4
何だかんだで家に帰り着いた時には、既に午後の二時を回っていた。
「あ、お帰りなさい」
一週間振りの外出で少々疲労の溜まった僕を迎えてくれたのは、そんな声。
「お前、いたのか」
朝家を出た時には気が付かなかった。もし気が付いていたなら、今日が平日でないことくらい察することができたかもしれない。
「……うん。まあね」
どこか気まずそうな返事。これが僕と、妹の
妹に限らず、僕は両親ともここしばらくはぎこちない関係が続いている。二人とも僕の現状に何か口を出してくることはないけれど、やはり僕との間に一枚、壁のようなものを置いているようだった。
「どこ、行ってたの?」
「まあ、その辺」
「そっか」
短くそう呟くと、紗奈は黙ってしまった。
何を話したらいいのか迷っているのだろうか。
「そういえば、今日って祝日だったんだな。全然気が付かなかったよ」
だからこちらから話題を提供してみる。別に仲が悪いわけではないのだ。むしろ兄妹仲は良い方だと思う。だからもう少し僕にべったりしてくれてもいいんだよ?
「え? あ、そうだね。今日は祝日だよ。だから、学校もお休み……」
どこか嬉しそうに答えてくれる。しかし、そこまで口にしたところで、何かに気が付いたようで、黙り込んでしまった。
「あ、ご、ごめんね。私、そんなつもりじゃ……」
かと思えば、今度は謝られた。
まあ、何を考えているのかは大体想像がつく。
「あのさ、前々から言ってるけど、僕は別に学校に嫌な思い出があるわけでもなければ、ましてや未練があるわけでもないんだ。だから、お前がいちいち気にする必要なんてないよ」
「う、うん。ごめんね」
「……」
またしても謝罪。
基本的には明るくてよく笑うやつなのだが、最近はこんな感じでしゅんとしてしまうことが多い。
――その原因はやはり僕にあるのだろう。家の外では元気にやっているようだし。
「ああそうだ。お前、これ読むか?」
僕は手にぶら下げたコンビニのレジ袋を掲げながら言う。その中には先ほど寒い中を延々歩き回って手に入れた、先週の金曜発売のマンガ雑誌が収められている。
「あ、うん。読む」
「なら、後でお前の部屋まで持ってってやるよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
すると、ぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。
「何というか、僕にはこれくらいしかしてやれることはないからな」
妹の貴重な休日を僕なんかのために浪費させてしまうのも悪い。そろそろ部屋に戻ってもう一眠りするとしよう。
「あのさ」
そう思って階段に足を掛けたところで立ち止まり、背後の妹に問いかける。
一つだけ、訊いておきたいことがあった。
「何?」
「お前……学校は楽しいか?」
「……うん。楽しいよ」
僅かな逡巡の後に、そう答えてくれる。ついさっき、そんな気遣いは不要だと言ったばかりなのだが、やはり気になるらしい。
「そっか」
僕は妹に背を向けたまま、安堵の溜息を一つ吐いた。
「お前は……僕の様にはなるなよ」
全く、どの口が言っているやら、冷静になって考えてみれば滑稽な話だ。
ただの戯言だと一笑に付してもらっても構わない。
だが、僕の言葉だからこそ――ニートという立場の僕の言葉だからこそ、それなりの説得力を持って彼女の耳には響いたことだろう。
返事はなかった。
僕はそのまま階段を上がっていく。
紗奈は、しばらくその場に立ち尽くしているようだった。
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