Episode Final /1
1
「くそ、しゃれにならねえぞ、これは!」
新嶋貴昭は自棄になったように叫んだ。その叫びにヴァルキュライドが呼応する。
矢代市から数キロ離れた町に、ヴァルキュライドはいた。上空には十八機のフーファイター。まるでからかうように青空を飛び回っている。ヴァルキュライドの咆哮があたりのビルの窓ガラスをすべて粉々に砕いた。その破片が町に降り注ぎ、ひとびとが逃げ惑う。貴昭はヴァルキュライドの足下でその様子を見て、舌打ちを洩らす。
「くそ、避難もまだぜんぜんできてねえ。ここで戦ったら被害が出る――くっ」
きいん、と耳の音が痛む音。貴昭は耳を塞ぐ程度で済むが、すこし離れたところで避難しようとしていた人々が悲鳴を上げて倒れる。
「ヴァルキュライド、中和しろ!」
ぶうんと低い振動音が高音をかき消した。その隙を突くように一機のフーファイターが急降下、その途中で突然はじけ飛び、無数の細かい破片となってヴァルキュライド、そして周囲の町に降り注ぐ。
まるで鉄の雨だった。破片のひとつひとつはちいさいが、生身で食らえばひとたまりもない。再びひとびとが倒れていく。ヴァルキュライドの装甲にも数え切れない破片が突き刺さり、貴昭は全身をナイフで刺されるような痛みに顔を苦痛の息を洩らした。
ヴァルキュライドが鳴く。身体に刺さっていた破片がさらに細かな粒子に変わる。傷はすぐに癒えた。ヴァルキュライドは敵の残骸である白銀の粒子を操り、細長い剣を作り出した。それを振るう。ぶんと桁外れに大きな風切り音が響き、一体のフーファイターが墜ちる。それでようやく、残り十六機。
『新嶋さん、市内の大部分で避難が完了しました!』
無線から柏木美津穂の声が響く。貴昭は後ろを振り返った。ガラス片が散らばる路上に、助けられなかったひとびとがいる。悲しんでいるひまも、後悔しているひまもなかった。
『都内にもフーファイターが出現、襲撃を受けています――北海道でも――日本全国、だめです――』
落ち着け、と貴昭は自分に言い聞かせる。
自分の力には限界がある。すべての人間は救えない。すべてを救おうとすれば、すべてを失う。いまは手の届く範囲を守るしかない。
「ひとりでも多く地下に避難させてくれ、地下ならまだ影響がすくないはずだから! おれはこいつらが移動しないようになんとか食い止める!」
『了解でありますっ』
「ヴァルキュライド、行くぞ!」
剣を投げる。空中でそれは怪鳥に変わった。白銀の戦闘機に食らいつく。一機、二機と屠り、三機目に食らいついたとき、別の方向から四機の集中攻撃を受けた。怪鳥が墜ちる。ヴァルキュライドは白銀の雨を受けながら衝撃波を放った。
降り注いでいた白銀の粉が、衝撃波に押し返されて空中で奇妙な形に停止する。衝撃波が過ぎると粉は再び降り注いだが、上空にいた三機を粉々に砕いた。これで撃墜したのは八機。残りも八機。
フーファイターが旋回する。それらが一体となって地面を揺るがすような大音響を発した。ヴァルキュライドがそれを中和しても、なお貴昭はその場にうずくまる。まるで巨大な鐘のなかに閉じ込められているような音圧だった。耳の奥がずきずきと痛む。ヴァルキュライドの表面に無数のヒビが走った。ヴァルキュライドが苦痛にうめく。貴昭も叫んでいた。意味のある言葉ではない。ただ喉のかぎりに叫ぶ。ヴァルキュライドの叫びがそれに重なり、頭上を旋回していた八機が一気に破壊、撃墜される。貴昭は上空から降ってくるフーファイターの残骸を浴びながら、荒く息をつく。
「くそ、負けてたまるか――死んで、殺されて、たまるかよ――」
無線を取り上げる。通じなかった。通信状況が死んでいた。無線機を捨て、その場に膝をつく。ここにいたフーファイターを全滅させてなんになる? 救えなかった命は数えきれない。いま、この瞬間も、日本中、世界中で死者が増え続けている。それを救えるのは自分だけだ。
立ち上がる。フーファイターに寄りかかり、なんとか立った。町への被害はそれほど大きくはない。ビルはそのままの姿で立っていたが、そこに住む人間が、もういない。
車が猛スピードで近づいてきていた。黒塗りの高級車。貴昭の近くで停止し、助手席から乙音が飛び降りる。
「無事? よかった――敵は全滅させたのね」
「でも、だめだ。だれも救えなかった」
「ばか言ってんじゃないわよ、避難できた人間も大勢いる。でも、あなたはもう限界よ。これ以上は戦えない」
「ちがう、戦える。ヴァルキュライドは、まだ動く。おれもだ。おれしかいないんだ。疲れたなんて言ってられない――次は、どこだ? あいつらはどこに現れてるんだ」
乙音は自分の痛みを堪えるような顔で何度か首を振ったあと、自分の頬をぱちんと両手で叩いた。
「わかったわ、こうなったらもう付き合うしかないじゃん――でも、いまから移動して間に合う場所にはもういない。そのうち別の町を破壊したやつがこのあたりを通るはず。それまで待ったほうがいいわ。怪我は?」
「大丈夫だよ。ヴァルキュライドのそばがいちばん安全だ」
「そうは思えないけど――」
乙音は周囲に倒れているひとびとを見る。それは、死体だった。乙音にとっては死体として認識されるものでも、貴昭はちがう。それは生きていた。目の前で、死んだのだ。はじめから死体だったわけではない。
