第16話 ミコト × 16

 数日後、ミコトは商店街のはずれにある例の駄菓子屋の前にいた。


 来月海外に引っ越してしまう優奈に美術室で恋の相談をされ、相手を独自に探し始めたのだが、まったく手がかりが無くミコトは気晴らしのつもりで店の前に置かれたコインゲームのレバーを指で弾いていた。なにせ相手は他校の生徒で連絡先も分からず、追浜瞬太おいはましゅんたという名前以外何も分からないのだ。身体的に特徴が無いか訊ねると左手の甲に自分でナイフで付けた切り傷があるらしい。驚いて詳細を問いただすと絵のコンクールで思わず模写した絵を出展してしまい、それが賞を取ってしまったのが許せなくて戒めの証として自分の左手に傷を落としたのだという。話を聴くに芸術家体質のエキセントリックな性格な持ち主のように思えてきたミコトが優奈に問いただした。


「そんな人のどこがいいの?それに今時携帯電話も持ち歩いていないんでしょ?優奈だったらもっと優奈の事を考えてくれる人がいると思うよ」


 ミコトが言い終わると優奈は不貞腐れたように顔を膨らませて少し怒ったような声質でミコトに言った。


「言ってくれるよね。中学時代のウチらを知らないくせに」


「ごめんなさい。優奈の事を心配して言ったの」


「うん、ミコトの気持ち、わかってるよ」


 優奈がもう一度笑顔を見せるとミコトは安心して優奈に笑顔を返した。


 駅前のカフェで少し話をした時に優奈がオレンジジュースが注がれたグラスをストローでかき混ぜながらまるで昔話をするホステスのような仕草でミコトに語った事を思い出した。


「なんかさ、瞬太はほっとけないヤツなんだ。だから誰かが一緒にいてあげなきゃいけなくて。でもアイツ友達いないから、優奈が一緒にいてあげなきゃいけないんだ」


 先日、ミコトのマネをして爪を剥がした優奈の事を思い出して、もしかしてお似合いのふたりなのかな、とミコトは思い始めた。優奈はまだ恥ずかしがって話してくれないけど、中学生時代に優奈が彼に強く惹かれるエピソードがあったのかも知れない。


 それにしても....ミコトは今の自分の姿を省みてため息を吐いた。私はどうしてこんなところでコインゲームなんかで遊んでるんだろう。もしかしてもう一度ハヤト君がここに来て一緒にこのゲームを遊べるんじゃないかと期待して......いやいや、もうハヤト君の事は


「おお、こんなところに駄菓子屋がある」


 ミコトがゲーム機の筐体きょうたいに頭を擦りそうなくらい顔を近づけて唸っていると後ろから落ち着いた男性の声が聞こえてきた。


「何か発想を得られる発見はないか、と帰宅までの道のりを変えてみたが、ルート変更が功を奏したようだな」


 ミコトが振り返るとそこには違う学校の制服を着た背の高い男子生徒が立っていた。細身の身体を包んでいる青いストライプのワイシャツが彼の線の細そうな感性に非常にマッチしていて、目全体を覆いそうなほど長く伸びた前髪がミコトに少しの警戒心を抱かせた。


「あれは、この間テレビで特集を組まれていた新幹線ゲームじゃないか!」


 少年は伸び放題の髪を揺らしながらミコトの身体を跳ね除けるような勢いで目に映ったレトロゲームに向かって歩を進めた。さっきの口ぶりからして、どうやら彼はなにかしらの製作活動を行っていて、自分が興味を持ったモノを見つけるとそれしか見えなくなってしまう性格の人らしい。


 思わずミコトがその場を飛びのいてゲーム機の順番を譲ると、少年はチェーンの付いたボロの財布から10円玉を取り出してそれを筐体のコイン投入口に押し込んだ。彼はさっきテレビでこのゲームを知ったと言っていた。こんな田舎町でもサブカルチャー好きの若者は一定数は居るのだろうと思い、ミコトはレトロゲームに興じる少年の後姿を眺めていた。


