Episode 05 /4

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 イリジウム社地下研究所の食堂は静まり返っていた。

 そこには自衛隊から沼田と美津穂、イリジウム社からは乙音、イヴ、そして貴昭の五人がいたが、貴昭が話し終えたあとも、だれも口を開かなかった。全員がなにをしゃべるべきなのかわからないという雰囲気で、やがて沼田が独り言を呟くように言った。

「戦いの記録はこちらにもある。たしかに、正体不明のロボットが現れ、敵を殲滅したことは間違いない。そのロボットを操っているのがその老人、ないし女だとすれば、敵にせよ味方にせよ、われわれ自衛隊には対応できない相手であることは間違いない。もし対抗手段があるとすればヴァルキュライドだけだろうが――」

「まず、向こうの目的がなんなのかってことね」

 乙音が言った。

「向こうはなんのために新嶋くんをひとり呼び出そうとしてるのか。向こうの言い分をそのまま信じるなら、新嶋くんと話すべきことがあるってことでしょ。でもそれが嘘だとしたら、なにが考えられるか――向こうは新嶋くんがヴァルキュライドを動かせる人間だって知ってるわけでしょ。なら、新嶋くんをヴァルキュライドから離しておけば、すくなくともそのあいだヴァルキュライドは起動させられない。それを狙っているとすれば――沼田さんが言うとおり、ヴァルキュライドと同じようなロボットを向こうが持っているなら、それを止められるのはヴァルキュライドだけでしょ。向こうは自分たちのロボットを使ってなにかをしようとしてるのかもしれない。それをヴァルキュライドに邪魔されないように、新嶋くんを呼び出すとか」

「でも、あいつら、だれだか知らないけどさ、一回はおれを助けてくれたんだろ?」と貴昭。「あのときおれをほっとけば、おれはあそこで連中に殺されたかもしれない。それをわざわざ助けて、あとになって邪魔しないようにヴァルキュライドから離すのか?」

「まあ、たしかにそれはおかしいけど……かといって素直に向こうの言い分を信じるのもね」

「自分も、彼らにはなにか裏があるのだと思います」と美津穂。「もし本当になんの悪意もないなら、真正面からわれわれに接触するのでは?」

「まあ、それもたしかに。悪意はあるけど、おれに危害を加えるつもりはないってことなのかな。なんだ、それ」

「とにかく、自衛隊としては、きみの安全のためにひとりで彼らのもとへ行くことは勧められない」

 沼田はきっぱりと言った。

「しかし――これはわれわれの問題であると同時に、新嶋くんの問題でもある。もし新嶋くんがひとりで行くというなら、それを止めることはできないが……」

「おれは……いまのところ、会ってみて話を聞きたい気はしてるんですけど。ヴァルキュライドのことも気になるし、あの爺さんはそれ以上のことも知ってるかもしれない。もしこの先もフーファイターみたいなのと戦っていくなら、ヴァルキュライドがなんなのかとか、あいつらがなんなのか、知っておいたほうがいいと思うんです。もしおれがひとりで行かなきゃ話してくれないっていうなら、ひとりで行ってもいいし。さっき言ったみたいに、殺すつもりならあの時点でやればよかったわけで、たぶんひとりで行っても危険はないと思うけど」

 ヴァルキュライドや敵、フーファイターについて知らなければならないということはだれもが感じていた。敵、味方、お互いなにも知らないままでは有効な戦い方などできはしない。

 それでも圧勝していれば問題はないのだと貴昭は思う。なにも知らないままでもヴァルキュライドを思うがままに操り、敵を倒せれば。

 今回はそれができなかった。あそこで助けられなければそのまま死んでいたかもしれない。自衛隊の救助も間に合わなかっただろう。まだ貴昭は戦いの記録を見ていなかったから、ヴァルキュライドとよく似たアームドコアというものがどういう戦い方をしたのかはわからない。しかし貴昭とヴァルキュライドが倒した敵は二機、その時点で四機残っていたはずで、それを一瞬で倒したというなら、アームドコアはヴァルキュライドよりも戦闘能力が高いか、あるいはあの老人か女のどちらかが自分以上にそれを使いこなしているということになる。

