第四章 ニートと元同級生の物語

1

『ほんと、あいつってばわたしがいないとダメなんだから』

 ここは僕の自室。

 自室と言っても、ゲームの世界の方だ。

『ま、まあ。相手の人にもいろいろ事情はあるだろうし』

 この日も、突然訪ねてきたナギによる、リアルでの愚痴大会が開催されていた。

『あいつは甘やかしちゃだめなんだよ。ダメ人間なんだから』

 うーむ、こいつ、内心そんなことを考えていたのか。

『いや、でもダメ人間だって日々一生懸命生きてるんだよ』

『何、リッカちゃん。随分あいつの肩持つね』

『別にそういうわけじゃ』

 まあ、そういうわけなんだけどさ。

 だって、そいつの肩は僕の肩なのだから。僕の肩を僕が持たずして、誰が持つというのだ。誰か持ってくださいお願いします。

『でも、仲直りできたみたいでよかったよ』

 できたみたい――も何も、僕がその当事者なわけで……。

 何だかよく分からないことになったものである。

『うん、ありがとう。リッカちゃんのおかげだよ』

『いえいえ、どういたしまして』

 その恩人である私――あ、いや、僕に対して、一度『バカ』と言っていたことは、まあ忘れてあげよう。

『きっとその人もクッキー、おいしく食べてくれたと思うよ』

 味はしなかったけれど……まあ、旋風つむじの気持ちはありがたく受け取った。

 空腹が料理にとっての最高のスパイスなら、そこに込められた気持ちは最高の和三盆だ。あれ、全然上手いこと言えなかった。

『あれ? わたしクッキーなんて言ったっけ?』

『え』

 うげ、しまった。

 僕はお菓子を作って持っていけと言っただけで、その種類まで指定していなかったか。

『いや、手作りお菓子と言えばクッキーかなあって』

 手には嫌な汗が滲み、キーボード上を滑っていくようだった。

『あ、そういうことか。まあ、そうかもね』

 ほっ。

 どうにか誤魔化せたようだ。

 まあ、いくらなんでもこのエルフ族の可愛らしい魔導士ウィザードが、ダメ人間こと新戸にいど往人だとは思いもよらないだろうけれど。

『ふふ。あれ、わたしの自信作だからね。あーあ、リッカちゃんにも食べさせてあげたかったなあ』

『あはは。ナギの作るお菓子だから、きっと美味しいんだろうなあ』

 あれ、自信作だったのか……。

 お前一度、ちゃんとしたところで修業してこいよ。

 ちなみに、普段盲目的に旋風のことを慕っている紗奈ですら、あのクッキーには苦言を呈していた。『雨が降った次の日の、かぴかぴに固まった泥を食べているようだよ』とは彼女の言である。

『これを機に、あいつはもっとわたしの有難さを理解して、崇め奉るべきだと思うんだよ』

『ナギは神様になりたいの?』

 やだなあ、そんな宗教……。

『あら、ナギもここにいたのね』

 そんな会話を繰り広げていたところ、僕の部屋へとレーゲンがやってきた。

 この二人には、この部屋へと入る権限を与えている。逆も然りで、僕は彼女たちの部屋へと自由に入ることができる。

『あ、レーゲンちゃん。こんばんは』

『こんばんわー』

『何をしてたの?』

 レーゲンが僕たちに問いかける。

『あ、ちょっとダメ人間の話をね』

 ナギがそれに答える。

 いやしかし、だからダメ人間って……。

 本人、ここにいますからね!

『それは興味深い話ね』

 そして君はこの話のどこに興味を引かれたの?

『レーゲンちゃん、話が分かるね』

『ええ。私はこれでも、ダメ人間に関しては一家言持っているつもりよ』

『そうなんだ』

『ダメ人間が割と近くにいるものだから』

 いろんなところにいるなあ、ダメ人間……。

『何か、レーゲンちゃんとはこの件で盛り上がれそうだね』

『ええ、そうね』

 妙なところで意気投合する二人。

『楽しいの、その話?』

 たまらず口を挟んだのが僕。

『リッカちゃんは身近にダメ人間がいないから分からないかもしれないけどね。この苦労を誰かと分かち合いたい時もあるんだよ』

『ナギの言う通りね』

『そ、そうなんだ』

 しかし、幼馴染の見てはいけない側面を見てしまったような気がする。

 これではより一層、正体を明かすわけにはいかない。

『それでね、あいつってば。あ、あいつっていうのはわたしの知り合いなんだけど』

『ふむふむ』

 それから、二人によるダメ人間談義が始まった。

 どこかへ行こうという僕の提案に乗って、三人で適当に魔物と戦いながらも、そのトークは深夜近くまで続くのだった。

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