第二章
やがて、若君の学識や容貌が優れていることが世間の評判になり、噂を耳にした帝や
「それほど何事にも秀でているのに
権大納言は何度も
「きっと、我が子を
帝は若君に五位の位を無理に授けた上で、早く元服させて出仕させるように促したため、参内しないままでいるわけにはいかなくなった。
「こうなったら成り行きに任せるしかあるまい。これも前世の
思い直した権大納言は、姫君の
姫君の裳着の当日、美しく磨き立てた
慶事を耳にした人々は、性別を偽っているとは思いも寄らないため、「若君と姫君を思い違え、聞き誤っていたのだ」と一様に納得した。また、事情を知っているごく一部の関係者は、口外すべきことではないと心得ていたので、世間に真相を知る者がいないのは不幸中の幸いだった。
一方、若君の元服は権大納言の兄である右大臣が執り行った。これまで童姿だったときの愛らしさとは異なり、髪を結い上げた姿の
この右大臣には姫君ばかり四人の子どもがいた。
若君は元服前から五位に
その年の
帝や東宮をはじめ、天下のあらゆる人々は、侍従の君を一目見ただけでいつまでも忘れることができず、高貴な家柄とはいえ帝や東宮から格別の
権大納言も、「さてどうしたものか、これもしかるべき
幼い頃の侍従の君は自分の姿を気にせず、世間には同じような者もいるに違いないと考え、心のままに振る舞っていたが、他人の
「どうしてわたしは、奇妙にもこのように人と違ってしまったのであろう」
独り嘆きながらも慎重に身を処し、人から距離を置いて宮仕えする心遣いは誠に見事だった。
時の帝は四十余歳で、極めて立派な人柄だった。また東宮は二十七、八歳で、いかにも皇族らしい容姿で気品に満ちていた。この二人が、「侍従の君に妹がいて、その容貌が評判高く優れている」という話を耳にし、熱心に宮仕えを勧めた。権大納言は、姫君がどうしようもなく内気であることを理由に断り続けたが、「本当に
帝は、亡き
若い女一宮は後見がしっかりしていないせいか、ひどく頼りない様子だったため、帝はいつも気に掛けていた。
「だが、侍従は大層美しい妹を見慣れているので、あの子に対して失礼な態度を取るかもしれない。それにまだ一人前ではないため、もう少し様子を見てからにしよう」
このような帝の意向を漏れ聞くにつけ、権大納言は心が落ち着かず、「ああ、侍従が男だったならば、どんなに名誉で喜ばしい話であろう」と残念で情けなく思ったが、微笑を浮かべて聞き流すしかなかった。
侍従の君は非常に
帝の叔父に当たる
権大納言の姫君と右大臣の四の君が美人で評判なのを聞いた式部卿宮の中将は、「二人とも何とかして手に入れたい」と考え、しかるべき
侍従の君があまりに誠実で乱れたところがないのを、式部卿宮の中将は物足りなく思っていたが、比類ない
「こんな女がいたらどれほど素晴らしいことか。妹もきっと彼のように美しい人なのだろう。いや、もっと見事に違いない」
まだ見ぬ姫君の姿を空想し、逢わぬまま諦められそうになかった。
式部卿宮の中将は、やり切れない悲しさを紛らすために侍従の君と親しく語らい、思いあまるときには涙も隠さずに悲しみを訴えた。その様は人より優れて優美だったので、侍従の君はいとおしく
姫君の身が尋常ではないことを知っているため、話題に挙がる度に胸がつぶれ、あまり熱心に聞かずに言葉少なくあしらったが、「妬ましく恨めしい」と涙もこらえず恋い焦がれる相手を気の毒に思いつつ、心の中で歌を詠んだ。
(比類ないつらい身の上を思い知るからといって、それほどまでに涙を流すものでしょうか)
式部卿宮の中将から「何をそんなに思い悩んでいるのか」と問われても答えようがないので、いつもつれなくそっけない態度で別れた。
それから間もなく、帝は体調を崩してしまった。
「病が長く続くのは、しかるべき時が来たのであろう。過去にもこのような例がなかったわけではない」
帝は東宮に位を譲り、
右大臣は娘の女御が
父の左大臣はおかしなことになったと思いながらも、どう説明しても断りようがないため、承諾することにした。
「どういう訳か、我が息子は世間並みの関心がまるでないようです。しかしながら、誠実さだけは人さまに認めていただいています」
屋敷に戻り、中将の君の母親に事情を話すと、母親は笑って答えた。
「四の君は子どもっぽく育った娘だと聞いていますから、おかしいと
「まだ若いのが気掛かりだが、思慮に欠けたところはないから大丈夫だろう」
これやさは
(ここが踏み込むと茂みに迷ってしまうという恋の道なのでしょうか。山麓の登り口で早くも迷っています)
その筆跡は何とも言えぬ見事なものであった。この若さでどうしてこれほど立派に書けるのかと、左大臣は
右大臣はやっとのことで承諾を得た縁談だったので、四の君を
(どうして麓から道に迷っているのでしょうか。あちこちに女がいるために行き先が分からないのではないですか)
その後、いつも中将の君から四の君に手紙が届けられた。
右大臣は自分から申し出た縁談であったため、婚儀の日取りを決めた。大切に育てた娘の婿として関白左大臣家の
やがて、ある大納言が亡くなった関係で順次昇進し、中将の君も
「どうして右大臣は、これほど心を寄せている人を頼みにしなかったのだろう」
権中納言はおかしくも奇妙に思っていた。
この時、権中納言は十六歳、四の君は十九歳だった。四の君は女盛りの年齢で、容姿も心も未熟なところはなく、少しの欠点もなかった。彼女は姉たちより大事に育てられたという自負から、いずれ
しかし、権中納言の人柄が優雅で素晴らしく、疎ましい態度も見せず、ひたすらしんみりと語り合っているうちに次第に見慣れ、軽んじていた気持ちは薄れていった。夜の衣でも、他人の目には
「こんなに円満な様子なら、幾千年を経ようとも何の不満もあるまい。思っていたほど権中納言の愛情が深くないようにも見えるが、まだ若いので気恥ずかしいのだろう」
そう納得した右大臣は丁重に世話をした。
権中納言は
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