Episode Final /3
3
地対空ミサイルでのアームドコアへの攻撃は成功したようだった。
柏木美津穂はほっとしたように息をつく。
「きみの判断は正しかったようだ」
沼田は、アームドコアへの攻撃を進言した美津穂の肩を軽く叩いた。
「アームドコアには通常兵器が通用するようだ。となれば、われわれも戦える。あれはわれわれが引き受けよう」
「はい――すこしでも彼の負担を減らさないと」
無線は通じない。貴昭の状況はわからないが、ヴァルキュライドが動いている以上、貴昭もまだ戦っているということだった。
自衛隊の地上部隊が展開する。沼田は独り言のように戦車を持ってくるんだったと呟き、素早く地上兵器の装填を指示、次の攻撃に備える。
アームドコアは立ち上がってくる。もちろん、あれくらいでは機能停止までは追い込めないだろう。ヴァルキュライドより小柄なそれを狙い、射撃を指示。爆音を響かせてミサイルが発射される。
アームドコアが飛び上がった。目標がずれる。修正する時間はない。ミサイルは町に着弾、巨大な爆発を引き起こしたが、アームドコアには命中していない。しかしその背後からミサイル攻撃を受け、アームドコアは今度こそ地面に倒れる。
自衛隊の戦闘機だった。空対空ミサイルを放った戦闘機編隊がアームドコアの頭上を飛び去っていく。地上から歓声が上がった。
「澁谷か。相変わらず判断が早いな」
無線の不調で連携は取れていなかったが、航空自衛隊を指揮している澁谷もこちらの通常兵器による攻撃を見てすぐさま戦闘機をスクランブル発進させたようだった。沼田はふと笑顔を洩らしそうになる自分に気づき、まだそんなときではないと考え直す。
アームドコアは立ち上がってこない。しかし上空にはまだフーファイターがいる。ヴァルキュライドが数を減らしたそれは、どこからともなく再び集合し、八機になっている。フーファイターには通常兵器は通用しない。それはヴァルキュライドに任せるしかないのだ。
「あれ――」
美津穂はビルのなかに際立って見えるヴァルキュライドの姿に眉をひそめた。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの――ヴァルキュライドの動きが、すこし、変なような」
アームドコアの妨害がなくなったヴァルキュライドは空を見ていた。上空のフーファイターをじっと見ながら手を伸ばすが、その動きが、まるでさび付いた人形を動かそうとしているようにぎこちない。全身の動きがそんな様子で、フーファイターも攻めてはこず、様子を見るように上空で旋回を続けていた。
ヴァルキュライドも攻めない。攻められないようだった。なにか起きているのだと美津穂は思う。ヴァルキュライドではなく、おそらく、それを操っている貴昭に、なにかあったのだ。
*
拳銃の銃声は想像していたよりもずっと軽く、ちいさかった。
思わず目を閉じた乙音は、身体に痛みがないことを確認してから目を開ける。香瑠は明後日の方向に銃口を向けていた。それから、ぽいと拳銃を投げ捨てる。
「……なにをするつもり?」
倒れているイヴに近づき、その傷口にそっと手を添えた。イヴは苦しげに呼吸を繰り返している。それに幼いイヴが寄り添っていた。
「痛みはある? あなたは人間じゃないわ、イヴ。その痛みはあなた自身の意思で消してしまえるはず」
「痛みは消えても――わたしは、死ぬ」
「そう、それは抗いようのないこと。新たなイヴを産んだ時点であなたはもう長くなかった。でも、ただ死ぬだけだったあなたの命は、彼を守るために使われた。あなたの死は、生も、無駄じゃなかったのね。でもあなたは本当に彼がこの戦いに勝利すると思っているの?」
「……わからない。でも、好きだから。乙音も、貴昭も、好きだから」
香瑠は立ち上がり、血に濡れた自分の手を見下ろした。
「――乙音。これは、賭けなのよ」
「賭け?」
「人類が生き残るか、彼らが戻ってくるか。人類はいま、まったく新しい段階へ進もうとしてる。いまの人類は彼らのプログラムによって動く人形でしかない。そのプログラムに仕組まれた〈彼〉のウイルスが、いまの人間をこうしているだけ。もしこのまま人類が負けてしまったら、人類は自分の遺伝子に組み込まれた命令に逆らえなかったということ。でも、もし彼らに勝つことができれば――そのとき人類は、自らのプログラムを越えて、完全に自立した生物になる。運命を克服するのよ。そうしなければ、人類は消滅する。先生は自分が生きているあいだにその賭けの結果を見たがっていた。人類は本当に生き続けるべきなのかどうか。人類は運命に逆らい、自分たちで未来を手に入れられるのかどうか。そのためには、人類はあらゆる障害を乗り越えなければならない。先生は自らがひとつの障害になろうとした。でも先生はその役目を果たせなかった――今朝、亡くなったわ。だからわたしがその跡を継ぐ」
「人類の障害になるってわけ?」
