第17話 ミコト × 17

 次の日の放課後、美術室で待ち合わせをした優奈とミコトがキャンバスの載ったイーゼルを挟んで話をしている。話題はもちろん優奈が好きだと言っている他の高校に通う男子の話。ミコトは昨日の駄菓子屋で遭った少年の話を会話の流れで優奈に告げてみた。


「私が見たの、絶対優奈が言う瞬太君だって!左手に大きな傷があったもん」


「うーんそれだけじゃちょっと、本当に瞬太だっていう確証がないなぁ」


 いたずらな目でミコトを茶化す優奈を見てはっきりと特定できる瞬太の情報をくれなかったのは優奈の方じゃないか、とミコトは少し不貞ふてて顎に手を置いた。大体女子がゲームをプレイしてる最中に突然順番に割り込んでくる無礼な男子高校生がこの町にそんなに多くいるとは思えない。


「私もね、自分なりに頑張ってみることにしたんだ」


 優奈はそう言うとスカートのポケットから携帯電話を取り出してそれをミコトに向けて見せた。画面にはミコトも使っているメール交流アプリが映っている。


「家にある卒アル見返してみたら進路先は港の近くの塩見高校だって分かったの。それで知り合い通して塩見高校の友達が出来たからそのコに瞬太情報送ってもらうことにしたんだ」


「なんだ、それなら早く言ってよ」


 ミコトは数日分の苦労が水の泡になった事を受けて椅子の上で大きく仰け反った。でもこれでこちらから動かなくても瞬太の動向がわかる。後は優奈と瞬太がふたりで会える機会を作るだけだ。ひとつの問題が解消してミコトはほっと息を吐いてカバンのジッパーを広げた。


「瞬太君言ってたよ。諦めない事が大事だって」


 そういうとミコトは昨日駄菓子屋でゲームの景品として貰ったポン菓子を優奈に差し出した。博多にゴール出来るまで何度も挑戦した景品だ。優奈が何これ?という顔を浮かべてミコトがそれを見て微笑んだ。


「駄菓子のにんじん。知らない?にんじんの形の袋に入ってるけどお米で出来てるの」


「わー、いらなーい」


 アメリカ映画の子役のようにオーバーに両手を広げてキツい言葉を言いながらそれを受け取った優奈が机の上でそれを広げた。


「ちょっと、誰か教室に居るの?」


 突然、廊下の向こうからドアをノックする音と女の子の声が響いた。ミコトが振り返ってその声の主に返事をする。するとドアが開いて綺麗に髪を纏めた女の子が毅然とした足取りで美術室の中に入ってきた。ミコトはその人物を見て思わずその場を飛び上がった。


瞳子あこ!?」


「ん、誰?知り合いだったっけ?」


 瞳子が眉をくねらせてミコトの顔を見つめる。あの時の記憶がフラッシュバックして足が震えて声が出せなくなる。退いたミコトの背中が画材置き場に当たって筆やパレットナイフが床に落ちて散らばった。


「ちょっと何怯えてるの?まだ何も言ってないでしょ」


 瞳子が怪訝そうな表情を浮かべていると教室に山口と思われる女子生徒ともうひとり細い目の真面目そうな人物が入ってきた。トイレの床にミコトを叩き付けた柔道女の面影を漂わせる丸い顔のパーツの女子はミコトと優奈を見るなり、声を向けた。


「お前達、今日は六限目終了と共に下校日だというのを知らないのか?」


 ミコトと優奈が顔を見合わせた。瞳子の横に並ぶようにして山口がミコト達に手を差し向けた。


「昼休みに放送流れただろ。美術部の顧問は栗山先生か。鍵の管理がなっていないと報告しておかないとな」


「へ?先生達のノー残業デーって事?」


 ミコトの後ろで優奈が小声で彼女達に訊ねた。山口が瞳子の反対側に並んだ女子の先程の発言を補足するように言葉を付け足した。


「本日第一水曜日は教師のノー残業デー、および部活動に励む生徒達のリフレッシュを図るため我が校は六限目終了と共に一斉下校日としてるんだ。もう入学してそれなりに経つだろ?いい加減憶えなよ」


「山口大丈夫?瞳子にサッカー部辞めさせられてない?」


「何言ってるんだお前は。瞳子がそんな事をするわけ無いだろう」


 ミコトが心配して訊ねると瞳子のとなりに並ぶ女生徒が呆れたような声を返した。

山口の額には殴られて付けられた痣が無く、その代わりにショートカットの髪の上に真っ赤なカチューシャが置かれていた。


「お前たちは知らないだろうが、清水瞳子は時期生徒会選挙の立候補者だ。仕事の請負で校舎見回りの担当でここに着たらお前たちがまだここに残ってたって話さ」


「ちょっと待って!瞳子が生徒会?山口がいじめられてない?どういうこと?」


 混乱したミコトが目の前に並ぶ三人を見てわめき散らす。いずれの生徒も以前のミコトで会った時とは180℃ 性格や立場が変わっている。あの部屋でまた顔を変えたから?それが自分の周りの人にまで影響するっていうの?ミコトは顔を両手で覆って頭を揺さぶって考えを整理しようとしたが無理だった。


