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 何だかんだで家に帰り着いた時には、既に午後の二時を回っていた。

「あ、お帰りなさい」

 一週間振りの外出で少々疲労の溜まった僕を迎えてくれたのは、そんな声。

「お前、いたのか」

 朝家を出た時には気が付かなかった。もし気が付いていたなら、今日が平日でないことくらい察することができたかもしれない。

「……うん。まあね」

 どこか気まずそうな返事。これが僕と、妹の紗奈さなとの日常的なやりとりである。こちらは特に思うところはないのだが、向こうにしてみれば学校にも行かず年中家でごろごろしている身内をどう扱ったものか考えあぐねているのだろう。

 妹に限らず、僕は両親ともここしばらくはぎこちない関係が続いている。二人とも僕の現状に何か口を出してくることはないけれど、やはり僕との間に一枚、壁のようなものを置いているようだった。

「どこ、行ってたの?」

「まあ、その辺」

「そっか」

 短くそう呟くと、紗奈は黙ってしまった。

 何を話したらいいのか迷っているのだろうか。

「そういえば、今日って祝日だったんだな。全然気が付かなかったよ」

 だからこちらから話題を提供してみる。別に仲が悪いわけではないのだ。むしろ兄妹仲は良い方だと思う。だからもう少し僕にべったりしてくれてもいいんだよ?

「え? あ、そうだね。今日は祝日だよ。だから、学校もお休み……」

 どこか嬉しそうに答えてくれる。しかし、そこまで口にしたところで、何かに気が付いたようで、黙り込んでしまった。

「あ、ご、ごめんね。私、そんなつもりじゃ……」

 かと思えば、今度は謝られた。

 まあ、何を考えているのかは大体想像がつく。

「あのさ、前々から言ってるけど、僕は別に学校に嫌な思い出があるわけでもなければ、ましてや未練があるわけでもないんだ。だから、お前がいちいち気にする必要なんてないよ」

「う、うん。ごめんね」

「……」

 またしても謝罪。

 基本的には明るくてよく笑うやつなのだが、最近はこんな感じでしゅんとしてしまうことが多い。

 ――その原因はやはり僕にあるのだろう。家の外では元気にやっているようだし。

「ああそうだ。お前、これ読むか?」

 僕は手にぶら下げたコンビニのレジ袋を掲げながら言う。その中には先ほど寒い中を延々歩き回って手に入れた、先週の金曜発売のマンガ雑誌が収められている。

「あ、うん。読む」

「なら、後でお前の部屋まで持ってってやるよ」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 すると、ぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。

「何というか、僕にはこれくらいしかしてやれることはないからな」

 妹の貴重な休日を僕なんかのために浪費させてしまうのも悪い。そろそろ部屋に戻ってもう一眠りするとしよう。

「あのさ」

 そう思って階段に足を掛けたところで立ち止まり、背後の妹に問いかける。

 一つだけ、訊いておきたいことがあった。

「何?」

「お前……学校は楽しいか?」

「……うん。楽しいよ」

 僅かな逡巡の後に、そう答えてくれる。ついさっき、そんな気遣いは不要だと言ったばかりなのだが、やはり気になるらしい。

「そっか」

 僕は妹に背を向けたまま、安堵の溜息を一つ吐いた。

「お前は……僕の様にはなるなよ」

 全く、どの口が言っているやら、冷静になって考えてみれば滑稽な話だ。

 ただの戯言だと一笑に付してもらっても構わない。

 だが、僕の言葉だからこそ――ニートという立場の僕の言葉だからこそ、それなりの説得力を持って彼女の耳には響いたことだろう。

 返事はなかった。

 僕はそのまま階段を上がっていく。

 紗奈は、しばらくその場に立ち尽くしているようだった。

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