第一章 ニートとニートの物語
1
「今日も駄目だったか……。途中まではいい感じだと思ったんだけどなあ」
僕はPCの画面から目を離し、天井を仰ぎ見ながら呟く。
ふと見やれば、閉じられたカーテンの隙間からは僅かな日光が差し込んでいる。PCへと視線を戻してみれば時刻は既に午前の六時三〇分を回っていた。戦いに集中するあまり、時間に対する感覚が薄れてしまっていた。
先ほどまでは地獄のような光景を映し出していたPC画面は、一転して賑やかな街並みを映し出していた。あの戦いで戦闘不能になった後、僕たちは街へと転送されたのだ。
『残念だったわね』
画面下方のチャットログに新たなメッセージが表示される。
見れば、その発言の主は目の前に立っていた。僕たちは同じ場所をホームとして設定しているため、戦闘不能になった際は同じ場所に転送される。
『うん。ごめんね、死なせちゃって』
僕はそれにすぐさま、手慣れたタイピング技術でもって返信する。
『いえ、いいのよ。確かに少し経験値が減ったけど、そんなものすぐに取り戻せるわ』
『そっか』
僕は自分のステータス画面を確認する。確かに、経験値が数千ほど減少していた。これは戦闘不能になったことによるペナルティだ。
『今日はここまでね。そろそろ落ちるわ』
『そうだね。また、明日』
『ええ、また明日会いましょう』
その言葉を受け、コマンドラインに命令を書き込む。
すると、画面の向こうにいるもう一人の僕――漆黒のローブを身に纏ったエルフ族の女
続けてログアウト処理のコマンドを入力すると、僕のキャラクターはその場にしゃがみ込む。そして三〇秒のカウントの後、ゲーム画面が閉じられた。
「ふう」
キーボードから手を離し、大きく溜息。少し肩が凝った。
僕が今やっていたのは『Divine Destiny Online』という国内最大級のオンラインゲームだ。日本全国どころか、欧米のプレイヤーすらも一つの世界に集い、様々な冒険をする、いわゆるMMORPGというやつである。
あちらでの僕の名前はRicca。いちいち英字入力に切り替えるのも面倒なので、仲間内ではカタカナで『リッカ』と呼ばれている。特に意味はなく、単に響きが可愛らしいからこのキャラクターに合うだろうと思って付けた。
そして僕がいつも一緒に遊んでいる相棒の名はRegen。彼女もまた、アルファベットではなくてカタカナで『レーゲン』と呼ばれている。以前聞いたところによれば、何でもどこかの言語で『雨』という意味らしい。どうしてそんな名前にしたのかまでは知らない。
ところで、そのレーゲンにしても他の
男の尻を拝みながらゲームをするのが嫌だったから女の子のキャラクターを選んだ。そして不特定多数の人間と遊ぶのだからと丁寧な口調で話しているうちに中の人も女だと思われてしまい、結局言い出せぬまま今に至る、というわけだ。
正直、みんなを騙しているようで心が痛むのだけれど、真実を告白することで折角作り上げた心地よい居場所が瓦解してしまうのが怖くて、現状に甘んじてしまっている。悪循環というか何というか……。
「まあ、いいか」
所詮はネット上だけの付き合いだ。
実際に会ったりするわけでもないし、若干の良心の呵責に耐えさえすれば彼らとの付き合いを続けていくことができる。中にはオフ会なんかを企画して実際に飲みに行ったりしている人もいるようだけれど、そもそも僕は未成年だ。
「さて、そんなことよりも今後の対策を練らないと……」
僕はマウスを操作し、インターネットブラウザを起動。普段お世話になっている攻略サイトのブックマークをクリックした。
いつも見ているから、どこに何の情報が記されているのかは手が覚えている。カチカチカチと何度かマウスのクリック音が響くと、PC画面には目的のページが表示される。
神の高座フリズスキャールヴ。
現時点で最高難度のダンジョンだ。
本来ならば六人のフルパーティで挑むべき場所。
そこにたった二人で挑むという、いわば縛りプレイだ。最高難度とはいえ、僕たちレベルのプレイヤーともなれば、ちゃんと六人揃えれば何のことはなく攻略できる。それではつまらないとゲームをやりこんだ僕たちが考え出したのがこの縛りプレイである。
「まあ、敵の行動パターンなんかもう知り尽くしてるんだけどな……」
何となく開きはしたものの、僕にとって、ここに有益な情報はない。
このダンジョンにたったの二人で挑もうとする輩など、僕たちくらいしかいないのだろう。いくらネットで情報を集めようとも、二人用の攻略法など見つからない。だからこそ面白いのだが。
「今日一日考えてみるとするか」
どうせ時間なら掃いて捨てるほどある。
僕には、時間だけはあるのだ。
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