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『全く失礼しちゃうよね』

 旋風つむじによる突然のお宅訪問があった、翌日の夜。

 ようやく試験が終わったということでおよそ二週間振りにログインしてきたナギは、何だかご機嫌斜めだった。

『まあまあ』

 場所はこちらの世界での僕の部屋。

 冒険者用の集合住宅の一室である。

『あいつってば、わたしの気持ちなんかひとつも分かってないんだから』

 何でも、リアルで友達とケンカしたとかで、僕の部屋へと愚痴を言いにやってきたらしい。そんなわけで、言葉遣いが若干乱れている。

『まあまあ、落ち着いて』

 前日、僕もそういえば旋風とケンカしたばかりであることを思い出しながら、ナギを宥めにかかる。うーん、みんなそれぞれ、青春してるね。

『落ち着いてるよ、わたしはいつだって』

『そうは見えないけど』

『何、リッカちゃんはどっちの味方なの?』

『ええー』

 何というとばっちり。

 早いところいつもの大人しいナギに戻ってほしい。

『そりゃ、ナギの味方だよ。私はその人のこと、知らないし』

『それもそうだね』

 ほっ。

 会ったこともない人間のせいで、僕たちの間に亀裂が入ってはたまらない。

『その人って、男の子?』

 とりあえず一安心して、適当な話題を振ってみる。

『うん、まあ、ね』

『ナギはその人のこと、好きなの? 付き合ってたり』

 少しだけ気になったので、さらに掘り下げて聞いてみる。

『え? ないない! 絶対ないから!』

『ほんとー?』

『ほんとだよ! そりゃ、時々優しかったり、いざという時に頼りになったりするけど。でも、それだけは絶対にないから!』

 あー、これは完全にあれですな。

 しかしこれ、世間一般で言うところのガールズトークというやつではなかろうか。何だか踏み込んではいけない領域の更に奥まで到達してしまったような気がする。こうなると余計に正体を告白できなくなる。

『大体、そう言うリッカちゃんはどうなの?』

『え、私?』

『うん。付き合ってる人とか、いるの?』

 迂闊なことを聞いたものだから、こっちに飛び火してしまった。

 どう答えたものか……。

『まあ、一応ね』

 ――謎の見栄を張ってしまった……。

 正直に(も何もあったものじゃないけれど)いないと答えればそれで良かったのに。

『へえ、そうなんだ』

『う、うん』

『どんな人?』

 興味を持たれてしまったらしく、ナギが更なる質問を投げかけてくる。

『ええと、年上で』

『うん』

『大学に通ってて』

『うんうん』

『あと、すごく優しくてね』

『うんうんうん』

 噓に噓を重ねていく。

 噓スパイラル状態である。

 それからしばらく、ナギが納得してくれるまで、適当な恋人像をでっち上げる羽目になってしまった。僕は別にそっちの人じゃないから、途中からは胸焼けするような思いだった。

 それにしても、この設定、ちゃんと覚えておかないと……。後で齟齬があっては面倒だ。こうやって調子に乗って新たな噓をついて、いつも自分の首を絞め続けてきたのだ。

『リッカちゃんはしっかりしてるなあ』

 僕からひとしきり情報を絞り出した後、ナギがそんなことを言った。

『そんなことはないよ』

 今ここにいるリッカは、僕であって僕ではない。

 虚偽と虚構と虚飾で何重にも塗り固めた、すっかすかの何かだ。小学校の給食で出てくるエビフライみたいな存在だ。

 本当の僕は全然しっかりなんかしていなくて、ただのダメ人間のニートだ。

 現に僕は、つい昨日、幼馴染を泣かせてしまったわけだし。

『いや、しっかりしてると思うよ。少なくとも、わたしよりは』

『ナギ?』

 ここにやってきた当初、怒りを露わにしていたのとは、明らかに様子が異なっていた。

『わたし、あいつのこと分かってるつもりで、何にも分かってなかったのかな。わたしの気持ちを分かってくれない、とか偉そうなこと言っておいてさ』

 それだけ言うと、ナギは落ち込んでみせる。

 単なるゲーム上のアクションに過ぎないけれど、きっと中の人も同じように落ち込んでいるのだろう。

『どうしたの、急に?』

『いや、ちょっと自己嫌悪、かな』

 そのケンカの件を僕に話したことで多少頭が冷えたのだろうか。

『わたし、あいつに自分の気持ちを押し付けてたのかもしれない』

 ナギが語る言葉を、僕は自分と旋風に置き換えながら聞いていた。

『あいつはわたしの助けなんか、必要としてないのかな。あいつのこと心配してるのは、わたしの自己満足なのかな』

 ネット回線を挟んだ向こう側には、一体どんな表情があるのだろう。

『そんなこと、ないんじゃないかな』

 次第に鬱な方向へと歩み始めた彼女の独白を、そんな無責任な言葉で制する。

 彼女のことなんか何も知らない癖に――でも、今のナギを黙って見ていることは、僕にはできなかった。

『きっとその人も、後悔してると思うよ』

『そうかな』

『ううん、知らないけど絶対そう』

 何だか妙な言い回しになってしまった。

『あはは。何それ。その自信は一体どこから来てるの?』

 僕の言葉に、ナギは笑ってくれた。

 いや、中の人の顔は見えないから、本当は笑えないのに無理やり笑った風を装ってくれたのかもしれない。

『でも、ありがとう』

 僕に微笑みかけるアクションを実行しながら、彼女は言う。

 たとえ表面上だけだったとしても、彼女が元気になってくれたならよかった。

『ねえ、ナギ。その人と、仲直りしたいんだよね?』

 数秒の沈黙。

『うん』

 ややあってから、彼女はそう言った。

『じゃあ、ナギから謝ってみたらいいんじゃないかな。大人の対応、だよ』

 ケンカというものは大抵、どちらかが一方的に悪いのではなくて、多少なりともお互いにどこかしら非があって起こるものだ。だからこそ両者とも意固地になって、結果として長引いてしまうのだ。

 だから、どちらかが折れれば――解決するのではないか。

 僕は自分にも言い聞かせるつもりで、そんなことをナギに語った。

『絶対にいやだ』

 一蹴された。

 ええ~……。

 僕今、結構いいこと言ったよ?

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