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まあ、その辺のことはともかくとして。
それからしばらくしてレーゲンがログインしてきた。こうして僕たちが三人揃うのも久し振りのことだ。
以前、ナギをフリズスキャールヴに案内する約束をしていたことを思い出した僕は、その時点でログインしていた他のギルドメンバーにも声を掛けた。
僕、レーゲン、ナギ、それに三人を加えて六人のフルパーティを作る。
僕が
ナギのテレポート魔法によって、フリズスキャールヴが聳えるフィールドへと六人全員で飛び、ワープ地点からは徒歩で向かう。辺りにはわらわらと魔物たちが蠢いているが、僕たちにとっては全くもって脅威にならない。
ふと、ナギから一対一メッセージが届いた。
『リッカちゃん、これ』
するとナギが僕に何かを渡してくれる。
『わたしお手製のスイーツ。さっき愚痴聞いてくれたお礼に』
僕が
画面に表示されたのは、その中でも作成に高い技術を必要とする一品だ。僕はマウスを操作して『OK』と書かれたボタンを押す。すると、僕の鞄には彼女の自慢の一品が収まった。
『ありがとう』
食品アイテムは、使用することで特定のステータスが上昇する。
このスイーツ類は――糖分によって脳が活性化することから来ているのだろう――
『結局、何の力にもなれなかったけどね』
『あはは、いいよ。リッカちゃんに聞いてもらえただけですっきりしたから』
『そっか』
雪の降りしきる雪原を、六人でぞろぞろと行く。
やがて天にも届きそうなほど高く聳える、目的地が姿を現した。
『準備はいい?』
リーダーを買って出てくれたレーゲンが告げる。先ほどナギが僕に送ってきた一対一メッセージとは異なり、パーティメンバー全員がその受信範囲だ。
『な、何か緊張するな』
と、ナギ。
『大丈夫だよ。ここにいるのはみんな仲間だから』
そんな彼女を勇気づけようと僕が言うと、他のメンバーも僕に続いて様々な励ましの言葉を発する。
そして、初挑戦のナギに全員で一通りの説明やアドバイスを済ませると、いよいよ神の高座フリズスキャールヴへと突入した。
『なんか、すごいところだね』
ダンジョン内部、第一層。
他のメンバーよりやや遅れて現れたナギは、中の光景を見てそう感想を漏らした。
彼女はこのダンジョンに初突入であるがゆえ、初回のイベントが発生したはずだ。遅れて現れたのは、それが理由だろう。
『ナギはよく分からないだろうから、基本的に私の近くにいてね』
僕は彼女にそう告げる。
『うん、分かった』
このゲームにおいて、位置取りはかなり重要だ。
変なところにいると余計な敵に襲われる可能性があるし、前衛陣に近づきすぎていると敵の範囲攻撃に巻き込まれてしまう。
『じゃあ、行くね』
そう言ったのはレーゲンだ。
彼女は
レーゲンが近くにいた魔物の一匹に向かって光属性の魔法を放つ。
これはダメージを与えることよりも、敵の注意を自身に向けることを主眼に置いたものだ。
魔物はレーゲンに向かって移動を開始。
それと同時、その近くにいた魔物数匹もまた、レーゲンへと襲い掛かる。
オンラインゲーム用語で『リンク』と呼ばれる現象だ。簡単に言うと、魔物同士の仲間意識のことである。
後衛陣も負けてはいられない。
僕の左隣に立つドワーフ族の
ナギの的確な判断による回復魔法の効果も相まって、面白いほど簡単に魔物たちはその数を減じていく。
勿論、レーゲンと二人の時は、ここまで単純ではない。不足している四人分の働きを、たった二人で請け負わなければいけないのだから。
『こんな感じでいいのかな』
第一陣を退けたところで、ナギが問う。
『うん、大丈夫。その調子だよ』
こうしてみれば、やはり彼女は筋がいい。
味方の
これで一線級の装備が整えば、晴れて廃人プレイヤーとしてデビューを飾れることだろう。本人にそこまでの気があるかどうかは別として。
少なくともこの場合は、今彼女が手にしている鮮やかな銀色の杖、ヒーリングロッドがあればお釣りが来るほどだ。これはこの間、レーゲンと三人で取ってきたものだ。
その後もレーゲンの判断で進行ルート上邪魔になっている魔物たちを順調に殲滅していく。五層ごとに現れるボスモンスターたちも軽く蹴散らし、僕たちのパーティは上層へ上層へとその歩を進めていく。
やがて辿り着いた第二〇層。
レーゲンと二人で幾度となく挑戦し、そして散ってきた因縁深い場所だ。
