12. エズの村

 地図を受け取った僕は、そのまま公都アラルコンを後にした。


 具体的には、街で一番高い内殿の尖塔の天辺まで警備の騎士達を振り切って駆け上り、そこからエズの村がある方向へダイブ、ググを飛行形態に変化させた上、上昇気流を捉まえ、一気に高度を上げた。


 空路で一直線にエズの村を目指す事にしたのだ。


 出発前、エリカくらいには声を掛けていくべきだったかもしれないが、僕は1分1秒を惜しんでエズへ向かう事を選択したのだ。


 なぜならーー


 到着が遅れれば村人の被害者が増える。

 

 それはーー


 仇である船長の分身が増える事。すなわち、船長を殲滅するのが面倒になるからだ。


 まぁ、僕にとっては、見ず知らずのエズの村の住人がヘドロに変わろうと、ピンとは来ないし、そもそも村を挙げて僕をオークションに出したくらいだから、村そのものに良いイメージは無い。


 空路で約4時間。


 途中何度か上昇気流を捉まえながら、ほぼ一直線に空を飛んだ僕の前方には、海岸沿いに拡がるエズの村が見えていた。馬車に揺られてドナドナした際には3日はかかった道のりも、あっという間だ。公都からの距離は、体感的にはだいたい3,400Kmという所かな。


 僕は徐々に高度を落とし着陸態勢に入る。


 あそこにカーラの仇がいると想うと、自重する気が全く起きない。

 村の中央……僕が馬車に積まれた檻に放り込まれるまで閉じ込められていた、村で一番大きな建物でもある役場の正面が大通りになっていた。ちょうど着陸には手頃だな。すでに日は落ちていて真っ暗だが、気にする事もなく僕は、減速もそこそこに、大通りに着陸した。


 足の裏で地面を削る感覚を味わいながら、少し減速した所で僕は拳を地面に突き立て、強引に停止した。


 通りには大きな穴が空いてしまったが、都合よく、村のど真ん中、役場の目の前だ。


「ヘドロ人間はどこだ! 出てこい! 僕が来たぞぉ!」


 周囲を見回し、大声で叫ぶ。

 ヘドロ人間が出てくれば、一気に切り捨てるつもりだ。 元は人間だとしても助ける事が出来ないなら、公都と同じように切り捨ててあげるのが慈悲なんだろう。それにーー


 カーラの事を考えると、彼らが被害者だとしても、我慢する事が出来ない。


「ヘドロ人間! 船長! いるんだろう! 出てこい!」


 僕がしつこく叫ぶと、


「ば、馬鹿な……! シャルルか!?」

「え?」


 突然僕を呼ぶ聞き覚えのある声が役場の建物から聞こえた。


「こっちだ……早く入れ!」


 役場の扉から顔を出していたのはロランだった。

 え? なんでロランがエズにいるの?


 僕は不思議に思いながらも、役場の中へ入っていった。

 役場は元々、それなりの広さがある木造の建物だったが、そこには所狭しと人がいて、身を寄せ合っている。一同の顔色は悪く、僕の事を不安そうにみていた。


「シャルル、どうやってここに来た? 公都で何かあったのか?」

「ロランこそ、なんでこんな所にいるのさ?」


「それは……ちょっと上にあがるか。おい、村長室使うぞ」

「は、はい」


 ロランが近くにいた村役場の職員らしき男性の老人に声をかけ、座っている人々をかき分けるように役場の中央にある階段に向かった。


「あ、ここ」

「どうした? 知っているのか?」

「僕、この階段の下の牢屋に閉じ込められたんだよね」

「そ、そうか……それは難儀だったな」


 僕はじっと地下へ続く下りの階段をみつめたあと、ロランに続いて2階へあがった。


 2階も1階と同様、人が溢れていたが、こちらにいるのはどちらかと言えば、元気そうな人が多そうだ。


「閣下! 先ほどの叫び声はなんですか?」

「奴らが来るんですか?」


 ロランを見ると口々にすがるように質問をしてくる。

 さっきの叫び声って僕だよなぁ……


「なんでも無い、奥の村長室を使うからどいてくれ。村長の許可はとった」


 そういって、近寄ってくる人をかき分けるように進む。


「シャルル、ここに入れ」

「はい」


 ロランがドアを開けると、そこには大きな机と椅子があるだけの小部屋だった。机の後ろには大きな窓があるが、内側から板を打ち付けて塞いである。


「この村の村長用の執務室だ。狭いから今は使われてない」

「そうなんだ」


 さっき、ロランが声をかけた老人が村長なのかな?


