第24話 ミコト × 24

 ソフトボール大会から一週間経ち、以前と同じように真にアプリのグループに入れてもらったミコトは人伝手ひとづてにハヤトと付き合っているという瞳子の話を耳にした。


 告白は瞳子の方からで、付き合うようになってからハヤトがサッカー部の練習にあまり顔を出さなくなったとか、ふたりは既にお互いの親公認の親密さで、放課後に瞳子がハヤトの家に出入りしてるとか...


 どれも未確認で噂程度の情報だったが、それでもそれら多くの呟きは今の不安定なミコトの想いを揺るがせてしまうには充分過ぎるものだった。


 好きな人には彼女がいる。そしてそれは今までのミコトで遭遇してきた瞳子。ミコトは何故今まで何度もハヤトに振られてきたかをここに来て理解した。なんて馬鹿なんだ私。彼女がいる相手を呼び出して告白しても上手く行くわけないじゃん。


 放課後の玄関前、ミコトは流れた涙を拭うと人通りの少なくなった下駄箱に自分の想いを綴った手紙をカバンから取り出してハヤトの靴が入っている棚のほうへと向かった。


「これで最後、これで気持ちが通じなかったら」


 恋に勝ち目のなくなった乙女が取った最終手段。ミコトがそっとハヤトの下駄箱にその手紙を伸ばすがふいに横から伸びてきたその腕に手首を掴まれてしまう。


「何か嫌な予感がして来てみたらこれだもんねー」


 驚いたミコトが横を見ると駆けつけた瞳子が握るその手の力を強めた。反対側の手でミコトが書いたラブレターを奪うと瞳子はミコトを解き、勝ち誇った表情で扇のようにしてそれを顔の前で扇いだ。口唇を噛んで俯いたミコトに瞳子が追撃の言葉を放った。


「知ってるでしょ?私、ハヤトと付き合ってるの。あんたが真がリーダーのグループに入って色々嗅ぎ回ってたのも知ってる。これ以上私たちに変なちょっかいかけないでくれる?」


 瞳子の口から決定的な言葉が出てミコトはその場で膝を突いて顔を覆ってしまう。涙がとめどなく溢れてきて、自分の気持ちがコントロール出来なくなって喉の奥から湧き上がる嗚咽が止められなくなってしまった。その姿を見て流石に悪いと思ったのか、瞳子が周りを気にしながらミコトに声を出した。


「失恋したくらいでそんなに泣く事ないでしょ?ハヤトはイケメンだしサッカー部の時期エースだし?競争率は高いよ。私だってこのメイクをとったらあんたと大して変わらない。不細工だってからかわれて中学の始めのほうはお岩さん、なんていわれてたわ。でも子供の頃からの付き合いだったハヤトは私のことを絶対悪くなんて言わなかった。ずっとハヤトの事が好きで、みんなの前で恥ずかしい思いをして、何度も告白してやっと先月ハヤトは首を縦に振ってくれた。みんなきっとそんなもんだよ。恋に綺麗な形なんて無いと思う、私は。だから今回は私にハヤトを譲ってよ、長谷川さん。やっと巡ってきたチャンスなの。あなたにはソフトボールがあるでしょ?私には何も無いのよ。ハヤトを好きなこと以外」


 恋のライバルである瞳子になだめられてミコトの嗚咽が止まる頃、ひとりの男子生徒が下駄箱の前に姿を現せた。その男子の顔を見上げて瞳子が声を輝かせた。


「ハヤト、今日はサッカー部のミーティングだって言ってたじゃない。来てくれたんだ」


 ミコトが涙を拭って顔を上げるとそこには今まで想い続けたハヤトが立っていた。ハヤトはミコトの姿を見下ろすと驚いた顔を浮かべたが、すぐに瞳子がハヤトの腕を組んで玄関へと歩き出した。


「おい誰だよあの子。またおまえが苛めたんじゃないだろうな?」


「知らなーい。約束守ってくれて嬉しい。早く瞳子ん家行こーよ。今日は親いないんだ」


「お、おい待てよ」


 瞳子に腕を引かれてハヤトの姿が目の前から消えていく。ミコトはふたりに何の言葉も掛けられずにその場で膝を折ったままこの現実に打ちひしがれていた。


「ちょっと、大丈夫?ミコトちゃん」


 しばらくして後ろから細い声がミコトの背中に当てられた。彼女はミコトのとなりで膝を屈めるとミコトの顔を覗き込んだ。


「ミコトちゃん泣いてる。何かあったの?」


 声を掛けてくれたのはミコトの後ろの席に座る亜季。友達の温かい言葉を受けてミコトは「ううん、なんでもないの」と新しく湧き出た涙を拭って声を返した。


「嘘。全然大丈夫じゃない。話してみて」


 亜季に尋ねられてふたりはその場から立ち上がり、人目の少ない場所を選んで歩き始めた。ミコトは亜季にC組のハヤトがずっと好きだったこと、そして今日想いを伝えようとしてハヤトの彼女だという瞳子にハヤトを諦めるよう伝えられたことを話した。


 亜季はミコトが想いを吐き出す度に驚いた顔を浮かべたが、恋に不器用なミコトの姿を見てそれをからかう事無く真摯にミコトの心の傷と向き合った。ミコトが言葉に詰まってその場で立ち止まると亜季が話を統括するようにミコトに言った。


「ミコトちゃんはハヤト君のことが好きだったんでしょ?でも瞳子って子が邪魔をしてる。それで諦めちゃうのは勿体無いよ」


 ミコトが「どういう事?」と訊ねると「あのふたりまだきっと付き合ってないよ」と亜季が冷静な口調で言い放つ。亜季が言うには確かに瞳子がハヤトに告白したのは事実だけど、ハヤトが答えを保留しているため外堀を埋めようと瞳子が裏で色々と手を回しているらしい。


 でも、亜季の話の途中でそれを打ち切ってミコトは踵を返した。


「私よりあんなにハヤト君を好きな子がいるのに、私なんかがしゃしゃりでる訳には行かないよ」


 ハヤトと瞳子が歩いていった方とは逆方向にミコトの足が進む。呼び止めるように亜季が強くなった風に声を乗せるようにして伸ばす。


「ハヤト君は知ってるの?ミコトちゃんの気持ち」


 ミコトは一度立ち止まると静かに微笑みながら亜季の方を振り返った。


「もう何度も、数え切れないくらい好きだって伝えたよ」


 ミコトの表情の悲壮さに亜季は何も言えずに伸ばした腕を引っ込めてしまった。もうやれることは全部やった。心配してくれてありがとね亜季。でもいいんだ。私の初恋はこれでおわり。ミコトは亜季に別れも告げずに下の道へ降りる石畳の階段をゆっくりと下っていった。



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