シャイニールームと私の友達

第5話 ミコト × 5

 次の日の登校日、ミコトは昨日の駄菓子屋での出来事を思い出していた。


 生徒が座る前で先生が教鞭を振るっているがミコトは授業に集中できていない。ちらりとハヤトに咥えられた爪の割れた指を見つめる。頭がぼー、っとしてきて、はっと、目を覚まして頭を振る。すると肘が筆入れに当たり、中の筆記用具の先がかしゃり、と音を出して飛び出した。


 並んだ机と椅子の下を消しゴムが転がる。「あっいけない」あいにく今の授業の受け持ちは厳しい指導で知られる世界史担当の羽間はざま先生だ。ミコトは授業中での消しゴムの回収を諦めて黒板と先生に向き直る。


 「これ、」後ろから掠れた細い声が耳元を撫でた。先生が黒板に文字を書くタイミングで振り返ると後ろの席に座る橋本亜季が傷の無いちいさな手で拾い上げたミコトの消しゴムをそっと手渡すために腕を向けた。


 「ありがと」小声で礼を言い、それを受け取ると素早く前を向く。亜季は柔らかな笑みを浮かべてミコトの姿を見つめていた。


 同じクラスの前後の席に座るミコトと亜季、ふたりは授業中のプリントのやりとり、体育の時間のグループ分けを経てすぐに仲良くなった。放課後、ミコトは振り返って後ろの席の亜季に声をかけた。


「亜季はさー、なんかシュミとかあるの?」


 ミコトに問いかけられると亜季は睫毛にかかるほど長く伸びた前髪を除けるように瞬きを二回するとその色白い顔を上げた。細身の見た目からあまりアクティブなタイプとは思えない亜季が少しためらった後、ミコトにこう答えた。


「えっと、絵を描くのが好き」


「絵って言うと漫画とか?」


 言った後に絵といったら油絵や水彩画のような美術だと考えるのが普通だとミコトは気付く。しかしそれを気にしないように亜季は机の中からおずおずとノートを取り出して静かに机の上で開いた。


「すごい!うまいじゃん!」


 目の前に開かれたページにはドレスを着た少女が巨大な竜や悪魔と戦うイラストが線画で描かれている。恥ずかしそうに目を伏せながら亜季はその絵に脚注をつけた。


「これは魔法少女モノなんだけど、女子高生の女の子が使い魔に導かれた部屋で変身するの....まぁ話自体はどこの雑誌にもありそうな、ありふれたものなんだけどね」


「これは?」ミコトはページのコマに描かれている部屋の名前を注視した。


「シャイニールームっていうの。光り輝く部屋って意味」


「シャイニールームか......」亜季の言葉をゆっくりと口の中で噛み砕く。


 私が行けるあの部屋も光り輝いていた。ちょうど言い易い名称を探していたところだったから友達のよしみでミコトはその名を拝借させていただくことにした。


「いい響きだね!ちょっと使わせてもらっても良い?」


「えっ?別にいいけど。ミコちゃんも漫画描くの?」


「いや、私は描かないよ?」亜季は友達だけどあの非現実的な部屋の説明をしても理解してくれないだろう。それに秘密を誰かに話してしまったら効力がなくなってしまうのが魔法少女モノの決まりである、とミコトは解釈していた。


「まだ描きかけなんだけど、そのうちに完成させたらまた見せてあげるね」


 亜季の笑顔を見てミコトは彼女の手のひらを両手でぎゅっと握り締めた。


「面白い話になるといいね!」「うん」


 入学して早一ヶ月。そういえばいままでクラスのコとほとんどコミュニケーションと取った事がなかった。あの部屋でキャラメイクをして新しい自分に生まれ変わったから、自分に自信が持てるようになったのかもしれない。


「じゃ、私部活の見学に行くから」


「部活、始めるんだ?」


 亜季が少し驚いた顔で席を立ち上がるミコトを見上げた。スクールバッグを担ぐと「じゃあ」と手を小さく振ってミコトはその場を歩き出した。


 亜季、実は私も魔法使えるんだ。自分だけの秘密を飲み込んでミコトは教室を出た。



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