第2話 ミコト × 2

 化粧台が輝いて身体が光に包まれた長谷川ミコト。気がつくとそこは何もない空間があった。


「ハヤト君にふさわしい女の子になりたい!」


 ミコトが心で念じると四方八方に石版のような物体が宙に浮かんだ。


「この中から、自分が望む顔を選べばいいのね?......すごい、身体も選べるんだ」


 指でスマホのアプリをスライドするような手つきでウィンドウのカタログを捲る。途中、豊満な乳房が目に入り思わず目を背ける。


「な、何恥ずかしがってんだ私!ハヤトくんにふさわしい彼女になるって決めたんだ!」


 ミコトは自分の身体を選ぶとそのまま目の前に浮かぶドアに身を投げ入れた......


 目が覚めるとそこはいつもの自分の部屋。優しい朝の日差しがカーテンの隙間から目蓋をやさしく照らす。ミコトはベッドから身体を起こして机上の目覚まし時計を眺めた。


「戻ってきたんだ...」


 電池式日めくり時計の日付は5月15日を差している。私がハヤト君に告白した、その日。ミコトは自分の頭の中を整理した。その時まで時間が戻ったと考えるのが普通だ。そんなことが出来るなんて、まるで夢みたい。


 もしかしたら昨日、私がハヤトくんに告白したのも夢だったのかもしれない。


 そんなことを考えて化粧台の前に立「な、なにこれ!」


 鏡の中に映った自分の姿を見て大声をあげた。


「ほ、本当に別人になったんだ...」


 ふんわりとゆるみがかった栗毛色の髪の毛。憧れだった綺麗な二重目蓋。整った頬に短く尖った顎。


「すごい、これが私!?」ミコトは化粧台に屈みこんで自分の姿を覗き込むとパジャマのボタンの間から大きなふたつのお山が谷間を造っている。


「えっ?これも!?」ミコトは急いでパジャマのボタンを外し、ブラの前ホックを外して自分の身体にくっついた大きな乳房を両の手で持ち上げた。


「お、重っ」鏡の前で指の間から零れ落ちそうに揺れる乳房を支えながら前のめりになる重心を正す。


「おっぱいが大きい人って毎日こんな感じなんだ」


 自分の姿を見て頬を赤らめる。両手を離すと支柱を失った両乳房が重力を得て下に揺れた。


 やはりあまりにも大きいと支えるものがないと不恰好だ。ミコトは床に投げられたブラを取るとタグを見てまた声を上げた。


「うそ!?」


 タグにはミコトが今まで見たことがない大きさの数字が印字されてある。


「何これ、スゴっ。てかあの部屋で起こったことは本当だったんだ......」


「ミコトー、学校遅れるわよー」


 階段の下から母が呼ぶ声が聞こえる。ミコトは下着を身に着けると下の階に下りて台所にいる母に尋ねた。


「お母さん、今日の私変じゃない?」


 ミコトの母の里美は家事の手を止めて娘の大きな瞳を覗き返した。そして呆れたように言葉を返した。


「何言ってんの。いつも通りよ」


「そうなんだ。何か変なトコない?」


 テーブルに着くミコトに里美は朝食の載った食器皿を差し出した。焦げ目の付いたトーストにペアのサニーサイドアップ。


「あとポテトサラダにコーンスープね。帰り遅くなるんなら連絡入れなさい」


 いつもと同じ食卓のやりとり。食器を受け取るとミコトは今の自分が他人が見ている自分の姿である事を確かに実感出来た。


「私、本当にこの身体になっちゃったんだ」


 朝食を済ませてシャワーを浴びていると普段より肌が水を弾く感覚がある。これならハヤト君に告白してもイケるかも。


 四方から強烈な視線を感じながらバスに乗り込んで学校の門をくぐるとハヤトの下駄箱に手紙を入れて放課後に屋上に呼び出した。


「前樫中出身、一年A組の長谷川ミコトです!好きです!付き合ってください!」


 昨日のリプレイのようにハヤトに告白をする。下げた顔の真ん前で大きな胸が弾んで揺れる。近くに居た男子グループの視線がその一点に注がれる。手ごたえアリ。ミコトが横に開いた口を正しながら頭を上げるとハヤトは少し苛立った表情でミコトにこう答えた。


「俺、お前みたいなガサツな女、好きじゃないから」


 想定外の言葉に身が固まる。呆然と立ちすくむミコトの横を何も言わずにハヤトが通り抜けていく。


 事の次第を見ていた男子グループのひとりがミコトの後姿を見て呟いた。


「ハヤトのヤツ、あの言い方はひどくね?」


「でも普段の長谷川の態度考えたら...」 「おい、聞かれんぞ」


 ミコトの耳にはそれ以上の言葉は入ってこなかった。


「これでもダメなんだ」


 せっかくハヤト君のためにこの顔と身体を手に入れたのに。私の何が気に入らなかったの?予期せぬ二度目の失恋に頭がぐらぐらと揺れ始める。でも、ミコトは拳を握ってそのショックから立ち直った。


「こんなんで挫けてたまるか!ハヤト君にふさわしい女の子になるって決めたんだ!」


 流れる涙を親指でふき取ってミコトはその大きくメイクした胸を弾ませながらその場を走り出した。


 また化粧台の前に座れば、あの空間にいけるかも知れない。何度でも挑戦して、ハヤト君が好きな私になってやる。みじめさを押し殺してミコトは階段を駆け上がり自分の部屋のドアを開けた。

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