11. 宣言

 船長が塵となり、風に流されて消えていった。

 僕の全身を完全に防御していたググが、いつもの軽装の鎧に戻る。


 僕は、スンを持ったまま、ぺたりとその場に座り込み、そして、空を見上げる。


ぬし……様」


 しばらくそのまま呆然としていた僕を、いつのまにか人型に戻ったスンが、僕を抱きしめていた。


「スン」

「ん」

「……くっ」


 涙が溢れてきた。上を向いていても、零れ落ちる涙を止める事が出来ない。


「カーラを……カーラを守れなかった」

「ん」

「約束したんだ。カーラを守るって……」

「ん」

「カーラを……カーラを……カーラ!」


 前世でも味わった事の無い喪失感に、僕は打ちひしがれ、身体のコントロールを『俺』からシャルルに明け渡す。まるで赤ん坊の頃のように大声を上げ、泣き喚く『僕』を『俺』がやはり涙を流しながら、静かに見下ろしているような感覚を、しばらく味わっていた。


 だが、『僕』と『俺』がカーラを送るための時間は、公宮の中庭に雪崩れ込んで来た完全武装の騎士達によって妨げられる事になった。


「そこを動くな!」

「え?」


 僕は突然の事に思わずかたまってしまう。

 騎士達のうち数人が剣を抜き、少し距離をとって僕とスンに突きつけた。


「公王陛下はどこだ!」

「え?」

「迎賓ホールには誰もいなかった。 迎賓室にもだ! 子供! お前が何か知っているのか!?」


 なんだか、妙に殺気だっている。

 僕も今、婚約者をこの手で送った後なので、気持ちに余裕なんて無い。その思いをぶつけるように、思わず真実を口にしてしまった。


「みんな、いなくなったよ! 死んだんだ! もう誰もいないよ!」

「何ぃ!」


 騎士達の先頭に立っていたリーダーらしき人の血相が変わる。


「子供! どういう事だ!」

「知らないよ! 僕の目の前で、みんなヘドロに変わって、死んじゃったよ!」

「ふざけるな! ヘドロだと! おい、いいからお前達は周辺を探せ! 陛下や殿下達が行方不明なんだ!」

「「はっ!」」


 リーダーはまだ剣を抜いていない部下達に指示を出した。その指示に部下達は何人かずつに分かれて周囲に散っている。残ったのは、剣を抜いて僕を囲んでいるリーダーと数人の騎士だ。


「よし、お前達は私が直々に事情を聞く。おい連行しろ!」

「……ですよね」


 確かにこの国のトップがそろって消えてしまっては、事情を確認する必要があるよな。カーラを失った悲しみは消えないが、彼らの職務としては当然だと理解は出来る。

 

 僕はおとなしく従う事に……


 そう思って立ち上がろうとした瞬間、僕はリーダーに殴り飛ばされた。


「勝手に動くな!」

「うわっ」


 泣き腫らした顔をあまりみられたくなかったので顔を伏せていたのが失敗だ。不意打ちとはいえ、こんな奴に一発許すとは! 僕は体重の軽さも災いして、盛大に吹き飛んでしまう……が、空中で回転して、何事もなかったように着地をする。騎士とはいえ、人に殴られてもダメージは全く入んないだよな。


 ただ、痛みは無くとも腹は立つ。


「殴ったな」

「な、なんだ。子供のくせに何て身軽な……それに全くダメージを受けていないだと」


 リーダーが僕がまったく平然としている事に驚いたのか、ポカンと口を開け、驚愕の表情を浮かべていた。


 だが、その様子を見ても腹の虫は納まらない。だいたい、こんな小さな子供を全力で殴る奴にまともな奴はいない。僕の短い今世の人生で、何故か沢山集まった経験が、そう告げている。


 なら、こんな男に従う必要があるか? 否だ。


「殴ったね。親父にも殴られたことは無いのに……」


 お約束の台詞は一応伝え、僕はリーダーを睨み付けた。

 まぁ、父以外には殴る蹴るの暴行を何度も受けているのは内緒だ。


「僕は唯一の目撃者だし、この騒ぎの被害者なのに……せっかくおとなしく事情を説明しようとしたのに……」


 若干節目がちに僕はリーダーに近づいていく。


「なんだ、子供! 我ら近衛騎士団に逆らうというのか!」

「近衛騎士団? 近衛騎士団だったら子供を殴っていいの? 何をされても許されるの? か弱い子供を守るのが近衛騎士団の役目じゃないのか!」


 僕は思わず叫ぶ!


