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『うわー、綺麗な場所だね』
これが最上階に辿り着いて、その景色を目にしたナギの感想だった。
地上二〇層の更に上層にあたるこの場所からは、僕たちの冒険の舞台である世界を一望することができる。そういえば、僕も初めてここに来た時には感動したものだ。
『まあ、今日は生憎の天気なんだけどね』
僕は言う。
そういえば、ダンジョンに入る前、外は雪が降っていたっけ。
『晴れてたら、街も見渡せるんだよ』
本来街が見えるはずの地点へとキャラクターを移動させ、そちらの方向に向かって指差して見せる。
『あっちの方が、わたしたちの街なんだね』
『うん』
まあ、このダンジョンと街とはデータ上、別のエリアとして存在している。だからこの雲の先にあるあの街は演出上のいわば張りぼてでしかないのだけれど――そんな野暮なことは言うまい。
『それより、ダンジョン制覇おめでとう。これでナギも、廃人への道を踏み出したことになるね』
僕が拍手のアクションを実行すると、他の四人もそれに倣う。
『ありがとう。で、いいのかなこの場合』
ナギは照れくさそうに首の辺りを掻く。このゲームではこういった細かなアクションも実装されている。
『わたし、廃人になっちゃうの?』
『いやまあ、別に無理してならなくても』
『廃人なんてなるものじゃないわ』
僕が言うと、レーゲンがこの話題に食いついてきた。
彼女は僕に匹敵するほどの廃人だから、何か思うところがあるのかもしれない。
確かに、僕みたいなニートならばともかく、ナギは普通に学校に通っているようだからゲームは程々にしておくのがベターでありベストだ。ゲームは一日一時間、などという時代では全くないけれど。
『そういえば、リッカちゃんとかレーゲンちゃんって、いつ寝てるの? 学校とかどうしてるの?』
素朴な疑問とばかりに、ナギが言う。
僕はまあ、この通りの生活だけれど――そういえばレーゲンに関しては謎が多い。とはいっても、他人のリアルに深入りしないという僕のスタンスに反することになるからわざわざ聞くつもりもない。
レーゲンのリアルがどうかはさておき、ナギは僕のことを普通の女子高校生だと思っている。その『女子』という部分もまた大きな問題を孕んでいるのだが……それはともかく。
同じく高校生だと思っている人間の実態がニートだなどとは、彼女は露とも思っていないらしい。この質問、どう答えたものか。
『私たちレベルになると、一日の睡眠時間は三時間もあれば十分なのよ』
返答に窮していると、レーゲンがそんなことを言った。
本当かもしれないし、噓かもしれない。
きっと彼女にしたところで、僕のように崩れた日常を送っているであろうことは、いつも朝方まで一緒に遊んでいる僕ならば何となく想像がついた。
でも、この純朴で純粋な現役高校生に、駄目な同世代の見本を提示するわけにはいかなかったから、ちょうどよかった。
『そ、そうなんだ。リッカちゃんも?』
『私は二時間半で大丈夫だよ』
……無意味に張り合ってしまった。
実際の僕は少なくとも六時間くらいは寝ないと活動を維持できない。
『あ、違ったわ。私は二時間二五分よ』
無意味に張り合ってきた!
『じゃあ私は二時間二〇分』
さながら競売のごとくに、更に張り合ってみる。
何だこの寝てないアピール。
寝てないアピールがかっこいいのは中学生までだと、僕もレーゲンも知るべきだった。
『じゃあって何よ、リッカ』
『厳しいなあ』
気心知れた仲ならではの下らないやりとり。
『あはは。二人は本当に仲良いよね』
そんな僕たちの様子を見ていたナギが言う。
『まあ、私はリアルで友達いないのだけどね』
『そうなの!?』
『そうなの!?』
突然すぎるレーゲンの告白に、僕とナギのリアクションがシンクロした。
まあ、僕にしたってあまり偉そうなことは言えないけれど……。唯一とも言える友達とは只今、絶賛ケンカ中であるわけだし。
そういえば僕は、恋人持ちという設定になっているのだったか。面倒な設定を作り上げてしまったものである。
『何なら、リッカが初めての友達よ』
『ごめん。何て言ってあげたらいいのか分からない』
ナギは困惑しているようだ。
きっと普通の高校生には理解しにくいことなのだろう。
『ま、それはさておき。そろそろ帰りましょうか。もう結構な時間になってしまったもの』
それまでの残念な発言から一転、リーダーとしての自覚を取り戻したらしきレーゲンが告げる。
『そうだね。あ、ほんとだ。もうこんな時間なんだ。明日休みだからいいんだけど』
僕にとっては、毎日が休みなのだけれど。
そんな思いもあって、僕はナギの発言に対して何も言えなかった。
レーゲンはどう思ったのだろうか。ともかく、彼女も僕と同様、特に何を言うことはなく、そのまま持参したワープアイテムを使って一足先に街へと帰還した。
『じゃあ、わたしたちも帰ろうか』
『ちょっと待って』
街へとワープしようとする彼女を、一対一メッセージで呼び止める。
『どうしたの?』
『友達、のことなんだけど』
『え? レーゲンちゃんの話?』
『いや、そうじゃなくて。ここ来る前に話してた』
『ああ、そんなこともあったね』
口では――というか文字ではそう言っているものの、ログインしてきた時の様子から察するに、そうやすやすと忘れられるものではなかったはずだ。
『考えたんだけどね』
ダンジョンに突入する前に、それなりに高級な素材を使ったアイテムを貰ったこともあるし……。何よりも、大切な仲間の力になりたかった。今や僕にとってはこちらの世界が全てなのだから、少しでも頼れる自分でいたかった。
『相手は、男の子なんだよね?』
『え、そうだけど』
『お菓子でも作って、持っていくっていうのはどうかな』
ダンジョン攻略の間、ずっと考えていたことを告げる。突入前にスイーツを貰ったことがヒントとなった。
『うーん。でも何かそれだと、わたしが仲直りしたくて餌付けしてるみたいじゃない?』
餌付けって……。
よく分からないけれど、その相手も苦労しそうだな。
『お菓子はあくまで訪ねる口実だよ。そうだね、「調理実習で作りすぎちゃって、一人じゃ食べきれないから」とか言って』
『ふむふむ』
『男なんていうのは単純だからね、それで勘違いしてナギのこと見直すと思うよ』
まあ、ソースは僕――ということでいいか。
それをやられたら勘違いする自信がある。
『だからそんなんじゃないってば!』
誰もそこまで言ってないのに、そうやって全力で否定する辺りが怪しいですな。
言わないけど。書かないけど。
『でも、そうか。それならできそうかも。何とかして、あいつに謝らせる』
『がんばってね』
『さすがはリッカちゃんだね。男の子の気持ちが分かってる』
『うん、まあね』
そりゃあ分かるよね……。
彼女の言う『さすが』というのはつまり、彼氏持ちの女の子に対して『さすが』という意味なのだろう。勢いで吐いた噓が、ここに来て僕の発言の後押しをしてくれたわけだ。
まあ、彼女を騙していることへの罪悪感に、まるで心臓をロンギヌスの槍で串刺しにされた気分だった。
『それじゃあ、私たちも帰ろうか』
ともあれ、ナギも納得してくれたようだし、後は彼女たちの間がうまく行くことを祈るばかりだ。ああ、後は相手側の無事を、かな。
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