ここまでは一人の戦闘不能者を出すこともなく、順調すぎるほど順調な展開だった。
しかし、この先もそう上手く行くとは限らない。
廃人レベルの僕とレーゲンがいる限り、この人数で負けることがあるとは思えないけれど……。それにしたって油断は禁物だ。
僕たちの前方、十数メートルの地点に巨大で邪悪なドラゴンが君臨している。このダンジョンのラスボスにして、僕とレーゲンにとっての最大の目標だ。
『じゃあ、さらっと説明するわね』
リーダーのレーゲンが口火を切って、作戦会議が始まる。
それが終わると今度は入念な戦闘準備だ。プールに入る前に準備体操が重要であるのと同様、戦闘前の準備は重要なファクターを占める。
ナギがパーティ全員に各種
とりあえず自身の強化として、先ほどナギに貰った特製スイーツを口にしておく。フルーティで芳醇な香りと、口に入れた途端に蕩けていく絶妙な食感を堪能した。……ような気がする。ともあれこれで、僕の魔力は格段に上昇した。
『行くわよ』
やがて、ここまでの道中で雑魚敵に対して行っていたように、レーゲンが先鋒を切って大ボスのドラゴンに魔法を放つ。
それに反応して、ドラゴンはその巨体でフロア全体を揺るがしながら徐々にこちらへと近付いてくる。
僕たちは作戦通りに配置につく。
敵の注意を引きつけるレーゲンだけがドラゴンの正面に陣取り、前衛の残り二人、
これまでの経験上、僕はこの配置がベストだと考えている。
この魔物は時々強烈な炎のブレス攻撃を放ってくるのだが、その効果範囲はドラゴンの正面、左右四五度ずつの合計九〇度だ。この配置ならばその炎攻撃が来ても受けるのはレーゲン一人で済むし、仮に前衛のどちらかがそのターゲットになったとしても後衛である僕たちには攻撃が当たらない。
敵からのダメージを最小限に食い止めることは、
『麻痺』
ふいにレーゲンのメッセージが表示される。戦闘中なので主語も述語も省いた酷くシンプルなものだ。まあ、彼女はその気になれば雑談をしながらでも死闘を潜り抜けることができるのだけれど。
それは敵の特殊攻撃によってステータス異常に罹患してしまったことを告げるものだ。
様々なゲームでメジャーなものだから最早説明は不要かもしれないけれど、麻痺状態になると行動が大幅に阻害されてしまう。パーティの
しかしナギは、レーゲンの申告がある前に既に動いていた。
初挑戦とはいえ、興味を持っていたようだったから、ボスの行動くらいはある程度把握していたのだろう。レーゲンが麻痺を喰らって、それをキーボードでタイプする僅かのラグの間に、治癒魔法の詠唱を始めていた。その辺のことも含めて、前途有望なプレイヤーである。
それからも、ナギの適切な判断がパーティの大きな力となった。
敵が特殊攻撃の前兆を見せれば、対応する属性防御魔法を唱える。味方への
僕は攻撃魔法を詠唱する傍ら、そんな彼女の動きを一挙手一投足とて見逃すまいと観察し続けていた。廃人である僕でさえ、彼女からは学ぶところがたくさんあった。
『そろそろ本番よ』
ここでまた、レーゲンのメッセージ。
ここまでは順調に来られたが、この最終フェーズで脱落してしまった、などという体験談は、ネット上で枚挙に遑がない。
現に僕も、レーゲンと二人で挑戦した際にいつもここでリタイアしているのだ。
間もなく、ドラゴンを取り巻くように魔力の流れのようなエフェクトが発生。ついに最終フェーズだ。
ステータスが飛躍的に向上したドラゴンの通常攻撃。たったの一撃で鉄壁の防御力を誇るレーゲンの
あんなものを僕やナギが喰らってしまえばひとたまりもない。
すぐさま高位回復魔法がレーゲンに向かって放たれる。
二人の時は僕の拙い回復によってジリ貧状態に陥るものだが、流石に本職の
熾烈を極めるドラゴンの最後の抵抗。
しかし、きっちり六人揃えてやってきた僕たちにとってはその程度、大した問題にはならない。
『もう少しよ。全力で行きましょう』
レーゲンの指示に従い、僕たちは全ての力を開放する。
やがて、通算何発目になるのか分からない僕の得意技、氷の極大魔法『アブソリュート・ゼロ』が炸裂すると、大ボスたるドラゴンは弱々しく嘶いてフロアに倒れ込んだ。
『やった!』
その場で踊り始めるなどして喜びを表現するナギを見て、やっぱり誘ってみて良かったな、と思った。
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