「人類の命運を握っているあなたたちの、ね。でもあなたたちは打ち勝った。わたしは負けたわ。あとはすべてを受け入れる。人類が勝っても負けても、わたしは満足する。先生は――きっと、人類には勝ってほしいと思っていたんでしょうけどね。わたしはどっちでもいいの。ただ先生の希望を叶えてあげたかっただけ。乙音、わたしを殺すなら、まだその拳銃に弾が入ってるわ。近くから狙えば外す心配もない」
乙音はアスファルトの上に転がった拳銃を見下ろし、ふんと鼻を鳴らした。
「あなたを殺しても、なにも変わらない――それに、大っ嫌いだけど、自分の姉は殺せないでしょ」
香瑠はちいさく笑い、うなずいた。
「そうね、わたしも大嫌いな妹は殺せなかった。でも――これからが問題よ。人類の未来は、彼にかかってる。もうだれも彼を助けることはできない。八体のヴァルキュライドを同時に操るなんて、そんなこと、長続きするはずないわ。一体を操るだけでも神経系に大きな負担がかかる。なにせ二倍の感覚を制御しなきゃいけないんだから。それを八体、八倍も制御しようなんて、とても生身の人間が耐えられることじゃないわ」
貴昭はアスファルトの上にうずくまり、胎児のような格好でがたがたとふるえていた。乙音はヴァルキュライドを見上げる。ヴァルキュライドは、起動こそしていたが、直立したままほとんど動かなかった。
上空のフーファイターが徐々に高度を下げてくる。ヴァルキュライドが動かないようだということを理解したらしい。
それは、世界中のヴァルキュライドに起こっている事態だった。
それまで無数のフーファイター相手に善戦していた八体のヴァルキュライドは、いずれも動きが鈍り、最後には痙攣するような動きをかすかに見せるほか、ほとんど動かなくなっていた。その隙を突くようにフーファイターが襲いかかってくる。
ある国のヴァルキュライドは数十機のフーファイターに群がられ、まるで息絶えたもののようについばみ、食いちぎられ、別のヴァルキュライドは槍のように形状変化したフーファイターに手足を貫かれて昆虫標本のように縫い止められていた。
日本のヴァルキュライドもまた、攻撃を受けはじめる。あたりに金属を打ち鳴らしたような大音響が響き、ヴァルキュライドの装甲の表面に無数のひび割れが走った。乙音は貴昭を、香瑠はイヴを抱え、その場から逃げる。町全体が振動し、このままではあらゆるものが粉々に砕かれてしまいそうだった。
やがて、上空を旋回していた一機のフーファイターが急降下、ヴァルキュライドの身体に食らいついた。それを見たほかのフーファイターも一斉に降下し、ヴァルキュライドの身体はまたたく間にフーファイターに取り囲まれる。
ヴァルキュライドは動かなかった。貴昭の脈は信じられないほど速く、強くなり、これ以上耐えられないことは明らかだった。
ヴァルキュライドが負ける。
だれもがそう思った瞬間、航空自衛隊の戦闘機、イーグル数機がヴァルキュライドに接近した。群がっているフーファイターを、空対空ミサイルで狙う。ミサイルが放たれ、それが白い軌跡を残して空中を走った。ミサイルはフーファイターに着弾する前に爆発する。通りすぎようとする戦闘機を衝撃波が襲った。五機のイーグルが空中分解、爆発して、墜落する。
通常兵器がフーファイターに効かないことはわかっていた。通常の戦闘機ではただ犠牲になるだけだということもわかっていたが、それでも再び別の編隊が同じようにフーファイターに接近、攻撃を試み、失敗し、撃墜される。
航空自衛隊の指揮を執っている澁谷一佐は、その様子をすこし離れた町の外から、拳をぎゅっと握りながら見ていた。
「――続けてくれ。ミサイルを放ち次第パイロットは脱出。町は無人だ、そのままイーグルが町に落ちても気にするな」
新たな編隊が頭上を飛び去る。その轟音を強風に澁谷は覚悟が揺らぐ。しかしやるしかない。戦闘機はまたたく間にヴァルキュライドとフーファイターに接近、しかしなかなかミサイルを放たない。その理由は澁谷にもすぐわかった。ミサイルを撃っても途中で爆発させられてしまうなら、限界まで接近してから撃てばいいと思っているのだ。しかしそれでは脱出の時間がない。イーグルはフーファイターからほんの数十メートルまで近づき、ミサイルを放つ。爆発。その煙のなかでイーグルが落ちていくのが見える。脱出の余裕はなかっただろう。煙が晴れる。フーファイターにダメージはなかった。
澁谷はそれでも出撃命令を止めなかった。
理由はわからないが、ヴァルキュライドが苦戦しているのは明らかだ。それをほんのすこしでも助けられるとすれば、通常兵器による攻撃しかない。それがほんの一瞬、敵の意識を逸らすだけの効果しかないとしても、できることはすべてやらなければならない。
だれかに守られるのではない。全員で生き残る努力をする。人間の未来はその先にしかないと澁谷は信じ、戦い続けた。
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