旋風から視線を逸らしながら、葉漆が言う。
それはあの時に見せた、あの三人に対する態度とは、まるで違っていた。何か、思うところがあるのだろう。
「何をぼさっとしているのよ、新戸往人」
「へ? 僕?」
急に名前を呼ばれて、つい間抜けな声が出てしまった。
「そうよ、それともニートと呼んだ方が良かったかしら? ふふ、名は体を表す、けだし名言じゃないの」
「先祖代々の由緒正しき僕の名字に何てこと言いやがる」
「あら、それをそうさせたのはあんたの不甲斐なさでしょう」
「……まあ、そうだが」
「ほら、行くわよ。あんたもどうせ、この店に用事があって来たんでしょう」
そう言って、僕の手を強引に引いて歩き出す。
「あー、悪い、旋風。何かそういうことみたいだから」
「う、うん……」
当惑している様子の旋風をその場に置き去りにして、僕たちは暖房の効いた店内へと歩を進めていった。
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