「ダメだ、どういう事だがさっぱりわからない」


「私にはあなたが言ってることが良くわからないけど」


 瞳子が錯乱した様子のミコトに言葉を返す。以前会った時は短かったスカートの丈が膝下まで伸びて首元にリボンがきちんと巻かれている。今の瞳子には不良女子生徒のかけらは微塵も無く早くこの面倒な仕事を一刻も早く終わらせてしまいたいと考えているようだった。


「とにかく、今日はもう帰りなさい。ただでさえ最近学園の風紀が乱れてるんだから。それを正すことが生徒会役員候補の役目なの」


「学園の風紀....あっ、そういう事か」


 優奈が瞳子の言葉を受けて真意を悟ったように頬を染めた。


「やっぱり男子と一緒に密室で愛を語らっちゃう女の子もいたんだ」


「異性不純交遊は認めません。現行犯問わず、裏が取れ次第、即刻停学処分にさせます」


 瞳子が厳しい口調で優奈に言葉を放った。彼女達が教室に入った来た時は慌てふためいていたミコトだったが状況が分かって来て少しずつ気持ちが落ち着いてきた。今の瞳子は私が前会った時とはまったく違う瞳子なんだ。でも、ミコトは瞳子の前に立つと彼女の肩を掴んで瞳子がその場を一歩退く勢いでその腕を強く押し込んだ。


「ちょっと、何するの?危ないじゃない!」


「前のミコトのお返し。行こう優奈」


 カバンを担いで彼女達の横を通るとき、ミコトは驚いた表情を向ける瞳子を一瞥いちべつした。こんなモンじゃないだからね。私があの時受けた痛みと苦しみは。ミコトは急かすように優奈を呼び寄せて美術室を出た。



「平行世界。今自分が居る世界とは別に分岐して、それに並行して存在する別の世界の事なんだ。人の話でたまに聞くけど調べるまでよく知らなかった」


 次の日の昼休み、ミコトは学校の図書館でシャイニールームを使った際に生じる事象を解明するためにそれに繋がる資料はないかと調べていた。


 昨日遭った瞳子や山口達は前のミコトが教室で声を掛けられた時とは性格や立場が大きく変わっていた。影で自分の気に入らない生徒を苛めていたあの瞳子が生徒会に立候補だなんて信じられない!


「ふふっ」


 おかしくて笑い声が出て、ミコトは振り返る他の生徒の視線を感じて口許を抑えた。


 ミコトはもう一度本のページに目を落とした。そして昔家族と見た古い映画のワンシーンを思い出した。主人公が過去に戻って歴史を改変するような大きな出来事を起こして現在の自分やその世界に影響が出てしまうといった内容の映画だったのだが、この本が言うようにそういった行動を取る、もしくは取らなかった世界線というのものが平行世界として今いる世界と連動して存在しているらしい。


 今の私はシャイニールームでこの顔を選んだ私だ。自分の選んだ顔のパーツによって自分の経歴どころかその周りの人にまで影響を及ぼしてしまうなんて、まるで世界が自分を中心にして動いているようで怖くなってその本のページを閉じた。


「考えすぎ。思い過ごしよね」


 ミコトは座っていた席を立ち上がると振り返って椅子を引いた。私なんかがあの部屋で顔を変えたところで人の性格や本質が変わってしまうなんてありえない。亜季や美優は前のミコトで会った時と同じだったけど、瞳子達は別人のようだった。変わってしまう人と変わらない人。どういう基準で決まってしまうのか、規則性が見つからない。ミコトはとりあえず手に取ったパラレルワールドに関する書籍を貸し出し口に持っていくとおさげの図書委員の子がミコトが手渡した本の表紙を見てはっと息を呑んだ。


「この本....いえ、なんでもないです」


 少女があまりにも大きく驚いたように見えてミコトは持っていた図書カードの項目を眺めた。恋愛モノばかり借りているから驚かれたのかな。そんなとこを考えながら廊下を歩いていると前から優奈が泣き顔を浮かべながら走ってきた。


「ミコト!」


 優奈がミコトの腹に飛び込むようにして背中に両手を回してきた。


「どうしたの、廊下で大声上げるとまた瞳子になんか言われるよ」


「瞬太が、瞬太に彼女が出来たって!」


「それ本当?」


 ぐすん、と鼻をすすりながら顔を上げる優奈を見てミコトが聞き返す。


「塩見に通うコが瞬太が恋をしてるっていうから、」


 言いかけて優奈はミコトの身体から離れて目から溢れてきた涙を手の平で拭った。通り過ぎる他のクラスの生徒が心配そうに優奈を眺めている。


「もう、おしまいだよミコ。瞬太に彼女が出来たら私、私....!」


「落ち着いて優奈。私がなんとかする」


 ミコトが優奈の肩に手を置いて力強く頷くと優奈が口の中でどうやって、と言いかけた。始業のチャイムが鳴り、廊下の生徒達が散らばってミコトと優奈もそれぞれのクラスに戻った。


 授業中、ミコトは優奈のさっきの表情を思い出した。もうすぐ日本を離れてしまうあの子の為に願いを叶えてあげたい。


 それには本当に瞬太に彼女が居るのか確かめてみる必要がある。あの部屋に行けば何かきっかけが掴めるかも知れない。家に帰ると深く息を吐き出してもう一度ミコトはシャイニールームに飛び込んでその向こうのドアを開けた。


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