第6話 ミコト × 6
「それで?あなた達が入部見学者?」
「はい!よろしくお願いします!」
放課後のグラウンドの隅。シャツの上からジャージを羽織った上級生のマネージャーの先輩が整列したミコト達の前で明朗な声を張った。サッカー部のマネージャー志望でこの場へやってきたミコトの目的はもちろん、サッカー部に所属しているハヤトに近づくこと。
「じゃあ、あなた達は今日は見学。選手たちのプレーをよく見ていて」
「はーい」
調子のよい返事を返して練習のミニゲームを見届ける。ミコトと同学年のシャツと短パンを履いたふたり組がグラウンドでボールを競い合う男子を見て黄色い声で話し始めた。
「やっぱ運動部はイケメン多いわー」
「彼氏作るんだったら部活のマネ一択だよねー」
目を輝かせるふたりを見て横に立つ先輩が呆れたようにため息をつく。転がるボールを目で追うミコトと走り回る男子を追うとなりのふたりの視線がすれ違う。それに気付いてふたり組の片割れがミコトの姿を見て声をかけてきた。
「えっと、A組の長谷川 さん、だよね?」
うん、と答えると白線を跨いですぐそばを緑のビブスを着けたハヤトが走り抜ける。さわやかな汗の匂いがミコトの鼻をくすぐった。ミコトの表情を見て快活そうな日に焼けた肌をしたもう片方が、からかうような笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、長谷川 もハヤト狙い?」
自分の態度に気付いて顔を赤らめて下を向くミコト。「ほら、チャンスだよ!」先輩の声で顔を上げるとゴール前にボールが転がり、ハヤトのチームが押し気味に試合を展開している。選手同士の激しい身体の寄せ合いの末にボールがハヤトの足元に納まった。
「頑張れー」シュートの体勢に入るハヤトを見て思わず声を張り上げる。次の瞬間、ハヤトが蹴り上げたボールがゴールネットを揺らすとミコトは近くに居た女の子達とハイタッチを交わしていた。
「やったー!」グラウンドに目を移すと点を決めたハヤトがチームメイトから背中や頭をはたかれて手荒な祝福を受けている。ミコトはそれを見てはっと息を飲み込んだ。
「部活のハヤトくんってあんな顔なんだ」
放課後のグラウンド、そこにはミコトの知らないハヤトの顔があった。今まで学校の廊下や帰りの通学路でしかハヤトと接点を持てなかったミコトからすれば、サッカー部のマネージャーとして入部することは普段のハヤトを知るこれ以上ないチャンスだと実感していた。
しばらくして選手のミニゲームが終わり、部員達が一度着替えに部室へ戻っていく。
引き上げる際にライン側にミコトの姿を見つけたハヤトが「ああ、長谷川 じゃん。来たの?」という顔を見せたが、仲間たちにちょっかいを出されてそのまま部室へ消えてしまった。
ミコトが「あっ」と声を出したのが隣の女の子に聞こえて「心配すんなよ。マネージャーになったら毎日ハヤト見放題だぜ?」とからかわれた。
「こら一年」その隣で先輩のマネージャーが恐い目で睨んでいる。
「ははっ、怒られた」後ろにいたもうひとりのマネージャー志望の一年生が頭の後ろで頭を組んだ友人を見て笑う。彼女は先輩の目が背けられるとミコトを向き直って自己紹介をした。
「私はB組の
「こちらこそ!美優と祥子ちゃんね」
「なんで私は呼び捨てなんだよ」
「ははっ、ミコトちゃんおもしろーい」
選手の居ないグラウンドに3人の笑い声が響き渡った......
ミコトはその日のうちに美優や祥子と一緒にサッカー部に入部届けを出し、それが顧問の監督の元に受理され、ミコトは晴れてハヤトと同じサッカー部へマネージャーとしての入部が認められた。やった。これで今よりもっとハヤト君に近づける。自室のベッドに身体を預けるとミコトはマクラを抱きしめて明日からの日々を夢想した。色々な事を考えた。が、結局頭の中で考えがまとまらなくてそのうちに疲れて寝てしまった。
次の日の放課後、サッカー部の準備室で他のマネージャー達を待っていると、がらっと勢い良くドアが開けられ、元気のよい挨拶で美優と祥子が部屋に入ってきた。
「はーい、ミコトお待ちかねのハヤト君情報~」
ハヤトと同じクラスの祥子が楽しげな口調でミコトに顔を近づけた。
「情報、そのいち!ハヤト君は毎週木曜日のお昼ご飯を購買で買う!」
「あ、そうなんだ!知らなかった!」驚きの声を上げるミコトを見て祥子が自慢げに腰に手を当てた。「やっぱミコトの本命、ハヤトなんじゃん」ミコトの恋心を見透かして美優がミコトをからかった。
「どうする?手作りする?お弁当?」
「そ、そんな~」
びっくりして袖で口を隠しながらミコトが恥ずかしそうに笑う。その姿を見て美優がミコトの肩に手を置いてぽん、ぽんと叩く。
「冗談だよ。ホントに作ってくんなよ。見てるこっちが恥ずかしくなる」
女同士、あはは、と声を出して笑いあう美優と祥子とミコトの三人。
光り輝く部屋を出た先には今まで私の知らない素敵な世界がありました。
その時のミコトの瞳には目の前の景色がきらきらと輝いて、これからもそんな日々が広がっているように見えた。少なくともその時までは、きっと。
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