第3話 ミコト × 3

 放課後、駅近くの寂れた商店街を背の小さなミコトが歩いている。


 キャラメイクをやり直すと天候も少し変わるらしく、今日はこの街の上空を今にも雨が振り出しそうな厚い曇り空が包み込んでいた。


 細い路地に入ると、コスメ雑誌で見た妹系メイクをばっちり決めたミコトをすれ違った男が振り返った。


 でもアンタじゃダメ。ハヤト君じゃなきゃダメなんだ。向けられた視線を笑うようにしてミコトは路地を早足で抜けた。


 あの部屋を使い始めてから化粧ノリが良くなった気がする。いや、実際に肌の質感というか顔自体が変わっているのだから当たり前の話なのだけれど、ミコトは日々成長する自分の化粧技量に満足し、時間をかけて造り上げた 『自分の顔』 には達成感があった。


「はぁ、今日も振られちゃったなぁ~」


 歩きを止めて大きく肩を落とすミコトを見て他校の生徒が少し不思議そうな顔を向けたが、またすぐに同グループの輪の会話に戻っていった。


 あの娘がもし、自分と同じように過去に戻れて新しい自分としてやり直すことが出来たなら彼女はどの地点で、どんな自分でもう一度やり直すのだろう。


 そんな空想を広げながらミコトは時々通うカフェに入り、カバンで席を確保してカウンターでレモンティーを注文する。出来上がったそれを片手に椅子を引くと、カバンからノートを取り出してミコトは今の状況を箇条書きした。



・あの部屋は現状、何度でも利用できる


・選んだパーツの組み合わせによってこれまでの性格や行動が変化する場合がある


・部屋から出てやり直すと気温や天候はランダムで変わる


・ハヤト君は巨乳好きではない



 2回目とは逆にスレンダーな身体でハヤトに告白してみた。が、これもダメだった。


 断り文句は「長谷川は悪いヤツじゃないと思うけど、俺よりもっとふさわしいのがいると思う」といった文言で別ページの『ハヤトくんからの振られ台詞』の項目に強い筆圧で書き記されてあった。


 騒がしい笑い声がミコトの後ろを通り過ぎる。別の学校の男子生徒が身体に視線を向けてきて、慌ててテーブルの上に載せていた胸を持ち上げるようにして背筋を伸ばす。そして別のテーブルに付いたその学生達の後頭部を睨み付けた。


 やっぱり乳が大きいのはダメだ。男達から向けられる視線が気持ち悪すぎるし、何よりも動きづらい。正面を向き直ってため息をつく。


「やっぱし、巨乳はナシだな。ブラである程度形は作れるし。てか、もともとの自分のサイズ、どんくらいだったっけ....?」


 シャーペンを持ちながらミコトはショートボブの頭を掻く。

中学時代、男子達の馬鹿話で男の人は皆巨乳好きだと聞いていたんだけれど例外もあるらしい。ミコトはふと視線を目の前の窓に向けた。鏡を見るたびに新しい発見がある。


 今回の顔の輪郭と顔のパーツの組み合わせのバランスは個人的に最高の出来だった。


 それだけに今回もまた「長谷川の事、好きな人他にいると思うからゴメンね」とひと言で振られてしまったのは少しショックだった。


 あまり可愛くなりすぎるとハヤト君以外の、他の男子もミコトの事を好きになってしまうらしく、学校内で男子からも声をかけられることや、廊下や通学路でも視線を感じる事が多くなった。これまでの自分からすればあり得ない変化で、自分の事を好きな男子の気持ちを弄んでしまっているような気がして罪作りに思えてきた。


「今回もまた失敗」


 ミコトはレモンティーが注がれたグラスのストローに口をつけた。融け始めた氷がカランと音を鳴らして揺れる。口唇の形を変えていて吸い込む加減がわからないので、飲み込んだレモンティーが口から数滴溢れ出してテーブルの上に落ちる。グラスを置いて備え付けの紙ナプキンで苦笑いをしてそれを拭き取った。


 でもまあいっか、また何度でもやり直せるんだし。軽い気持ちで前髪をいじっていると目の前の道路を黒いワンピースを着たふくよかな中年女性が横切った。


 窓が一瞬鏡になり、そこのミコトの姿が映し出される。「えっ、ちょっと待って!」


 ミコトが立ち上がって窓に手を着いた。店越しに声をかけられたその女性は「知り合いかしらねぇ?」といった表情を残して立ち去っていった。


 「嘘でしょ......?」呼吸を整えてミコトはさっき見た光景を思い出した。そしてまた目の前を紫色のシャツを着た男性が店の前を歩いている。ミコトはさっきの事象を確認すべく、その身体に出来た窓を覗き込んだ。


 痩身の身体に出来た厚い鏡――そこに映ったミコトの頭の上には数字が浮かんでいた。


 もう一度、黒服の会社員が目の前を通った瞬間に目を細めてその数字を注視する。ミコトがよく見かけるフォントの英数字で91と浮かんでいた。


「これまで8回失敗したから後91回って事?


てか、これが0になったらどうなんの?もしかして...私、死んじゃう?」


 頭の上に浮かぶ数字はどうやら他の人には見えないらしく、鏡や窓の反射によって浮かぶ上がる仕組みで自分で触れることは出来ない。それはあの部屋でキャラメイクを繰り返すミコトに対しての、向こうの世界からの忠告である、とミコトは受け取った。



・時間や回数は無限じゃなく、有限。


 その解釈をミコトはノートの中に震える指で書き記した。


 顔を上げると窓にはいくつもの水滴が浮かび上がってる。いつの間にか振り出していた雨の粒が大きくなっていった。


「今日はもう、鏡を見るのはやめよう」


 ミコトは店から出るとカバンから緑の折り畳み傘を取り出して、部屋に戻るとそのまま眠ってしまった。

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