車からイヴが降りてくる。ふたりのイヴ。あれから数日経って、幼いイヴはほんのすこしだけ成長していた。一方で貴昭たちと出会ったイヴは、まるで急激に生命力が奪われていくように青ざめ、長時間立っていることもできなくなっている。
「イヴ、大丈夫か」
「うん――まだ、平気。でも、たかあきは」
「おれも大丈夫だ。死んでないだろ。それとも幽霊に見えるか?」
イヴは首を振り、ヴァルキュライドを見上げた。
「世界中で巨大なロボットが暴れてるって報道されてたけど」乙音は言って、「あれってたぶん、ほかの地域にあったヴァルキュライドのことなんでしょうね。それが起動して、暴れてる」
「たぶん制御信号みたいなもんがあるんだろ。もともとは敵が作ったやつだから、それで動かしてるんだ。このヴァルキュライドは大丈夫みたいだけど」
「これは先にあなたが起動させたからでしょうね。制御プログラムより、あなたとのつながりのほうが優先された――でも、どうしてなのかしら」
「さあ、わかんねえけど、もしかしたらヴァルキュライドって女なのかもよ。で、おれのことが好きなのかも」
「なるほど、それだけ言えれば大丈夫そうね」
「でもヴァルキュライドが暴れてるなら、余計にやっかいだよな――せめて全部のヴァルキュライドが味方なら向こうとも戦えるんだけど。それでも勝てるかどうかはわかんねえけど、戦力は多いほうがいい。おれ以外にもヴァルキュライドが起動できる人間はいないのか?」
「ヴァルキュライドが起動するかどうかは、本当に偶然でしかない」イヴは言った。「人間はヴァルキュライドに選ばれる。選ばれた人間だけがヴァルキュライドと同期できる。でも本当は、その機能はヴァルキュライドが人間を支配するためのもの。人間がヴァルキュライドを動かすんじゃなくて、ヴァルキュライドが人間を動かすためのもの――人間がヴァルキュライドを動かしているこの状況は、わたしにもわからない。たぶん、ヴァルキュライドも進化してるんだと思う」
「進化?」
「これはただのロボットじゃない。生き物なの。高等な判断力を持った、独立した生き物だから――だれかの命令を永遠に繰り返してるだけの機械とは、ちがう」
ふむ、と貴昭はうなずき、ヴァルキュライドの装甲をこんこんと叩いた。イヴはそれを見てふと思いついたように、
「世界中のヴァルキュライドを、ここから操ることが可能かもしれない」
「え?」
「ヴァルキュライドには独自のネットワークがある。ほかのヴァルキュライドが機能停止しているあいだは使用できなかったけど、すべてのヴァルキュライドが目覚めているいまなら、そのネットワークも生き返っているかもしれない。ネットワークからこのヴァルキュライドの意思を送り込むことができれば、ここからすべてのヴァルキュライドを操れるはず」
「おお、そうなのか! じゃ、そのネットワークってやつ、さっそくやろうぜ」
「でも――」
「ん、なんだ?」
「ネットワークを使ってすべてのヴァルキュライドを遠隔操作することは可能でも、それにあなたの身体が耐えられるかどうかはわからない。八体すべてのヴァルキュライドと感覚を同期させれば、その分だけあなたには負担がかかる。ヴァルキュライドの受けるダメージはそのままあなたに伝わる。それが八体分になれば……」
一体のヴァルキュライドだけでも戦闘時に伝わってくる感覚はとても制御できないほどだった。それは、貴昭がいちばんよくわかっている。八体のヴァルキュライドを同時に操ることは不可能だと。しかし貴昭は軽くうなずき、イヴの肩をぽんと叩いた。
「やり方、教えてくれ。どうせこのままだとみんな助からないんだ。おれも、みんなも、そのうち力尽きる。だったらいま、自分が思うように自分の命を賭けたい」
イヴはためらうように眉をひそめた。乙音はため息をつき、イヴの頭をぽんぽんと撫でる。
「イヴ、教えてあげて。しょうがないわ。ここで出し惜しみしても意味がないのも本当だし、それに、新嶋くんの命は新嶋くんのものだもん。わたしたちが口出ししてもどうせ聞かないし」
「ま、そういうこと。ネットワークってどうすりゃいいんだ?」
「集中して」
イヴは言った。
「ヴァルキュライドの感覚に意識を集中するの。そうすれば人間にはない感覚があるはず。五感以外の感覚が」
「集中か――よし」
貴昭は目を閉じた。ヴァルキュライドの五感ははっきりと感じられる。視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚。それをひとつずつ感じていく。それらは自分の身体にもある感覚で、肉体感覚として理解できるものだったが、それ以外にもひとつ、違和感を覚えるものがあった。
自分の肉体感覚では理解できない、遠くにいるものを感じるような感覚。それを追いかけようとしても、理解できない分、意識すればするだけ感じられなくなってくる。
もっと受け入れなければだめだと貴昭は息をついた。ネットワーク。つまり遠くにいるもうひとりの自分とつながっているような感覚。そうか、と気づく。それは、自分とヴァルキュライドがつながっているのと同じ感覚だ。そう思った瞬間、貴昭はネットワークの入り口をしっかり掴んでいた。
細い糸だ。それで、ヴァルキュライドはつながっている。糸を辿っていく。その終点にヴァルキュライドがあった。どこかの国にあるヴァルキュライド。いままさに町を襲っているそれと、貴昭は同期を開始した。
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