「それで、なんでロランがエズにいるのさ?」

「国境沿いの村に疫病が発生したと言ったろ。その調査でやってきたのだ」

「ふうん、それも白ライセンスの仕事?」

「ああ、ここは隣のゴヤ公国と近くてな。ちょっとややこしい地域なんだ」

「そうなんだ」

「ところでお前は何でここにいるんだ?」


 その質問に僕は目を伏せ説明を始めた。


***


「何! アマロ公家が全滅しただと!」

「うん」

「そうか……それで……カーラはどうした」

「……逝ったよ」

「そうか」


 ロランはそう呟くと、僕の頭をポンとだけ叩いた。


「それで、ここのヘドロ化した村人の話を聞いて文字通り飛んできたという訳だな」

「うん。あいつらは……あいつらは、どこにいるの?」


 僕の低く抑えた言葉に、ロランがポリポリと頬を書く。


「ここ以外だ」

「面倒くさいこと言わないでよ! 僕は今すぐにあいつらを殲滅するよ」

「いや、場所について勿体ぶっているんじゃなくて、文字通り、ここ……この役場以外なんだ」

「どういう事?」


 ロランの言っている意味が……え? そういう事?


「もしかして、この場所以外には、もう住人がいないって事?」

「ああ、この役場に避難した俺を含めて78名以外はヘドロ化した」


 遅かったか……思っていた以上に仇の数が多いぞ!


***


 エズの村は、村と表現しているが、十分大きな街だ。

 空から見た限り、街の大きさは3,4キロ四方はあった。高い建物はほとんど無いが、それでも家は、かなり密集して立てられていたし、人口も数千人は軽くいるんじゃないか。


 その村が78人を残して全滅したというのが、ロランの見解だった。


「ロラン、でもどこかに残っている人は……?」

「いない」

「確認したの?」


 おそるおそる、ロランに聞いてみる。


「ああ、確認した。さすがに俺が奴らにどうこうされるような事は無いからな。それこそ、この村に着いて3日目に村全体に疫病……お前の話を聞く限り、疫病では無さそうだが……その疫病が蔓延し、ヘドロ化していない健康なものだけを、この建物に集めた。それこそ、俺が一軒一軒回ったからな。疫病が流行る前に村の外に出ていた人間までは把握していないが、少なくともこの村の中に正常な人間はここ以外には、もういない」


 僕の質問に、ロランは珍しく長口上で答えた。

 その目はギラギラとしていて、ロランも出遅れたことが相当悔しいらしい。


「でも、ロランなら脱出できるんじゃない? さっさと公都に帰ったら?」

「いや、この疫病が隣国に波及しても問題だし、そもそも、ゴヤが仕掛けた可能性も考慮する必要がある。この件が片付くまで、ここを動くことは出来ない……」


 そうなんだ。

 エリカが待っているのに……それに、万が一、ロランがヘドロ人間になったら、エリカが悲しむと思うんだけど……僕みたいな苦しみを、エリカには味わって欲しくない。


「……という所だったのだが」


 だがロランが少しだけニヤリと笑い、僕をみつめた。


「シャルルが来たことで、情報も入ったし、状況が変わった」

「じゃぁ、動くの?」

「ああ、ヘドロ化した人間が助からないなら、殲滅する。その上でお前が言う元凶の船長を探そう」

「ありがとう、仇討ちに協力してくれるんだね」


 そう僕が言うと、ロランが首を振って、


「どちらかと言えば、シャルルが俺の任務に協力してくれるというのが正確だろう」


 と、もう一度、僕の頭をポンと叩いた。


「もう暗い。奴らもまだこの建物には入ってこないようだ。今日は休め。そしてカーラを弔ってやれ。まだ祈りも捧げていないんだろう?」

「……うん」


 ロランにそう言われて、僕は初めて気がついた。

 身体は残っていないけど、気持ちでだけでも、ちゃんと送ってあげないと……


「この部屋は自由に使って良いぞ。今日は2階には誰も入れないようにしてやる。食事が必要になったら下へ取りに来い。俺は下で寝る。そして……明日、夜明けとともに仕掛けるぞ」