 結局、この事態を招いたのは自分が弱かったからだと貴昭は思う。

 強ければ、なんの問題もなかった。弱いからこうなるのだ。責任は自分にある。

 あのとき、ヴァルキュライドはまだ戦えた。まだ戦う、あいつらを倒す、というヴァルキュライドの意思を、貴昭は感じていた。しかし貴昭が先に力尽きたのだ。ヴァルキュライドの強さに貴昭自身の強さがついていかなかった。

「――おれたちは、知らなくちゃならないんだ」

 貴昭は言った。

「理由はよくわからないけど、こうやって巻き込まれた以上……おれたちはもっと知らなくちゃいけないんだと思う」

「……なら、そうするしかないか」

 乙音はちいさくため息をついた。

「なんか、わたし、いやな感じするのよね、その三人組。外国人のお爺さんに日本人の女、それにイヴとそっくりの子ども? 見るからに怪しいもん」

「まあなあ……おれも怪しいとは思うけどさ。イヴ、ほんとになにも知らないのか?」

 イヴは椅子にちょこんと座ったままかすかに首を振った。

「わからない……私は、記憶するもの。それは、覚えてる。でもなにを記憶していたのかは思い出せない」

「記憶するもの、か……あの爺さん、イヴのことも知ってるみたいだった。それも聞かなくちゃ。それに鮫崎のことも――ああそうだ、鮫崎、さっき言い忘れたけど、その日本人の女ってやつ、なんかおまえのこと知ってるみたいだったぞ」

「わたしのことを?」

「乙音は元気かって言ってた――そうだ、香瑠だ。爺さんが女のひとのことを香瑠って呼んでた」

「香瑠――それに、わたしが元気かどうか聞いたって?」

 はあ、と乙音はもう一度、今度は深くため息をついて、全員に言った。

「ごめんなさい。その怪しい女、わたしの家族みたい」

「え、か、家族?」

「そう。姉。香瑠って呼ばれてたなら、間違いないと思う。イギリスに留学中のはずなんだけど――ぜんぜん連絡もしてこないし、ま、日本にいるときから変わったひとだったから、別に気にしてなかったけど。香瑠姉さんがそのアームドコアってやつを操ってたって? そんなの、もう他人事じゃなくなったじゃん……しょうがないわ。新嶋くん、その話し合い、わたしも行くわ」

「でも、おれひとりでこいって話だったけど」

「姉さんがいるんでしょ。ならわたしが行っても問題ないはず。それにわたしは自衛隊の人間じゃないし。新嶋くんひとりじゃ心配だから、付き添いってことで」

「う、付き添いかあ……なんか格好悪くない?」

「格好つけてる場合?」

「まあ、そうだけど……じゃ、わかったよ。おれと鮫崎で行こう。自衛隊が動くと向こうが気づくかもしれない。たぶん危険はないと思うから、沼田さんたちは待っててください」

「ふむ――どうやらそうするしかないようだ。しかし準備はしておく。連絡ひとつですぐに迎えにいけるように」

「お願いします――ん、どうした、イヴ?」

 イヴが貴昭の腕を引っ張っていた。振り返ると、イヴはじっと貴昭の目を見つめ、言う。

「私も行く」

「イヴも? でも、危ないかもよ」

「私……自分のこと、思い出したい」

「イヴ――」

 貴昭はちらりと乙音を見た。乙音は、仕方ないというようにうなずく。

「そうだな、じゃ、いっしょに行こう。三人で話を聞きに行こうぜ。向こうも三人だし、ちょうどいい」

 そこでどんな話を聞くことになるだろう、と貴昭は想像する。老人の言う「話」というのがどんなものなのかはわからなかったが、たとえそこでなにを知ったとしてもやるべきことは変わらない。攻めてくるものと戦う。ただそれだけだ。

 そうだろ、と貴昭は心のなかで呟いた――それしかないよな、ヴァルキュライド?

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