「違う!」


 だが、全否定された。


「我らは公王陛下、公妃陛下、王子殿下、王女殿下の皆様を護り、この国の中枢を守るのが使命だ!」


 あ、そうなのね。それはごめん。


「だからって、か弱い子供を殴って良い理由になるか!」

「う、うるさい。だいたい私に殴られて平気な子供がか弱いものか!」


 確かに。


「おい、取り押さえろ!」


 リーダーが周囲の騎士に指示を出す。

 騎士達は上司の指示とはいえ、さすがに武器を使うのは躊躇ったのか、抜いていた剣を鞘に収め素手で僕を捕まえようとするが、僕はそれを躱し、軽く蹴り飛ばす。


 それでも一応、怪我をしないようには気を遣ったけど。


「うわっ」

「ぐわっ」


 声を出しながら完全武装の騎士達が中庭を転がる。


「ば、化け物か!」


 その様子にリーダーが叫ぶが、


「化け物じゃない! ちょっとお茶目な4歳児だ!」

「ふざけるな!」


 リーダーは部下と違い、自重するという概念が無いのか、僕に向かって握っていた剣を全力で振り下ろしてきた。僕はその剣の腹をなぐりつけ根元から吹き飛ばす。


 刀身は砕け破片は高速で飛んでいき、進行方向にあった巨木の幹を砕いた。巨木は支えを失い、轟音を立てつつ公宮の壁にぶつかって止まった。


 やりすぎた……


 そう思って少し冷静になった僕は、軽く咳払いをして、残された柄をみて呆然とするリーダーに、


「話を聞きたいなら、僕が見たことは説明する。それとも僕と本気でやりあって、公王家だけでなく騎士団も揃って今日を命日にする?」

「あ、あ、あああ……」

「ねぇ、聞いている?」

「化け物……」

「ねぇ!」

「化け物だ! に、逃げろ! 赤い悪魔に魅入られたこの国はもうおしまいだ!」


 そう叫んで近衛騎士団のリーダーは柄だけになった剣を放り投げ、元来た方向へ逃げてしまった。


 また赤い悪魔って言われた……僕は肩を落とし、


「騎士団って、この命に代えても……っていうノリじゃないの?」


 と呟く。

 

「……す、すまない。お恥ずかしい所を見せた」

「え?」


 リーダーの行動に呆れていた僕に背後から声を掛けてきたのは、僕がたったいま蹴り飛ばした騎士の一人だ。


「騎士団が全員、隊長のような俗物とは思わないでくれ。新興国ゆえに、いろいろな人間が近衛騎士団には寄せ集められているのだ」

「そうなんだ」


 僕に話しかけてきた騎士は兜を外して僕に頭を下げた。中から出てきたのは、金髪のまぁまぁのイケメンだ。ロランと同じくらいの年齢かな。


「騎士団長が公国間の近衛騎士交流会に出席のため不在で、王女側付きの魔法士もカーラ殿が嫁いだため、現在、まとまりにかける状況なのだ……」

「カーラを知っているの?」

「え、あ、ああ勿論。彼女は優秀だったからな」

「そうなんだ……カーラ、やっぱり凄い人だったんだね」


 海賊船では弱った身体に鞭打って、魔法士として僕たちを守ろうと船長に立ち向かっていったもんね。


「失礼だが、君はカーラ殿を知っているのか?」


 僕の様子に何かを感じたのか、騎士が質問をしてきた。

 そういえば、僕が何者かも、この状況では誰にも伝わっていないんだろうな。


「僕がカーラの夫になるはずだったシャルルです」


 改めて僕は自己紹介をした。


「君みたいな子供が?」

「はい」

「それでカーラは?」


 僕は首を振る。また涙が出そうになるのをぐっと堪えた。

 

