第8話 ミコト × 8
部活終わりのサッカー部の部室。ミコトを含めた一年生の新規マネージャー三人が部屋の片付けと選手達のビブスの洗濯を行っている。落ち込んで元気のないミコトの表情を見て
美優が気丈に声をかけてきた。
「気にすることないよ。その清水ってのがミコトに嫉妬してるんだろ。せっかく入った部活、辞めることないって」
「そうだよ。ここで辞めたらミコちゃん、ハヤト君のこと諦めることになるじゃん」
祥子がミコトの細い肩を抱く。励ましてくれるふたりに言葉を返せずにミコトは曖昧に返事をした。私の行き過ぎた行動でスクールカーストの女王に目を付けられてしまった。瞳子がA組を訪ねて啖呵を切ったことはすでにクラス外でも話題になっていて、こんな形でサッカー部のみんなにも迷惑をかけてしまうのが申し訳なく思えた。
少し考えてタイミングを計ると、ミコトは声を振り絞ってふたりに声を発した。
「私、サッカー部のマネージャー辞めるよ」
「マジ......?本気で言ってんの?」美優が驚いた顔をして洗濯カゴを長椅子に置いた。
「そんな、あの女のせいで辞めるなんて勿体ないよ!」
「ううん、いいの」ミコトはカバンの中から一枚の包みを出して小さく笑う。
「退部届けも書いてきたの。この掃除が終わったら監督に出してくるね」
ミコトの言葉を受けて美優と祥子が言葉を失う。ごめんね、でも大したことはないんだ。
あの部屋で新しく顔を選びなおせばもう一度あの日からやり直せるんだから。
そう考えた瞬間、ミコトの脳裏に瞳子が言った言葉が浮かび上がった。
「ミコト、あんた整形してるんじゃないの?」
整形....光り輝いたあの部屋で顔や身体のパーツを選んで新しい自分としてやり直すのは整形なのだろうか?確かにこうやって友達も出来たし、ハヤト君との距離も少しだけど縮まった。でも私のやってることは整形なんだ。あの部屋でハヤト君が好きそうな顔を選んで振られても何度もやり直す。それが本当の、恋と呼べるんだろうか?頭の中が混乱して、苦しさからうめき声が漏れた。
「わかんないよ、私。どうすればいいの?」
心配して美優と祥子がミコトへ視線を向けるがかける言葉が見つからない。するとドアが勢い良く開いて夕日がその主の影を大きく伸ばした。
「おー、そろそろ部屋の片付け終わったかー?」暖かみのある男子の声が部室の三人を包み込む。
「おい、」美優に肩を揺すられてミコトは自分に被さった影の持ち主を見上げる。
そこにはいたずらっぽい笑みを浮かべたユニフォーム姿のハヤトが居た。ポイントスパイクの付いたシューズを片手で持ち、シャツだけが汗を吸っていない新しい物に替えられている。シューズを自分のロッカーに投げ入れるとハヤトは同学年の三人のマネージャーに声を向けた。
「わりぃ、女子だけの秘密の話してた?」
祥子がミコトの顔を見つめると「ううん、そんな事、ないよ」とミコトがハヤトから目を逸らしながら答えた。なに期待してんだろ、私。今日でサッカー部のマネージャー辞めるんだ。このミコトは失敗作。あの部屋で瞳子の言う 『整形』 をしてもう一度やり直すんだ。
「これ」目の前に差し出された男子の腕を見てミコトの身体が後ろに飛びのく。
「えっ?えっ?どういうこと?」目の前に歩み寄ったハヤトを見てミコトの声が裏返る。それを見てハヤトが熱気のこもった瞳で話し始めた。
「入部歓迎のミサンガ。今年はどのポジションも層が厚くて良いチームだって先輩が言っててさ。大会で好成績残せそうなんだ」
「そうなんだ....」緊張と頭の疲れでぼんやりとミコトが声を返すとハヤトが少し目線を落として次の句を繋いだ。
「まぁ俺はまだベンチだけどね。練習ちゃんとやって試合で結果だしてすぐにレギュラーとってやるからさ」
やる気のこもった決意表明を受けてミコトは部活でのハヤトの姿を思い出した。ハヤト君、あんなに上手いのにレギュラーじゃないんだ。そういえば同じポジションにもっと上手な先輩がいたような。几帳面な話し方で挨拶をしてきた角刈りの3年生の姿を思い出した。
「絶対に全国に行くから長谷川 もサポートしてくれよな」
そういうとハヤトはミコトの腕を引いて手に持った白と水色の糸が混じり合った紐をミコトの左腕にぐるり、と回してきつく巻いた。
「えっ、これって」
「じゃ、俺これから選手ミーティングあるから」
そう言い残すとハヤトは靴を履き替えて足早にグラウンドに向かって駆け出した。夕日に溶けるサッカー少年の姿をミコトはぼうっと見つめていた。そんなミコトの肩に美優が腕を置いて頬を指で突きながら笑う。
「やるなー、ミコト。憧れのハヤトじきじきに声かけてもらえるなんてさー」
「いいなー、私入部したとき、それ貰えなかったよー?」祥子が羨ましそうにミコトを見て顔を膨らませた。ミコトは自分の腕に巻かれたミサンガに目を落とす。このリングが切れるまで付けていると願い事が適うといわれる刺繍糸で編みこまれた装飾品。ハヤト君がこれを巻いてくれた。こんな事考えられない!
少し気持ちが落ち着くと胸に嬉しさがこみ上げて来た
「もう、これは要らないね」美優がミコトのカバンから取り出した退部届けをゴミ箱の上でびりびりと破り捨てた。
「ミコちゃん、これからもよろしく!」祥子が愉快な声を出して小さな掌でミコトの背中を押した。
「痛いなーもう」ミコトは祥子に笑みを返すと部室の片づけを終えてミーティングの終わった選手達の姿を見送った。
ハヤト君がサッカー部の一員として認めてくれた。ミコトは自分の腕に巻かれているミサンガをずっと見つめていた。
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