 そういってロランは僕を残し、この部屋を出て行った。

 ドアが閉まったのを見届けると、僕は、


「スン、出ておいで」


 と、声をかけた。

 その声にスンはすぐ反応してくれて、僕の背後に姿を現した。


主様ぬしさま

「カーラを弔おうと思う。この世界でのやり方は解らないけど、一緒にいいかな。カーラもスンの事、気に入っていたし」

「ん」


 スンはそう答えて、村長室の机をごそごそと荒し始めた。

 何をするのだろうと見ていると、今度は壁際にあるタンスを開け……


「これ」


 そういって、太い蝋燭を僕に差し出した。


「ありがとう」


 僕はその蝋燭を机の中央に立たせ、


「火……無いな」

「魔法」

「え、あ、ああ……でも僕の魔法だと船を吹き飛ばすようなものしかないけど……」

「私の後について」

「教えてくれるの?」

「ん、特別」


 スンが背後から僕の右手を持ち、僕の耳元にささやくように呪文を告げる。


この手にre firure炎を宿し n hans

この手にre firure炎を宿し n hans


 僕もスンから教えられた通り、静かに魔法の呪文を詠唱をする。

 すると僕の手の上に小さな炎が浮かぶ。


この炎をusivもってfirure

この炎をusivもってfirure


 その炎がゆっくりと揺らぎ、


蝋燭の上にre kandela

蝋燭の上にre kandela


 そして蝋燭の上へ移動をし、蝋燭の芯に火を灯した。


「ついた」

「まだ」


 スンが、さらに僕に呪文を囁く。


我がmon s光をluxyeもってusiv

我がmon s光をluxyeもってusiv


 その瞬間、蝋燭の周囲に無数の光りの粒が現れ、


かのyen smanima

かのyen smanima


 その光の一つ一つが、徐々に大きくなり小さな顔に変わる。

 そこにはカーラや、ソフィア、それに公王やユリーヌ公妃、それに何人……何十人……何百人……何千人もの人達の柔らかい笑顔が……部屋の中を埋め尽くす。


神々にsanfitan n捧げんderma

神々にsanfitan n捧げんderma


 僕の目からは涙が溢れたけど、そのままスンの言うとおりに呪文を終える。

 僕の周囲にあった沢山の笑顔は、みな同じように上の方を見上げ、笑顔のまま、ゆっくりと消えていく……


 最後に消えたひときわ大きな光はカーラの笑顔だった。


(ありがとう)


 カーラの口がそう動いたような気がした。


***


 暗がりを取り戻した部屋で僕はしばらく呆然と今見た光景に心を奪われていたが、やがて、


「スン……ありがとう」


 と呟いた。


「ん」


 スンはそういうと背後から握りしめていた僕の手を離し、僕の横にくっつくように座った。僕も絨毯に腰を下ろし、


「今のは……みんな安らかに成仏したという事かな?」


 と、スンに聞いた。


「ん、魂を神々の世界へ還した」

「そうか……」

 

 この世界の宗教観は解らないけど、魔法もあるくらいだし、神々の世界というのがあってもおかしくは無い。でもそこって死なないと行けないのかな? 生きたまま行けるのだったら、機会があれば、行ってみよう。もしかしたらカーラに会えるかもしれない。


 カーラの暖かい笑顔をもう一度みる事が出来た僕は、少し眠気が差したので、


「スン、寝るね」

「うん」


 そういってスンと僕は横になる。

 孤児院ではカーラがいたので、久しくなかったのだが、僕はスンにしがみつき、久しぶりにゆっくりと寝た。


***


 暖かい夢をみた。

 母のそばに僕が座り、その様子をタオルを持ったカーラがニコニコしながら見ている。

 母の腕の中には、この世で一番愛おしい何かがいて、僕は幸せな気分に包まれていた。


***


「シャルル、開けるぞ……うわっ! スンちゃん、服を着て寝なさい! 風邪を引くぞ! ん? 魔具は風邪を引くのか?」


「おはよう、ロラン、朝から五月蠅いね」


 僕はロランの騒がしい声で目を覚ました。

 僕の横には目をぱっちりと開けたまま横になっているスンが……全裸で寝ていた。


「いつも思うんだけど、スンは何で朝になると裸なの?」

「仕様」

「仕様なら仕方ないね。ロラン、仕様だって。嫌だったら仕様変更依頼書を提出して。無償有償の判断の上、有償なら見積もりだすから」


 僕はそういって、もう一度横になった。

 なんか幸せな夢をみていたんだよなぁ……。


「おい! カーラの仇はどうした!」


 僕はその声に飛び起きる。


「ごめん、寝ぼけた。スン、準備」

「ん」


 そういって、スンは刀に変化する。すぐ横に鞘も落ちていたので、スンを鞘に収め、僕は背中の定位置に装着する。


「いいよ」

「よし、行くか。半日でケリをつけて午後は住民を連れて公都まで移動を開始するぞ」

「村を捨てるの?」

「8千人はいた村人が100分の1になった。エズは生活基盤から見直しだ。移民も募る必要があるが、一時的には生き残った全員を避難させる」


 僕はロランの声に頷き、ググを完全武装モードに変化させる。


「じゃぁ行こうか」


 そして、僕は村長室の窓をふさぐ板を吹き飛ばし、開いた窓から外へ飛び出した。

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