 僕たちの会話の様子を見ていたのか、金髪イケメンの周囲に、僕が蹴り飛ばした他の騎士達も徐々に集まってきた。


「すまない、我々にあらためて事情を聞かせてもらえるだろうか」

「いいですよ。ここでいいですか? 連行されるのは勘弁して欲しいんですが……」


 また殴られたらかなわない。


「ああ、そうだな。わかった。ここで聞こう」


 そういって、騎士達は僕の前に腰を下ろした。


 僕も、手近に転がっていた石……多分、僕が吹き飛ばした公宮の壁の一部なんだろうけど……そこに腰を掛ける。その横に、ここまで黙って様子を見ていたスンも腰を下ろした。


***


「……という訳で、海賊船の船長にみんな吸収されてしまったのです」


 僕は全てを説明した。

 まぁ、数分程度で済んでしまうような短い話だったけど。


「信じられない……それでは、アマロ公家の皆様は本当に……」

「うん」


 騎士達はしばらく呆然としたあと、金髪イケメン騎士を囲んで声を荒げた。


「ヨシュア、この国はどうなってしまうんだろう……」

「その子供がったんじゃないのか?」

「信じるのか、ヨシュア、こんな荒唐無稽な話を!」


 どうやら金髪イケメン騎士の名前がヨシュアと言うらしい。ヨシュアが騎士達をなだめ、再び僕に向き合う。


「シャルル君、君の話が本当だとして、なぜ君だけ助かったんだ?」

「うーん、どうしてだろう……あ、あの黒い肉棒を食べなかったからかな?」


 だがその答えがお気に召さなかったのか、騎士の一人が激昂して僕につかみかかってきた。


「ふざけるな! 貴様が殺したんだろぶべっ」


 脅しでは無く本当につかみかかってきたので、裏拳で腹の辺りを撫で、吹き飛ばしておく。


「一応、言っておくけど、確かに僕だったら公王家を全滅させる事は出来ると思うんだけど……」


 そう言って、僕はたったいま僕を吹き飛ばした騎士の方をみて、


「今みたいに殴り飛ばしたり、剣で切るしか出来ないから、さすがに痕跡が残るよ」

「……できるのか」

「うん、多分。近衛騎士団も含めて全滅させられると思う」

「そうか……」


 ヨシュア達の顔が少し青ざめる。

 さすがに蹴り飛ばされ、殴り飛ばされている状況に、嘘だと騒ぐ奴もいなくなった。


 そこへ、ドタドタとローブを着た男が5人、僕が開けた公宮の穴の近くにあるドアを開け出てきた。あれ? どこかで見たことがある人だなぁ…… 


「事務局長のビランだが、これは一体何事だ!?」

「副事務局長のノルザリンですが、大変な連絡が来ました。公王陛下は!?」

「王吏総部局長のホッケンハイムですが、近衛騎士団が勝手に出動しているというのはどういう事ですか?」

「調整局長のリヒターですが、国境沿いの村に異変が! 村人が急に黒い塊に……! 事態は一国も争います。至急陛下に!」

「外殿官吏長のロッカですが、内殿の人間が誰一人いません。これはどういう事ですか!?」


 ……ああ、公宮に最初に来たときに、ロランと僕を迎えてくれた、偉そうなローブ5人衆だね。自己紹介ありがとう。


「近衛騎士団 第6分隊班長 ヨシュア・ミギンです。こちらで把握している事情を説明します。こちらへ……」


 そう言って、ヨシュアが彼らに状況の説明を始めた。


「ば、馬鹿な信じられない」

「そんな……この国は一体……」

「あんな子供の証言なんて信じられるのか?」

「あ、あの子は先日、お嬢……ソフィア殿下が召還した子供じゃないか?」

「ああ、そうだ! 見るからに怪しい子供だった」


 雲行きが怪しいな。それに気になる事も言っていた。


「ねぇ……ええと、リヒターさん……でしたっけ? 今、村人が黒い塊にって言ってませんでした?」

「え、あ、ああ。そうだ! 至急陛下にご報告せねば……あっ! その陛下がいない!」


 リヒターが頭を抱える。


「詳しく教えて! 公王陛下も同じように黒い塊になっちゃったんだよ!」

「……報告は単に国境沿いのエズで突然、村人が十数人、黒いぶよぶよとした塊になって動かなくなったとう内容だ」

「エズ……」


 その地名、聞き覚えが……あっ!


「……ソフィア様達が発見された村か!」」


 僕が気がつくと同時に、ヨシュア達が叫んだ。


 ああ、そうだ。

 僕が役場に売られた村だ。そういえば、ソフィアとカーラも一時、そこに身を寄せていたと言ったな……。


「黒い塊になった人達の中に、ソフィアやカーラと接触した人はいる?」


 僕はリヒターに聞いてみた。


「ソフィア殿下を呼びつけにするなど、貴様……」


 だが、僕の聞き方がかんに障ったのか、口々に言いながら、ローブ5人衆が僕に詰め寄ろうとする。相手にするのも馬鹿らしいので、


「いいから!」


 そう一喝して、足を止めさせた。


 僕の剣幕に渋々という感じでリヒターが答える。


「わからん。村人が十数人という連絡が早馬で入っただけだ」


 確実じゃないけど……間違いない……まだ残っている。

 あの船長クソ野郎が……カーラの仇が……


 僕は全身の血が沸騰するような感覚を味わった。


「ひっ」


 その殺気に反応したのか、ローブ5人衆が腰を抜かして座り込んでしまう。ヨシュア達も一歩下がる。


「シャルル君?」

「エズ……ですね。そこまでの道が解る地図はありますか?」

「何をする気だ」

「地図を持ってきてください」


「わ、わかった。おい」


 僕は静かにお願いしたつもりだが、ヨシュアが真っ青になって騎士の一人に指示を出す。その指示を受けた騎士は全速力でどこかへ走っていった。あまりにも慌てたのか途中で何度か転びながらも、僕の視界から消えていく。


「シャルル君、そ、それで地図をもらって……どうするつもりだ?」

「どうする? だって、そこにカーラの仇がいるんですよ。することなんて一つしか無いじゃないですか」


 なんでこんな当たり前の事を聞くんだろう。

 僕はおかしくなって微笑を浮かべ、首をかしげた。


「主様」


 その僕の肩にスンが手を置く。

 その手を握りしめて、


「スン、地図を手に入れたら、すぐ・・行くよ」

「ん」


 そう返事をしてスンは刀に姿を変える。


「魔具か」

「ええ」


 ヨシュアの質問に僕はそう答え、僕の手許に残った刀を背中に装着する。僕の殺気に反応したのか、ググが、再び完全武装モードに戻る。


「公国の事は僕にどうする事も出来ませんが、カーラの仇を取るついでにソフィアや公王陛下、そのほか大勢の皆さんの仇はキッチリと取ってきますよ」


 僕は公宮の壁に空いた穴を睨み付けながら、そう宣言した。

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