Episode Final

Episode Final /0


   月のヴァルキュライド



  Episode Final



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 その日世界は終わるのだと、だれもが感じていた。

 だれもが空を見上げていた。

 青空もあれば曇り空もある。霧が立ちこめている地域も、豪雨のなかもある。だれもが祈るように空を見つめていた。

 その空を、まるで渡り鳥の大群のような黒い影が覆っている。数百、数千の戦闘機。音もなく世界中の空を支配した白銀の機体。

 それは美しい光景だった。何千という白銀の戦闘機が一塊になって空を移動する様子は荘厳であり、美しく、破滅的だった。

 すでにいくつかの地域では攻撃がはじまっていた。

 白銀の戦闘機に向かい、国軍の戦闘機四機が飛びかかる。それをその国の国民が眺めていた。軍の戦闘機からなにかは発射される。空対空ミサイル。白い尾を引き、猛スピードで白銀の戦闘機へ向かう。

 弦を鳴らしたように、びん、と空気が振動した。振動の波動が空気圧となって伝播する。白銀の戦闘機から放たれたそれがミサイルに触れた瞬間、なにもない空中でミサイルが爆発した。煙が上がるのにすこし遅れ、花火が打ち上がるような爆発音。衝撃波はミサイルを打ち落としただけでは止まらない。空中で上昇旋回する四機の戦闘機を捉える。一瞬だった。炎を含んだちいさな爆発が四カ所で起こり、それだけだった。ミサイルの爆発よりもちいさな爆発で四機の戦闘機は撃墜され、それをきっかけに、集団で上空を飛行していた白銀の戦闘機たちがばっと散開する。

 地上で悲鳴が上がった。悲鳴をかき消す甲高い金属音。空気が激しく振動していた。ミキサーのなかに放り込まれたように、町が、人間が、粉々になっていく。

 白銀の戦闘機たちは十数機ずつの編隊を組み、移動しながら超音波のような攻撃を続けていた。戦闘機が通りすぎたあとには細かく砕かれた町だけが残り、人間だけではなく、いかなる動物も生き残らなかった。

 世界中で同時に開始されたフーファイターの攻撃は、人類にはどうしようもない、まさに天災のようなものだった。

 ひとびとは逃げ惑うしかない。しかし逃げ場はなかった。どこまで逃げても白銀の戦闘機は追いかけてきた。彼らはたったひとりの人間も見逃すつもりはなかったし、ほんのちいさな集落も見落とさなかった。

「世界の終わりだ――」

 イギリス南部の都市、ソールズベリーでは、白銀の編隊が迫っていると情報が送られていた。住民は逃げ惑い、町は混乱に包まれる。そしてその混乱が呼び寄せたように、空に悠然と白銀の戦闘機が現れた。

 ある少女は、家族とともに家から小高い丘へと避難していた。夏の陽気に緑が生い茂り、土と草の匂いがするそこで、晴れた空が戦闘機の影で覆い尽くされていくのを見ていた。

 彼女の両親は少女を抱きしめ、神に祈った。少女はその声を聞きながら、神などいるはずがないと考えていた。もし神さまがいるなら、はじめからこんなことにはならないはずだ。神はいない。いるとしても、それは人間を助けてくれるようなものじゃない。少女はふしぎと恐怖もなく、ただ夢を見るような目つきで空を見ていた。

「――あれ、なにしてるのかな」

 少女はふと、戦闘機の集団が町の中心部には向かわず、町からすこし離れた畑の近くで旋回しはじめたことに気づいた。まるでなにかを待っているかのように、ぐるぐると同じ場所を回っている。

 と、地面が重たく振動した。地震のような揺れだった。少女は両親の身体に隠され、あたりが見えなくなる。苦労して父親の腕の下から顔を出したとき、畑だった場所に、巨人が立っていた。

「わあ、おっきい――」

 全長二十メートルほどはありそうな、巨大な人型のロボットだった。それが畑のなかに立っている。白銀の戦闘機はその頭上をぐるぐると旋回していた。それがぱっと散らばったと思うと、巨大なロボットが凄まじい咆哮を上げた。少女がいる場所からは百メートル以上離れていたが、それでもその咆哮は少女やその両親の意識を奪い去るのに充分すぎる音圧を持っていた。

 長い眠りから目覚めたロボットはゆっくりと身体を動かし、あたりをぐるりと見回した。すぐ近くに町がある。ロボットは町へ向かって歩き出すと同時に片手を町のほうへ突き出した。白銀の光が手に集まる。それが数メートルの大きさになったとき、集約されたエネルギーが町に向けて放たれた。光線のような、しかし実際には巨大な質量を持った粒子の束。町は一瞬にして焼け、あたりが赤く照らされる。ロボットはその町へたどり着き、力の限りに暴れはじめた。

 イギリスのソールズベリーだけではない。アメリカ、ブラジル、中国、エジプト、トルコ、ドイツ、各国で同じように眠っていた巨人が目覚め、町を襲いはじめていた。それらが存在しない町には白銀の戦闘機が現れ、すべてを無に還していく。

 その光景はまさに、世界の終わりそのものだった。

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