 ふたつ目のレバーを弾いてコインが筐体の左側に設置された京都駅に到着すると少年は感銘を受けたように喉を唸らせた。


「さっきもそうだがこのゲームは左右交互の指でレバーを操作する仕様なのか。プレイヤーを飽きさせないその作りに敬意を抱かざるを得ない」


 なにやら古めかしい話し口の少年は袖口からその細く白い指を出すとミコトは彼の左手の甲を見て思わず息を呑んだ。


「この先の岡山駅に着くにはふたつの障害を越える必要があるんだな。ここに来て急に難易度が上がるのか....」


 少年は精神を集中させてレバーを弾く強さを指先で計っている。こんなにも純粋にこのゲームを楽しめる少年を見てミコトは彼に羨ましさすら抱いていた。


「ここだ!......なんだと....!」


 少年の指からがらん、とレバーの外れる音がしてコインが力なく通路を動いてそのまま先にあるポケットの奥に10円玉が飲み込まれていった。


「くそ、汗で指先が滑ったか....もう10円!」


 少年はズボンのポケットからチェーンで吊られた財布から新しく10円玉を取り出してゲームへの再トライを始めた。その仕草は普通の高校生なら抱くであろうこんなゲームで失敗してしまった恥ずかしさを微塵も感じさせる事はなかった。


 ミコトは彼に声を掛ける用事が出来たので店前に置かれた駄菓子の束を見る振りをしながら彼の様子を見つめていた。


 大粒の汗が光る頬を拭おうともせず、少年は自分が捜し求めている好奇心の元なる存在がこの筐体の中にあるのではないか、というような瞳で紙に描かれた駅の終着点を目指してコインを弾いていた。やがて数回目のチャレンジで彼はゴールひとつ手前の広島駅にコインを到着させた。彼の背中越しにミコトは弾かれるコインの様子を見守っている。


「ここに来てゴールは三分の一の確率か。迷っていても仕方がない......ここだ!」


 少年が勢い良くレバーを弾くと10円が筐体の奥に当たり、その跳ね返りで博多駅の真ん中に設置された『当たり』のポケットに落ちた。


「うそ!?」


「入ったぞ!....景品は何だ?」


 彼が筐体の取り出し口から丸められた紙を取り出した。


「あたりは好きなお菓子がひとつ貰えるの」


 思わず興奮気味にミコトが彼に説明すると少年は勝ち誇った顔で店の奥にいるおばあちゃんに声を張った。


「このペコちゃんのチョコレートをくれ!」


 そう告げると彼はペコちゃんの顔が印刷された傘型のチョコレートをおばちゃんから手渡しで受け取った。


「思わぬ出費となったが、捜し求めていた景品は手に入った」


「えっ?それが欲しかったの?スーパーで数十円で売ってるよ?」


「いや、そういう事じゃない」


 少年が包装を剥がしてそれを頬張りながらミコトに向き直った。


「俺が欲しかったのは....途中で諦める事無く目標に到着する意思の強さだ。あくまでもゲームという擬似的なシチュエーションだが俺は最後までこのゲーム諦める事無くゴールに到着した。そして自分の力でこの景品という報酬を手に入れた。くぅ、糖分の塊が疲れた脳に染み渡るな」


 少年は髪の上から額を手で押さえながら自分が成し遂げた成果に打ち震えていた。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 左手の傷を見つけてミコトがその優奈が想いを寄せている少年、追浜瞬太と思われる彼に声を掛けるが聞き耳持たず、彼は床に置いていたカバンを担ぎなおしてミコトに捨て台詞を残してその場から歩き始めた。


「キミも目標というゴール目指して諦めるなよ」


 彼はそう言うと辺りに爽やかな風を残して去っていった。


 ミコトは彼のペースに圧倒され、その場でひとり呆然と立ち尽くしていた。ミコトのハヤトへの恋心を知ってか知らずか、出会ったばかりの彼に励まされてしまった。


 でも、ミコトは彼の傷を思い出して自分の左手の甲を右手の指でさすった。彼が優奈の言う変人、追浜瞬太に間違いない。明日学校で優奈に聞いてみる必要がある。そう実感するとミコトは店の中のコインゲームを振り返った。


「私もゴール出来るまでやってみよっと」


 夕暮れの商店街のはずれで、ミコトが新幹線ゲームのレバーを弾く音が乾いた空気を伝って一面に響き渡っていた。



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